第33話「吸血鬼ヴィレ」
「あぁっ、もう!まだいるの!?」
「これでも結構倒したはずなんだけどね…」
私、ギド、ルーナの3人は、ずっと魔物の群れを食い止めていた。
今日の為に用意しておいたアイテムは、もうほとんど残っていない。
私もルーナも、魔力は既に空っぽで、ギドの土の身体だって限界だ。
息を切らしながら、ルーナが訊いてくる。
「セリア、さっきの爆晶石はまだある?」
「もうとっくにないわよそんなの!…まだ、手が無いわけじゃないんだけど、正直使いたくないわね」
「へぇ、この状況で出し惜しみするんだ?結構余裕あるじゃん」
「アンタも、憎まれ口を叩く元気はあるみたいね」
少し離れた位置で魔物の群れを殴り倒しているギドに視線を送る。
あの子は声を出すことが出来ないが、そろそろ魂を依代に戻さないと、魂にダメージが残ってしまうかもれない。
だけど、曲がりなりにも戦えているのは、ギドが魔物を前線で抑えてくれていたからだ。
私は下唇を噛みながら、ギドの依代に触れる。
ピクリ、とルーナの兎耳が揺れ動いた後、横目で私を見た彼女が言った。
「もうギドを戻しても大丈夫だと思うよ」
「…お優しいじゃない。てっきり怒られるんじゃないかと思ったけど」
「感じない?バカでかい気配が、こっちに急速に近づいてきてるのが」
「えっ…?」
私がその言葉の意味を理解できずにいると、私達を取り囲んでいた魔物を轟雷が焼き尽くした。
強い地震でも来たのかと錯覚する程に大地が揺れ、激しい稲光に顔を背けた。
「ホッホッホ、無事か、二人とも」
魔物達がいた場所にただ一人立っていたのは、銀色の人狼だ。
人語を喋る、狼?
「遅いよ、師匠」
「すまんのぅ、竜人の小僧との戦いに夢中になっておった」
「…いや、誰!?」
正直、思い当たる人物に心当たりはあったが、まさか本人だとは思うまい。
「まさか、ギンジロウさんなの?」
「そうじゃよ。まぁこの姿を見るのは初めてじゃろうし、分からんのも無理はないのぅ」
人狼、ギンジロウさんは頬をポリポリと指で掻いた。
見た目は完全に二足歩行の狼なので、その姿で笑うとちょっと怖い。
「月光丸、使ったんだね」
「うむ、思ったより距離があったものでな」
2人が話している間に、私はギドを依代に戻した。
「お疲れさま、今日もありがとう…ゆっくり休んでね」
依代である男の子のぬいぐるみを優しく撫でて、そっとしまい込んだ。
「月光丸っていうのは…獣神化に必要な薬の事?」
「そうじゃ。この薬を使えば一定時間、満月の夜でなくても獣神化の力が使えるというわけじゃな」
ルーナはその場に座り込み、ギンジロウに言った。
「あとは任せた」
「えっ!?」
「うむ、任せぃ。」
バキボキと、首と手から音を鳴らしたかと思うと、少し離れた正面の位置にいた魔物の群れが爆散した。
「えぇっ!?」
移動しようとする僅かな所作すら、何も見えなかった。
そして、次は私達の後ろでいくつもの雷が落ちる。
ギンジロウさんはさっきの場所から一切動いていないが、左腕だけがこちらに伸びていた。
雷が落ちた場所では、魔物達が黒焦げになったまま、ドサドサと倒れた。
「ふむ、所詮数が多いだけの烏合の衆か。これなら儂があっちに行けばよかったのぅ」
「…」
確かに、これなら任せてもよさそうね。
というか…
「私たちはこんなのを相手に勝とうとしてたの…?」
「…こんな雑魚魔物じゃなくて、ソウマ達が相手であれば、ちゃんと勝負になったと思うよ」
「冗談…アタシはあんなのに勝てるヴィジョンが見えないわ。こんな時にお世辞なんて言わないで」
「お世辞じゃないさ。少なくとも僕は、ソウマを敵に回したくないと思ってる」
…あいつを?
「確かにあいつは勇者候補だけど…」
「違うよ、ソウマが怖いのは、勇者候補だからじゃない…どんな手札を持っているかが分からないって怖さがある」
「…確かにあいつ、思いついた手をその場で試したりするわね」
「実際、魔王候補を一人倒しているしね。ソウマなら、あの堕天使相手にも…もっと強い奴にも、勝ってしまうかもしれない。本当、敵じゃなくて良かったよ」
「…ソウマ」
今はここにいない、仲間達の事を想う。
しばらく一緒に過ごした身としては、彼らが無事でいてくれることを祈るばかりだ。
私はもう動けない。
「ソウマ、メルちゃん、レミ、ヴァルガ…みんな、無事に帰ってこないと許さないんだからね」
「いいツンデレじゃん」
「うるさい、馬鹿」
正直、何が起きたのか分からなかった。
私はメルちゃんと一緒にヤチヨちゃんと戦っていた。
ヤチヨちゃんは強かったけど、二人がかりで挑んでようやく、僅かにこちらが押していた。
それでもお互いに力を消耗し、限界が近づきつつあった、そんな時。
何者かがヤチヨちゃんを、音も無く背後から襲撃したのだ。
私達が警戒を促す間もなく、彼女は背中から斬られて倒れ伏す。
「さて、一番強そうなのからやらせてもらったが…」
蝙蝠の様な黒い翼が生えた男が、そこにいた。
その男は黒いフードの付いた長めのコートを着ており、内ポケットから何か紙のようなものを取り出した。
「ふむ…」
その紙に写っている何かと、私たちを見比べる様な仕草をした後、メルちゃんに向かって彼は問いかけた。
「ターゲットはお前か?」
持っていた紙をこちらに放り投げる。
そこには遠くから撮られた、メルちゃんの姿が映っていた。
「写真…!?」
「まぁ、そこそこ鮮明に映っているわけだし、確認もいらんわな」
そう言いながらうつ伏せになって倒れているヤチヨちゃんの、背中の傷を直接踏みつけた。
「ぐっ」
ヤチヨちゃんが痛みにうめき声を上げる。
私は思わず声を荒げた。
「彼女から離れなさい!!」
「いいぜ、こいつは返してやるよ、ほれ」
片手でヤチヨちゃんの首根っこを掴んで、無造作にこちらへ放り投げた。
私はそれを受け止める。
「酷い怪我…!!」
ヤチヨちゃんの出血が止まらない。
メルちゃんが即座に光属性のマナをチャージして、回復魔法を行使する。
「ジッとしてて、すぐに治すから!」
「しくったわね…あいつの気配に気づかなかった」
「私もです。警戒は怠っていなかったのですが。」
私はメルちゃんにヤチヨちゃんを任せて、襲撃者に銃口を向けた。
「あなたは魔王軍所属の魔族ですね?…なぜメルちゃんを?」
「ありゃ?お前、その子の正体を知らずに一緒にいるのか?」
「彼女の正体…?」
一体何の話なのか、さっぱり分からなかった。
ただ、話の中身が何であれ、友好的な相手ではないことは確かだ。
緊迫した空気が流れる中、私の隣にヤチヨちゃんが並び立った。
そのまま腰のポーチからポーションを取り出して一気に飲み干す。
「完治はしてないけど、止血はしてもらったわ。私も戦う」
こちらに一切の気配を感じさせずに襲撃を成功させたところを見ると、奴はかなりの実力者だ。彼女が強力してくれるならありがたい。
「ハァ…ハァ…」
「…メルちゃん、大丈夫?」
ヤチヨちゃんが、後ろにいるメルちゃんの様子がおかしい事に気付いた。
顔色が真っ青になったメルちゃんが両手で胸を抑え、苦しそうに呟く。
「駄目、あいつは…私達じゃ、勝てない」
「!?」
「ほぉ」
興味深そうにメルちゃんを見るその男からは、一分の隙も見つけられない。
武器を構えているわけでもないのに、どうして!?
「あなたからは…とてつもない負の生命力を感じます。こうして前に立っているだけでも、息苦しい程に」
「そりゃそうだ。元シスターのお前さんにはしんどいだろうよ、俺の氣は。」
そう答える彼の口元から覗く、鋭い牙。
強い負の生命力…蝙蝠の様な黒い翼に、わざとらしくこちらに見せつけてくる、鋭く伸びた長い牙。鮮血の様に真っ赤な瞳。
条件に当て嵌まる存在は一つしかない。
「まさか…吸血鬼?」
「ご明察!実物を見るのは初めてか?珍しい種族というのは否定しないがな」
そう回答して両手を打ち鳴らしながら、ゆっくりとこちらに歩を進めてくる。
「ご褒美に、吸血鬼の力の1つを見せてやるよ」
そう言った男の瞳が怪しく輝いた、その瞬間。
私達3人は突然の重圧によって、地面に叩き付けられた。
「あっ!?」
「ぐっ…重い!!」
上からとてつもなく強い力で押さえつけられているのか、立ち上がれる気がしない。
「そうだ、そのままだ。恐れと共に倒れ伏しているといい…すぐに終わる」
いつの間にか抜いていた黒い魔剣が、メルちゃんの首筋に添えられている。
「ひっ…」
自身に迫る死の恐怖に、怯えた様子を見せるメルちゃん。
無理もない、彼女は本来、争いの得意な性格ではない。
「駄目!このままじゃ…!!」
私もヤチヨちゃんも、身体能力を魔法で強化して身体を起こそうとするも、ビクともしない。
それほどの力で抑えられているというの!?
「その様子じゃ、この力を解くのは無理だな」
言いながら振り上げた剣が、真っ直ぐに振り下ろされる!!
「やめなさい!!駄目!!!」
「っ…」
ヤチヨちゃんが叫び、私が目を背けたその時。
キィィィィン!!という金属同士がぶつかり合う音が辺りに響いた。
数秒の静寂が辺りに流れた後、私はゆっくりと音のした方を向く。
藍色のコートを来た少年が、青い魔剣で迫りくる漆黒の凶刃を受け止めていた。
「あっぶねぇな!!本気で殺す気だったじゃん、いや~!間に合ってよかった!!」
「マスター…」
ソウマ・カスガイ。私のマスターで勇者候補の一人。
彼の背中に、青い魔力の光に目を奪われていると、私を縛っていた重圧が確かに和らいだ。
両腕にグッと力を込めて、何とか立ち上がる事ができた。
「悪い3人とも、遅くなった!」
「勇者候補ってのは…いいところで駆けつけてくるのね」
「本当はもっと早く来たかったけどな…悪い」
「別に責めてないわ…助かったのは事実だもの」
ヤチヨちゃんも重圧から解放されたのか、起き上がるとメルちゃんの様子を見た。
「気絶しちゃってるわね…」
「メル!!」
遅れてやってきた、背中に灰色の翼が生えた女性が、メルちゃんに駆け寄った。
「大丈夫、その人はセラっていって、敵じゃないから安心して。それよりもメルを頼む!」
マスターの指示に応じて、私たちは意識の無いメルちゃんを抱えて退いた。
「待たせたな、吸血鬼!!」
「忘れられてたわけじゃ無い様で何よりだ、勇者候補さんよぉ!!」
「お前が誰だか知らないが…我がパーティの金髪美少女シスターを狙うたぁ許しちゃおけねぇな!あいさつ代わりだ、これでもくらえ!!」
マスターが奴のみぞおちに喧嘩キックをぶちかました瞬間、黒い風がマスターの黒いブーツを中心に収束していく。
「ブラックカイト・スマッシャ―!!」
「何!?」
黒い巨大な竜巻が吸血鬼を巻き込み、遥か彼方へと吹き飛ばしていった。
「4人とも、そっちは頼んだぞ!!」
ソウマ様は再度黒い風のブーツを着装し、吸血鬼を追っていった。
「行っちゃったわね」
「…お一人で大丈夫なのでしょうか」
私とヤチヨちゃんがソウマ様の心配をすると、セラと呼ばれた女性が答えた。
「勝てない可能性の方が高いわね。彼、強力な光属性の技を持っていないでしょうから」
「そんな!!」
「だから、勝てる可能性のある力を呼び起こすわ、この場でね」
彼女はそう言うと、メルちゃんをそっと寝かせて、自身の人差し指を取り出したナイフで切り付けた。
「ちょ…ちょっと、説明しなさいよ!何するつもりなワケ?」
寝かせたメルちゃんの周りに、自身の血で円やルーン文字を描き始めるセラさんに、ヤチヨは困惑した声を上げる。
セラさんはこちらを見ず、作業を進めながら答えてくれた。
「時間が無いからざっくりした説明になるけど、メル…この子の中には力のある因子が眠っているの。でも、それは不完全な因子でもあって…これから私の中にある空っぽの因子をメルに譲渡して、不完全な因子と融合させて完全なものにする。」
どうやらメルちゃんを中心にした、因子の融合術式を書くつもりらしい。
「メルちゃんの中に、因子が?」
「そう…『ロゴス』の因子と呼ばれる人工因子の1つで、強まれば神にも匹敵する力を得られるほどの、魔王軍の研究で生まれた負の遺産、その内の1つ」
「…ということは、魔王軍に狙われた理由というのは、まさか」
「えぇ、この因子が原因ね。だから私はこの子をずっと匿っていたのだけど、ソウマがこの世界にやってきて、この街に降り立ち、私と彼はお互いを敵同士だと勘違いしたまま戦って、メルは解放されてしまった。」
そのような背景がメルちゃんにあった事は知らなかった。
正直、これまで色々ありすぎて、落ち着いてお互いの事について話す機会は無かったから。
「ソウマとはさっき、色々あって和解してね。力は抜かれたけど、因子としては存在している私の『天使』の因子と、未完成の『ロゴス』の因子を融合させて力を流し込み、活性化を促せば、メルは自分の身を自分で守れる力を手に入れるわ」
「そんな事が可能なの?かなり結構無茶を言ってる様に聞こえるけど」
「その無茶をする為の術式、という事ですね?」
「その通りよ、メイドちゃん…時間が無いわ、二人も手伝って。私が指示するわ」
「…まだ納得いったわけじゃないけど、ソウマを助ける可能性があるなら、仕方ないわね」
「はい、魔術はあまり得意ではないですが…やり遂げましょう」
私はマスターの向かった方向へ視線を向け、心の中で祈った。
マスター…どうか無事でいてくださいね。




