第30話「黒い翼の主」
ルーナの背中を追って移動する事、数分。
メルちゃん達からそれなりに離れた位置にある、戦場の一番北に位置する場所に、私たちはいた。
ルーナちゃんの後ろの樹には、戦場の端っこであることを示すランタンが吊り下げられていて、そのランタンを円形に等間隔で配置する事で、このフィールドに結界を張っているらしい。
ルーナちゃんは私に向かって構え、かかって来いとばかりに全身に魔力を漲らせた。
少し遅れて、土で作られた鎧の兵士・ギドが追いついて、私を守るように私の正面に立った。
「あの時はソウマに邪魔されちゃったけど、ここなら邪魔は入らない。思う存分戦ろう」
「そうね」
私も、もしあのまま戦いを続けていたらどっちが勝っていたのか、興味がある。
というか、負けん気が強いところがあるという自覚はあったけれど…自分がここまで負けず嫌いだとは思わなかった。
今日という日の為に用意してきた道具を取り出し、私はギドに指示を出す。
「行きなさい!!」
私の指示を聞いたギドが駆け、ルーナと衝突する。
ギドの拳とルーナの蹴りが衝突し、その衝撃が空気を揺らした。
初撃を受けられたルーナが大きく後ろに飛び退き、構えたまま訊いてきた。
「前から思ってたけど、その子、何者?」
「ギドは私の友達よ。それじゃいけない?」
「ふぅん…余計なことは言わないって事か、分かったよ」
まぁ今は敵同士だもんね、と、ギドの拳を捌きながら、彼女はぽつりと呟いた。
ギドの左拳とルーナの右足が交差すると、ルーナは身体を捻って、空いていた左足でギドの左側頭部を狙った。
ギドはそれを左手の甲で受け止め、距離を取った。
「ステップを踏むその特徴的な構えと、その動き…間違いなく軍隊格闘術だよね。」
その通りです。
私が無言のままでいると、それを肯定と受け取ったのか、ルーナは話を続ける。
「単なるゴーレム使役術ってわけじゃないんでしょ?どういう手品?」
「今は敵同士だから、戦いが終わったら全部教えてあげる」
「なら、さっさと終わらせてあげよっか」
ルーナの両手、両足に魔力が漲り、雷属性のマナに変化すると、それぞれがブーツとグローブの形へと、その姿を変えた。
バチン、バチンと繰り返し火花を散らし、彼女を中心に電撃が弾けている。
「土属性のマナで表面が覆われてる…固いはずだよね。」
そう、土属性のマナ…厳密には、土の身体の硬度を上げる魔術によって、ギドの身体を強化している。
前回の戦いの時はボロボロになってしまったから、その時の反省を活かしての判断だった。
初めて戦った時、ギドは彼女の雷の力と体術によってダメージを受けていて、本来戦闘職ではない私は、ギドを強化するしかなかったのだ。
土属性のマナを強くする為に、私自身も修行が必要だったけれど…上手くいったみたい。
「ねぇ、ルーナちゃん。一つ教えてあげる。」
「…何を?」
「錬金術師を敵に回す時は、最初の一戦目で潰すべきって事!」
そう、私自身はそこまで強くなっていない。それは事実だ。
せいぜい少しだけ体力をつけて、魔力を上げて、土属性の魔術の扱いがちょっと上手くなっただけ。
ただし、私は錬金術師。数々の便利な道具を作り出し、仲間や人々の助けになるのが役目。
私は杖を納め、代わりに左手に茶色い革のグローブを嵌めた。
そして、右手には穴の開いた、緑色の丸い物を取り出して、そっと口を触れさせる。
「おっと!何する気だい?」
おかしな事はさせないと、ルーナが私に襲い掛かってくるが、ギドが私の前に立って守ってくれている。
「くっ、本当に強いな、この子は!」
私はギドを信じて、そのままそれに指を添えて、息を吹き込んだ。
私の耳には馴染みのある旋律が辺りに鳴り響くと、その音色が風に乗って、マナを形成し、ギドの足元に纏わりついていく。
そして、その風属性のマナは甲冑の様な靴を形成し、ギドの足に装着された。
「その魔法は…ソウマの!?」
「ご明察!あいつの魔法、エア・ライドを魔術的に解析させてもらって、任意の相手に付与する魔導具を、錬金術で作ったってわけ!」
魔導具、そよ風のオカリナ。
起動条件は、魔力を流し込み、ある旋律を奏でる事。
使用者はその旋律を正しく演奏し、任意の相手に演奏を聴かせることで付与可能。
ちなみに、その任意の相手は使用者の意思で決められるが、一度に付与できるのは1人きりで、黒い竜巻を引き起こしす事も出来る、ストーム・ルーラーまでは使用できないという制限がある。
あくまでも風属性の付与による突風の力で、機動力を底上げするのみの魔法だ。
しかし、たったそれだけの魔法でも、武術の心得のある者にかければ世界は変わる。
「行きなさい、ギド!!」
私の指示を聞いたギドが、猛然と駆けていく。
ルーナとて油断はしていないはずだが、それでも彼女の懐に一瞬で入り込み、強烈な蹴りをお見舞いしていた。
「うぁっ!?」
本能で危険を察することが出来たのか、後ろに跳んで直撃だけは避けたものの、しっかりとダメージとして蓄積されていた。
「くぅっ…まさか、僕でも認識できない程速いなんてね。」
そう、ギドは生前、戦士としての英才教育を叩き込まれ、若き天才と言われた子なのだ。
純粋な戦闘技術で言えば、私たちの中でもトップクラスだと思う。
「まるで呼吸を合わされたみたいだった…でも、今度は油断しない」
ルーナの中のギアが、また一つ上がった気がした。
ギドもそれを感じたのか、再び構える。
一触即発の空気が流れた、その時。
ガシャーン!!!という、ガラスが割れたような大きな音が辺りに響いた。
「な、何!?」
「…これは」
突然の事態に、緊迫した空気が流れる。
ルーナが何かに気付いて、フィールドの端にあたる木に駆け寄った。
その木は、結界を維持していたランタンが吊り下げられていた場所だ。
私とギドも、その場所に向かった。
しゃがみ込んだルーナの視線の先には、柔らかい草の上には、割れたランタンの破片が散らばっていた。
「さっきの音と、そのランタン、やっぱりそうよね」
「あぁ、結界が壊された」
「でも、一体誰がそんな事を?私達以外、この戦場にはいないはずよね?」
「当たり前の事を聞かないでよ。さっきまでは空を飛び交ってた魔導ドローンが一機も飛んでいないし、通信機も通じてない。これは、もしかして僕達以外にも…」
「いいえ、結界は普通に外から壊しましたよ。思ったより脆かったですね」
唐突に後ろから発せられた声に、私たちは振り向いた。
「誰!?」
警戒を解いたわけじゃなかった…気配も魔力も、何も感じなかった。
振り向いた先には誰もいない。
「セリア、上だよ!!」
「!」
銀縁のメガネをかけた痩せ型の男が、空中からこちらを見下ろしている。
頭上には見慣れない光の輪、背中から生えた黒い翼。
そして、右手に握られた光の槍。
「ごきげんよう、私はクォボル。見ての通り堕天使です。」
「堕天使…!?」
「嘘っ、実在したの!?私初めて見るわよ!?」
堕天使。文字通り、天使が欲望に駆られて堕ちた存在。
天使と同等の強力な光の力を以て、敵対する存在を滅すると言われている、上位種族。
地上にやってくることは滅多にないと聞いてるけど、一体どうしてこんなところに?
私と同じ疑問を持ったのか、ルーナがクォボルに訊ねる。
「随分珍しいね、堕天使が地上の、それもこんな北の端っこの街なんかに、一体何の用事があるんだい?」
私もルーナも、目の前の存在から目が離せないでいる。
私とルーナ、ギドの3人で挑んでも、恐らく勝てない程のプレッシャーを感じていたからだ。
クォボルは一切ずれていない眼鏡の位置を指で修正しながら、ルーナの質問に答えた。
「こちらに私の元上司がいるもので、その後始末に来たのです。」
「上司?」
「はい、元・上司です。あなた達、どこかで見ませんでしたか?灰色の翼の女性なのですが。」
そんな奴、私たちは知らない。
ちらりとルーナの方を見るが、彼女も首を横に振った。
彼女が知らないのであれば、この戦場にいた私達全員、知らないだろう。
一歩前に踏み出して、私は言った。
「そんな人知らないわ、この辺りにもいないし、そこの街でも見たことない。本当にこの辺にいるの?あなたの勘違いなんじゃ…」
「勘違い、ではありませんよ。彼女の存在を、この辺りで感じたのは事実ですからね。」
「でも…!!」
正直、冷や汗が止まらない。
ただ、何もしないままなのは嫌だった。
それでも、自分の恐怖を紛らわせるため、そして目の前の存在に居なくなってもらうための対話を、必死に試みようとした、その時。
「まぁ、まどろっこしい話は抜きにしましょう。私、時間を無駄にしたくないもので」
そう吐き捨てた男は、パチンと右手で指を鳴らした。
私が一体何をしたのか、問い詰めようとしたが。
「セリア、魔物だ!かなり多い!!」
ルーナの切迫した声に、私は即座に反応した。
堕天使を無視して私が後ろを振り向いた、その先。
今はもう壊されてしまった結界のあった場所から、ゴブリン、オーク、コボルトといった魔物が次々と現れ、こちらに向かってゆっくりと迫ってきていた。
その数は、恐らく前回、遺跡で戦った時よりも多い。
「魔物の群れ!?」
「あぁ、申し遅れましたが、私の元・上司は魔王軍の人間でした…つまり、私は現・魔王軍所属の堕天使、という事です…敵であるあなた方の相手は、その者たちに任せますよ」
と、クォボルは黒い翼を羽ばたかせ、戦場の中心へと飛んで行った。
「くっ…本当なら追わないといけないところなんだけど」
「まずはここの魔物達を片付けてからだよ。一時休戦、いいね?」
「それは分かってるわよ!!でも、みんなが危ないわ!!」
生まれて初めて出会う上位存在に、私はかなり動揺していた。
でも、ルーナは経験の差なのか、こんな状況でもどこか落ち着いている。
「…僕の師匠もソウマ達も、あいつに簡単にやられるような人達じゃない。セリア、君が彼らの仲間になったの言うのなら、今は信じて、僕たちに出来ることをやるんだ」
「…っ!!」
静かに、だけど強い意思の込められたその言葉に、私は思わずハッとした。
動揺していた心も、僅かだが落ち着きを取り戻す。
目の前には武器を持った魔物達が舌なめずりをしながら、もう我慢ならないとばかりに、こちらに向かって走り出していた。
「あぁもう!!やってやるわよ!!」
私は腰のアイテムポーチから赤い結晶を取り出して、それに持っていたナイフで傷を付け、魔物の群れの中に投げ込んだ。
地面に落下した衝撃で、ナイフに傷を付けた個所からその結晶が砕けると、内側から炎属性のマナがあふれ出す。
「下がって、早く!!」
「了解!」
溢れた炎属性のマナが暴走し、大きな爆発を引き起こした。
その爆発により、魔物の群れ数十体が跡形も無く消滅する。
「ギド、ルーナ!前衛をお願い、援護するわ!!」
「随分物騒な物を持ってるじゃん。いいよ、さっさとここを片付けて、みんなの所に行こう!」
「えぇ、そうね!!」
みんな、危ない奴がそっちに行ったけど、どうか無事でいて!!
そう強く願いながら、私は魔物の群れに向かって、次の爆晶石を投げ込んだ。




