第2話「鎹 蒼真、異世界に立つ」
お待たせしました。ようやく、本編が動き出します。
異世界で新たに生きていく事を受け入れてしまった俺は、やってしまったものは仕方ないと割り切り、天城さんに質問することにした。
「さっき話に出てきた、天恵とか天稟というのは?」
「天恵は、私達神側から鎹さんのような転生者にお渡しする能力の事ですね。いつも天恵開発班の方々が、日々頭を捻って考えています」
異能って、神様考案だったのかよ!?
…いや、考えてみれば確かに、神様側が与える物なら、そっちでちゃんと用意しないと駄目だよな。
それにしても、開発班とかいるんだな、神様の世界。
神様社会も上下関係とかあるのだろうか、なんてどうでもいいことを真剣に考えていると、天城さんが話を続ける。
「もう一つ天稟についてですが、こちらはあなたの人間性を才能という形にするものです」
「人間性を形にする?」
「はい。分かり易い例で言うなら…そうですね、ものすごく熱い、熱血タイプの方が異世界転生するとしましょう。すると、その方が目覚める天稟は、『炎属性の技や魔法に対して高い適性を持つ』というような、その人らしい才能を与えることになりますね」
「あぁ、なるほど…」
つまり、こういうことなんだな。
・天恵…何かしらの形の異能力を「外から」与えられるもの。
・天稟…自分らしい才能をその転生者自身の「内から」見出し、才能として形にするもの。
うん、整理できた。
そうなると、気になる点がもう一つ。
「異能力…天恵については、もしかして俺の方で選べたりします?」
天稟は自分の中に既にあるものを才能にするから、こちらは選ぶことは不可能なんだろう。
なら、天恵はどうか?と思ったので聞いてみた。
すると天城さんは、なぜか申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「はい、選べますよ…その、本来なら」
「『本来なら』ということは、選べないんですね?」
何故俺は選べないのだろうか?
一昨日、姉ちゃんのプリンを間違って食べてしまったからか?
「実は先程、天恵開発班が考えて天恵を作っている、という話をしましたが、その開発班が現在、スランプというかネタ切れというか…つまり、あなたに与える天恵が、現在神界に存在する最後の天恵なんです」
「えっ」
つまりは俺を異世界に送ったら、天恵が在庫切れしているせいで、次の天恵が用意できるまでの間、死した魂を転生することが出来なくなるという事だ。
そして、もう一つ気づいた。
さっきも天城さんが言っていた様に、本来なら天恵は選べるんだろう。
逆に考えると、俺が使うことになる天恵はこれまでの転生者に選ばれなかった、言うなれば「残り物」という事になる。
「あー…だからさっき、微妙な顔してたんですね」
「すみません…」
本当に申し訳なさそうにしている天城さん。
うーん、こうして見ると、神様って人間と変わらないなぁ。
俺は気まずくなって、思わず声を出した。
「だ、大丈夫ですから!ほら、残り物には福があるって言うじゃないですか。貰えるなら何でもありがたいですよ!」
うーん、気持ち悪いくらい早口だ!
しかし、そんな俺の気持ち悪いフォローに対して、天城山は悪感情を抱くようなことはなかったようだ。
「か、重ね重ねすみません、どのみち、私たちに選択肢はないんですよね…」
その反応を見て、彼女はまだ新米の神様なのかもしれないと思った。
なんだか慣れていない、という印象を持ったからだ。
俺は無言で頷いて、彼女の次の言葉を待っていた。
天城さんは自身の長い銀髪を整え、席を立ち、姿勢を正した。
「それでは、転生の準備を進めていきましょう」
「あ、もうやるんですね…準備?」
背筋をスッと伸ばしたまま、彼女は俺に向けて両手をかざす。
すると、銀色に光り輝く小さな球体が、天城さんのかざした手の前に現れる。
「まずは、あなたに天恵を与えます。覚悟はいいですか?」
「覚悟とか言われると、ちょっと怖いなぁ~…なんて」
立ち上がりつつ、冗談めかしてそう言うと、天城さんは悪戯をする子供のような笑顔を浮かべた。
「はい、ちょっとドキッとしますよ~」
え、何それ、恋?
真っ暗な空間の中で揺れる銀髪に目をやり、彼女の髪色と同じ光に視線を戻す。
ゆっくりと近づいてきたそれは、そっと俺の胸の中に入った。
その直後。
「くぁっ…!?」
その瞬間だけ、とてつもなく激しい運動をした後のような苦しさを、さらに濃縮したような感覚が襲ってきた。
本当にドキッとした。というか、冷や汗までかいている。
「続いて、あなたの才能を形にしましょうか?ちょっと失礼しますね…」
天城さんは俺の目の前まで歩いてきて、左手を俺の胸の位置に、右手は俺の頬に手を添えてきた…ちょっと待って近い近い近い近い!!!
見ただけじゃ分からなかったけど、かなり立派なものが当たっているのが分かる。
や、やばい、このまま天稟を作ったら、変な才能が出来上がるんじゃないか?
「大丈夫」
俺が慌てているのが伝わってきたのか、安心させるように彼女は言う。
「さぁ、私の眼を見てください」
言われるがまま、俺は彼女の瞳に、よからぬ思考ごと吸い込まれていった。
「はい、これであなたの才能が形になりましたよ」
「…はっ」
今度は立ったまま意識が無くなっていた。
この人、本当に神様なんだな。
「あとは…支度金としてこちらをどうぞ」
「支度金?」
ジャラジャラとした音のなる、大きな革製の巾着を受け取る。
中を見ると、硬貨が入っているのが分かる。
「この中には、日本円で言うところの、300円相当のお金が入っています」
「支度金思いの外少ないな!?」
今時、遠足のおやつも満足に買えないぞ、こんなもん!!
「フフッ、冗談ですよ。宿代・食料3日分と冒険者ギルドの登録料に、天恵が選べなかった分や初期装備品等のお金に、色を付けました。日本円換算では10万円程ですね」
革巾着の中には、メモも入っていた。
『銅貨=1円、銀貨=10円、金貨=100円、聖銅貨=1000円、聖銀貨=1万円、聖金貨=10万円、数字のルールは日本と同じですが、単位は円ではなくfrで、フィーラと読みます』
と丸っこい字で書かれている。
メモの下に、聖銀貨と呼ばれる、鮮やかな銀色の硬貨が10枚入っているのがわかった。
今の所持金は10万frあるという事か。
「というか今度の所持金、多くないですか?」
「もしもの時のための備えですよ?予算から出ているので、気にしなくても大丈夫です」
予算って…ちょいちょいリアルなんだよなぁ。
天城さんは俺に答えながら、別の袋を取り出した。
次に取り出したのは大きなナップザックのような(こちらも革製品)バッグだった。
受け取って中を見る。
「こちらには、着替えの類や身支度の為の道具…歯磨きとかですけど、そんなものを一通り入れてあります」
本当に下着やら服やら何やらが入っていた。
「ありがとうございます、なんか、至れり尽くせりですね」
「まだありますよ?最後に、こちらをどうぞ」
と、手渡されたのは一本の剣。
片手剣と言われる武器種の剣だ。
「この剣は、私の加護が込められた剣なんです。あなたの天恵に合わせて作りましたので、鎹さん専用の剣、という事になりますね」
な、なんだか本当にしっかり送り出してくれるんだな…死なない様に気を付けないと。
正直まだまだ気になる点は山ほどあるが、疑問はいずれ解消するだろう。
というか、質問ばかりではつまらなくなってしまうだろうから。
どうせ異世界へ行くのなら、多少の「未知」があった方が、男の子的にテンションは上がる。
「天城さん、なんか、色々ありがとうございます」
「いえいえ、これが仕事ですから」
「正直、勇者とかそういうの、柄じゃないんですけど…まぁ、やれるだけやってきます。ただ、異世界についてまだ分からない点とかあるんですけど…また会えます?」
言っててものすごく恥ずかしいし、理由も分からないが、この人とまた会いたいと思ってしまった。
いや、会うのが目的なのではない、断じて違う。
実際、疑問は残っているのだから、それを解消する為だ。
俺のそんな言葉を聞いた彼女は、女神の名に相応しい笑顔を浮かべて、答える。
「もちろん。あなたがこれから生きる世界で、また会えますよ。約束します…というか、それが仕事でもありますから」
「神様も大変ですね、中間管理職みたいだ」
俺もちょっとだけ笑った。
すると、俺の周りが光り始めた。
いよいよ、転生するのだろう。
深呼吸をしながら、少し遠くなった天城さんの言葉が聞こえてくる。
「まずは飛ばされた先の街で、冒険者ギルドへ向かってください!その後のことは、きっとあなたなら分かるはずですから!」
随分と高く評価してくれるなぁ、この人。
…あれ、段々俺、天城さんに敬語を使わなくなってきているな、今気づいた。
次に会ったら、何で名前が日本名なのか、聞いてみよう。
心の中で「行ってきます」と言いながら、俺は目を閉じた。
「行ってらっしゃい。また、お会いしましょう」
その声を最後に、自分の周囲が白い光に包まれた。
そして。
ゆっくりと目を開けると、そこは異世界だった。
どうも、夜光猫です。
第2話にしてようやく異世界に降り立った蒼真ですが、ここから彼の冒険が始まります。
語れることはまだ多くないですが、今から終わりまで続けられるかは私の意思次第…頑張ります。
さて、蒼真の担当女神であるニュクスの加護担当、天城凛について、少し話します。
まず、蒼真がいつか質問したいという、彼女が日本名である理由についてですが、そこについてはいずれ本編中で描きたいと思っているので、ストーリー的な理由は追々、その時を楽しみにしていただければと思います。
蒼真と掛け合いしていて、彼女は本当に新人だなと、改めてそう実感しました。
真面目に仕事をこなそうとする姿勢に、初めてのことで緊張を隠せない部分や、蒼真に対して冗談を言って場の空気を良くしようとするところを見ていると、「できた子だなぁ…」なんて作者ながらに思ってしまいます(笑)
彼女にもまた出番はありますが、蒼真との掛け合いを書くのが今から楽しみです。
それでは、本日はこの辺で。
もし読んでくれた方がいるなら、その方に大きな感謝を。