第29話「対決、チーム獣人⑥」
カスガイさん達の模擬ユニオン・ランブルが始まってから、30分が経過した頃。
私は各ドローンの映しているカメラを切り換えながら、空撮ドローンが機能していることを確認していた。
今のところ、戦闘に巻き揉まれてドローンが破壊される…というようなトラブルも無く、しっかりと彼らの戦いをモニター出来ている。
ドローンの目を通じて彼らの戦いを見届けているのは、私だけではない。
冒険者デビューして1か月で魔王候補と交戦・討伐し、消息を絶っていたギルド職員や冒険者を救い出した彼の名は、既にこの街中に広がっている。
いや、もしかすると央都にもこの話は広がっているかもしれない。
事実、彼とその仲間の力を一目見ようとする冒険者やギルド職員、街の住民たちが街中に設置された魔術駆動式の巨大モニターを通じて、その勇姿を見ているだろう。
最初に出会った頃は、少し変わった人だな、という印象しかない普通の少年だと思ったのに、今ギルド職員の間では彼とその仲間は「台風の目」として注目されつつある。
彼自身は冒険者として名を上げる事をどう思っているのだろうか?
あまり目立つことを良しとしない人なのは、これまで担当してきた短い間でなんとなく察せられるが…他の冒険者達も、彼にどのような印象を抱くのか、少し気掛かりだ。
この世界は勇者と英雄を求めている。
しかし実際の所、正しく勇者として活躍したのはおとぎ話として広く世界に伝わっているたった一人だけで、それ以降は勇者としての力を持つだけの単なる「勇者候補」でしかない。
もちろん全てではないが、勇者候補達の中にはその強大な力を以て時に弱い立場の者たちを虐げたり、そこまではいかなくとも力に酔いしれたチンピラの様な者達が多い。
事実として、冒険者ギルドが指名手配している者もいる程だ…だから、世界の全てが勇者候補を歓迎しているかと言われれば、はっきりと肯定することは出来ない。
「…」
ビールの入ったジョッキを片手に、ギルドの施設内で画面に視線を注いでいる冒険者達の視線は、画面の向こうで戦うカスガイさんに注がれている。
読心術の類に心得は一切ないが、カスガイさんを眺める彼らの視線は、あまり好きではなかった…どうやら、侮られているらしい。
それを裏付けるのは、先程すれ違った冒険者たちが話している会話だった。
その内容が私の耳に届いた時、私は思わず舌打ちしてしまった程だ。
「なぁ、本当にあのヒョロっちいガキが、魔王候補をぶっ殺したのか?」
「アタシも信じられないねぇ、到底そうは見えないけど…」
「大体、あいつ変だぜ。この模擬戦、亜人を仲間にする為なんだろ?」
この街の全ての人間が、彼らの様に獣人や竜人族、ホムンクルスを亜人と呼ぶわけではない。
だが、彼らの様な酷い者たちもいるので、この街にいる獣人等の者達は種族を偽って暮らしている者が多かったりするのだ。
差別意識は未だに、この世界の人々の心に深く根付いている。
ふと、別の冒険者の声に耳を傾けた私は、思わず動揺した。
「噂じゃ、街の近くに居を構えたってゴブリンを友達なんて言ってたらしいぞ」
「はぁ!?ゴブリンを友達呼ばわりする冒険者なんて初めて聞いたぜ!?」
「…っ」
その話は、私達ギルド職員とカスガイさん達しか知らない話であった。
カスガイさんから「人を襲わない安全なゴブリンたちが森に暮らしてるから、彼らには手を出さない様にしてほしい」という話を聞いた時には、耳を疑ったが…私は彼からフーザさんを紹介してもらい、人を襲わないと改めて書面で約束してもらう代わりに、冒険者が襲いに来ない様に取り計らった。
だが、あまり大々的に周知してしまうと興味本位でちょっかいを掛けに行く冒険者たちが現れるだろうと考え、あくまで彼と彼の部下の住処があるエリアを立ち入り禁止区域にするに留めたのだが…誰かが噂を広めたのだろうか?何のために?
この戦いが終わった後、少し対策を講じなければならないだろうかと考えを巡らせていた時、異変が起こった。
ブツン…と、唐突に画面が暗転したのだ。
「…な、何!?」
画面を見ていた冒険者やギルド職員が騒ぎ出す。
私は急いでドローンの様子を確かめると、既にいくつかのドローンがその機能を停止し、画面が真っ暗になっていたのだ。
ブツン、ブツンと、次々にドローンがその役目を終えていくのを、私は黙って見る事しかできなかった。
「何が起きているの…カスガイさん達は無事なの?」
最後に残っていたドローンに目を向けると、そこに見覚えのないものが映し出されていた。
蝙蝠の様な翼の生えた男が一人、白い翼を持つ男が二人、女が一人。
そして、黒い翼を持つ女性が一人。
一瞬映ったその光景を目に焼き付けると、強烈な光を映した後、画面は暗闇のみを映した。
「メリダさん!!大変です!!」
私の後輩の女性職員が、息を切らしてこちらへ駆け寄る。
「分かってるわ、こっちも、ドローンが全機、破壊されたみたいなの」
「ドローンどころじゃないですよ!他に人や魔物が入らない様に、バトルフィールドに結界を張っていた方たちが、全員殺されてたんです!!」
「…なんですって?」
「それだけじゃありません!私、危険を承知で他の職員と一緒にバトルフィールドへ向かったんですけど、結界の中に入れないんです!!」
「…まさか」
嫌な予感がした。
彼の活躍は、あまりにも一気に広まった。
もしそれが、他の魔王候補にも伝わっていたのだとしたら?
戦いが終わって間もない彼らを、間を置かずに追撃する輩が現れた?
「今すぐこの模擬戦を中止し、彼らを救出しに行きます!直ちに緊急依頼を発注し、冒険者を集めてください!!」
「は、はい!!」
私は険しい表情で、何も映さなくなった画面の向こうで戦う彼らを想った。
「みなさん、どうか…どうか、無事でいてください」
俺は作戦通り、獣人の爺さん、ギンジロウさんと戦っていた。
そして、戦い始めてから15分程経過した頃、俺は異変に気付いてその手を止める。
「む…?」
「おい、爺さん…気付いたか?」
そう遠くない場所に、俺達以外の気配を感じた。
どうやら、爺さんも気づいたらしい。
険しい表情で、気配を感じた方向を見つめている。
「うむ…何者かがこの戦場に入り込んできよった」
「あぁ、それに、あそこ見ろよ」
俺は少し離れた地面を指差す。
そこには、先程まで俺達を映していたであろうドローンの残骸が散らばっていた。
俺達はそれを調べると、ドローンの金属部分一部、高熱で溶けている事に気が付いた。
「これは…高熱の炎で焼かれでもしたのか?」
俺の指摘をすぐに否定して、爺さんは呆れた様に首を左右に振る。
「阿呆め、こんなに小さい範囲を炎で打ち抜くなんぞ不可能じゃよ」
「ぐ…それもそうか。でもならこれは何だよ?」
「決まっておろう、光線じゃ」
「光線って…ビームか!?」
「うむ。じゃが儂らの中には、こんなもんを使える者はおらんじゃろ。主らが新技として習得していたら、その限りではないがの」
「それにしたって、ドローンを狙って破壊する理由はねぇだろ?」
何より、ドローンはかなり高い位置を飛んでいたし、巻き込まれたって可能性はほぼゼロに近い。
俺が考え込んでいると、突然爺さんが弾かれたように走り出した。
「あっ、おい!どこ行くんだよ!?」
「不穏な気配が不詳の馬鹿弟子の所に向かっておる!!かなりの速度じゃ!」
「何ぃ!?」
俺も竜の翼を広げ、勢いよく飛翔すると、爺さんの傍に近寄った。
「乗れ、爺さん!あんたが走るより、俺が飛んで運んだ方が速い!!」
「頼むぞい!」
「あぁ、かっ飛ばすから捕まってろよ!?」
爺さんが俺の背中に飛び乗ったのを確認すると、俺はすぐに速度を上げた。
猛スピードで移動しながら、俺はふと考える。
こんな時にあいつは、一体どこにいるんだ?
俺は、メル達のところへ向かっていた。
ギンジロウのところへ行くかどうかは少し悩んだが、回復魔法を使えるメルの仙術的な価値は高く、彼女が戦闘不能かそうでないかによって、戦況は大きく変わってくるはずだと考えて、メルとの合流を急いだ。
思ったよりも距離があり、あと10分程で彼女の下に辿り着くだろう。
バサバサバサ、ドサッ。
「っと…な、何だ!?」
俺が真っ直ぐ通り過ぎようとした草むらのさらに奥から、何から落下する音が聞こえたのだ。
心気を集中させて気配を探ると、先程まで感じなかった気配の持ち主がそこにいることが分かった。
「何で今まで気が付かなかったんだ…?」
ここまで近くにいたのに、一体なぜ?…と考えるよりは、直接その姿を確認したほうが良いか。
「…誰かいるのか?」
俺は愛剣に手を伸ばしながら、気配の主に声を掛けた。
やがてその姿を捉えると、驚きの余り両目を見開いてしまった。
「黒い、翼…?」
そう、黒い翼の女性だ。
血だまりの上に倒れ伏しており、顔は見えない。
辺りに真新しい血痕が残っているし、怪我をしていることは分かった。
「おい、アンタ、生きてるか!?」
俺は駆け寄り、彼女に声を掛ける。
「う…」
意識は失っていないらしい。
少しだけ彼女の身体を起こす。
「え…あ、アンタは」
「ぁ…」
彼女の事を、俺は知っていた。
「魔王候補、ファルズフ…なんでアンタが、こんなところにいるんだよ?」
「くぅ…今、アンタと戦う気はないわ。メルはどこ?」
「まだ、あの子を狙っているのか?」
「違う、まずは私の話を聞きなさい」
彼女はそう言うと、首に掛けられたネックレスの石を指で摘まみ、砕いた。
「お、おい、何してるんだ!?」
「黙って」
石が完全に砕けると、石だったものは粉々に砕け散り、光となって消える。
すると驚くことに、彼女の容姿が変わっていったのだ。
長く真っ黒だった髪は真っ白なショートカットに。
漆黒の翼は、少しくすんだ灰色の翼に。
妙齢の女性だったその姿は、俺とそう変わらない年頃の娘へと。
「な、なんだよ、その姿」
「これが私の本当の姿よ…ファルズフって名前も偽名だし、魔王候補でもないわ」
「ぎ、偽名!?何でそんな事を…」
「私の本当の名前は、セラ。…力は失っちゃったけど、天使族よ。」
天使族。
天使という存在はもちろん知っているが、この世界に種族として存在しているとは思わなかった。
てっきり、神様の部下的なポジションとして存在していたのかと思ったのだが。
そんな彼女…セラは、抉られたような脇腹から大量の血を流しながら、話を続けた。
「訳があって、私はあの子を…メルを、魔王候補共や他の連中からから守りたいの」
「訳?訳だって?なんだって天使族のお前が、あの子を守るんだよ。しかも、そんなに身体を張って、魔王候補と嘘をついてまで…」
「詳しい話は後にして頂戴!!」
「!」
「今は、あの子を助けるのを手伝ってほしいの…事はもう、私一人ではどうにもならないところまで来てしまった!…あなたの力を、貸して」
その声には、あまりにも切実な想いが込められているように感じた。
俺は、気が付けば彼女の手をそっと握っていた。
「…あぁ、分かった。力を貸すよ。」
「…ありがとう」
「だが、その前に…」
俺は彼女をそのままそっと横たえて、両手で彼女の脇腹に手をかざした。
「光よ」
メルにこっそり教わっておいた、基本的な回復魔法だ。
解毒魔法等は修行中だが、傷を治す魔法については、応急処置レベルの範囲で習得することは出来た。
流して失った血は戻らないが、止血なら出来るだろう。
メルくらいになれば、抉られた体組織の再生まで可能なんだけど…まだ俺にはそれは難しかった。
血を止めるから許してほしい。
「向かうにしても、まずは止血してからだ。いいな?」
「えぇ、お願い…」
それから俺はしばらく何も言わず、ただ彼女の傷を癒し続けた。




