第21話「北の遺跡の戦い⑤」
遠くで仲間達が戦っているのを感じ取り、俺も気を引き締める。
あいつらがいくら粘っても、俺がこの魔王候補を倒せなければ勝利はないのだ。
今俺自身を巻き込んでいるこの竜巻を含んで、あいつにはあと5つの竜巻が残っている。
また支配できるのは風だけではなく、この自然すべてが俺の敵に回ると考えていいだろう。
そんなものに抗うとするなら、より強い力が必要だ。
幸い、その力には思い当たるものがあった。
「…魔闘術か」
俺は旅立つ前、ギンジロウから教わった魔闘術の心得を振り返る。
一つ、完全な魔闘術を使うにはかなりの魔力を必要とする。
二つ、魔闘術を扱うには魔法よりも強いイメージ力と、より強い想いを込める必要がある事。
他にも細かく何か言われた気がするが、主な要点はこの2点だった筈だ。
俺の魔力じゃ、逆立ちしたって全身を纏うような魔闘術は使えないことは分かる。
なら、場所は絞るべきか。
そして、風の支配だけでは、求めるものとしては足りない。
エア・ライドの本来の役割である「機動力を高める」という点も意識するべきだ。
使うマナはこれまでと同じ、風属性と闇属性。
自身は風に乗り、空中であろうと自在に動くイメージを。
敵には抗う事の出来ない暴風による裁きを下すイメージを練る。
「よし、やるぞ」
形として具象化するイメージは靴。
込める想いは、「あいつをぶっ飛ばす」という気持ちただ一つ。
絶対に勝つという気持ちのみに自分の心を染め上げながら、風属性、闇属性のマナをチャージし、靴の形に練り上げていく。
二つの属性のマナが混ざり合い、それらがやがて大量の細い糸となって、俺の両足に漆黒のブーツを編み上げていく。
やがて形になった黒いブーツに、俺は新しい名前を付けた。
「エア・ライド改、魔闘術ストーム・ルーラー…なんて、安直かな」
さて、まずはこの竜巻から脱出するとしようか。
俺が無造作な動きで空中を一蹴りすると、俺の身体はそのまま一直線に竜巻を突き抜けた。
俺の頬に、先程の竜巻を上回るほどの強い突風が叩き付けられる。
「ぶわっ!」
「おっと…た、竜巻を抜けてきたのか。でも、こ、これならどうだ?」
支配の魔王候補…柏田広司といったか。
奴が卑屈な笑みを浮かべながら右手を俺に向けて振りかざすと、奴の周りにあった4つの竜巻が俺を取り囲んでいた。
「…竜巻はもういいっての」
俺は滞空したまま前方に駆け出し、4つの竜巻から離脱しながら奴へ接近する。
「お、俺が支配できるのは、風だけじゃないぜ…!」
奴がそう吐き捨て、右手の平を地面に付ける。
奴が跪いたような体勢になった直後、鞭の様な何かが俺を叩き落とそうと襲い掛かってきた。
「何これ!?うわっ!!」
真正面にある何かは、まるで木の幹の様に太かった。
それがしなって俺の脳天に叩き込まれ、俺は地面に叩き付けられる。
「ガッ…ぐ、くそ、痛ぇな」
俺を叩き落とした何かを睨み付ける。
先程は速すぎて見えなかったが、今はヒュンヒュンと風切音を鳴らしながら、再び俺が飛び上がるのを待っている様だ。
その正体は太い植物の蔦だったらしく、奴は植物を支配する事で急成長を促し、その動きすらも自在に操れる様だ。
俺のEx/Seedの上位互換みたいな技を使いやがって…。
ストーム・ルーラーが解除されていない事を確認し、再び接近を開始する。
エア・ライドと同じように風が俺を運んでくれる中、再び大自然の鞭が俺に猛威を振るわんと迫ってきた。
その数、前方に2本、後方に1本。
俺は愛剣を抜き放ち、自身の魔力を吸わせる。
これで、我が愛剣の切れ味は増したはずだ。
「邪魔だ!!」
左下から右上への斜め切り一つで2本の鞭を斬り倒す。
背後から残る1本の鞭が迫るが、そちらは自信を左に吹き飛ばして無理矢理躱す。
しかし、まるで豆腐でも斬ったかのような手ごたえの無さだったな…魔剣恐るべし。
俺みたいな初心者の扱う武器じゃねぇよな、やっぱり…ありがたや、ありがたや。
「こ、これでどうだ…!?」
あいつがまたもや何かを支配したのか、俺の眼前で地面が盛り上がった。
攻撃かと思って即座に飛び退くが、地面はそのまま大きな山と変化し続けている。
「…えっ」
ズゴゴゴゴ…という地響きと共に現れたのは、巨大なゴーレムだった。
詳細な大きさは不明だが、10メートルくらいの高さだろう。
「でっか…」
なんて感心している場合ではない。
巨大ゴーレムがその左拳を振りぬいてきたからだ。
それも、ゴーレムらしからぬ滅茶苦茶な速さで。
見てから回避は余裕じゃないと察した俺は、紙一重の所までその拳を引き付けてから躱し、そのままゴーレムのど真ん中である胸の辺りまで高くジャンプした。
「重力と暴風を合わせれば、それは運動エネルギーの暴力となって、お前を吹き飛ばす」
蹴り脚は左足。
重力のエネルギーを左足に収束し、風属性のマナと混ざって漆黒の竜巻に変化する。
「2発限りの強力な一撃、持ってきな!!」
たった今思いついた、俺の奥の手。
「ブラック・カイト!!スマッシャ―!!!」
左足の黒い竜巻が膨れ上がり、巨大なゴーレムを呑み込んで粉々に消し飛ばした。
さらに竜巻はゴーレムの後ろにいた魔王候補にまで及び、俺の前方数十メートルを抉り、そこにあった全てを破壊しつくした。
その後30秒程で黒い竜巻は消失したが、文字通り草の根一本も残ってはいなかった。
「…あー、スッキリした」
言いながら、右足だけとなったストーム・ルーラーで倒れ込む柏田の横まで近づき、その首筋に刃を添える。
「俺の勝ちだな…」
「あぁ、俺の負けだ」
「…案外あっさりと負けを認めるんだな?」
「そりゃあな…これだけ破壊の限りを尽くす一撃を持っている様な奴相手に、生き残れるような気はしない…一思いにやってくれ」
目の前で倒れている魔王候補は、先程とは打って変わって、本当に諦めた様だ。
生かすか殺すかの結論を出す前に、確認しておくべき事がある。
「お前の支配の力…魔王候補の持つ権能って言ったか。あれ、人にかけたやつはどうやって解除するのか、教えてくれ」
「それは…」
「魔王候補の権能の力は、そいつが自分で能力を解除するか…そいつ自身が死ぬかしないと、能力は解除されない、でいいんだよな、カッシー?」
「誰だ!?」
唐突に現れたその男は、柏田を挟んで俺の目の前にいた。
心気による気配感知は怠っていなかったはずなのに。
俺はすぐに柏田から離れ、その男に剣を向ける。
「誰だとは随分なご挨拶だなぁ、俺はお前をこの世界に送った張本人だってのにさ」
「…はぁ?」
俺をこの世界に送ったのは天城さんだ。
夜の女神の代理として、通り魔に殺された俺の魂を召し上げて、この世界に転生させた人。
いや…この表現だと、本当の切っ掛けはその通り魔になるのだが。
そこまで思考を巡らせてようやく、目の前の男の正体に気づいた。
「お、お前…まさか、日本で俺を殺した通り魔、なのか?」
俺が尋ねると、男はニィっと不気味な笑みを浮かべ、両手で銃の形を作って俺に向けた。
「ザッツ・ラァァァイト…そう、俺がお前を日本で殺し、そしてお前に殺された男さぁ!」
悪意の塊。
目の前にいる男を一言で表現するなら、それ以外にはないだろう。
黒いフードを被ったその男は俺よりも遥かに身体を鍛えているのだろう、肩幅も広く胸板も厚く、顔だけでもいくつかの傷跡が確認できる。
年齢は30代前半、身長は170以上180未満といったところか。
自身の中の狂気を隠そうともしないその男は、ひとしきり高笑いをした後、ぽつりと呟いた。
「毒島愚」
「…なんだって?」
「ぶ・す・じ・ま・お・ろ・か!!俺の名前だよぉ、本名じゃねぇけど。向こうじゃそう名乗ってたからこっちでもそのままでいいかと思ってなぁ」
「…」
俺が出方を覗っていると、男…毒島は話を続ける。
「ある女子学生を殺してくれって、俺に依頼が来てさぁ…それで殺しに行ったら、知らないサラリーマンがその子の事庇うじゃん?邪魔だなって思ってそいつから殺そうとしたら、そのサラリーマンが死ぬ間際に、自分に刺さったナイフを引き抜いて俺の心臓を一突き!もうびっくりだよなぁ?」
「自業自得だろ」
そう返す他なかった。
改めて相対して思うが、こいつはマジで死んだ方がいいと思う。
「で、死んだと思ったら、邪神を名乗る頭のおかしい男にわけわからん力と装備を貰って、気が付けばこんな世界にいたってわけ。目的は、お前が魔王になってこの世界を混沌とした世界に変えろ、だってさぁ」
「…なるほどな」
天城さんからの話等の、これまでに集めた情報と合わせると、全貌が見えてくるが…
要するに、権能持ちの魔王候補は異世界転生した奴らで、そいつらは邪神によって転生させられたと。
で、この世界に元々いた魔族の奴らも、次期魔王を決める為に戦っていたりしたんじゃないだろうか。
俺が頭の中で情報を整理している中でも、毒島は話を続ける。
「でさぁ、じゃあどうやったら魔王になれるかって話だけど、結論言うと権能の元にもなってる魔王因子を集めた奴が、魔王になるって話らしいぜ?」
その話を聞いて俺は、こいつがここに来た本当の目的を察した。
察した時には既に、毒島は柏田の首にナイフを深々と突き刺し終えていた。
「ガボッ…」
柏田は口から大量の血を吐き、ビクビクと痙攣している。
「お前…!!」
「そう、俺の目的はこいつの魔王因子ってわけさぁ、理解した?」
言いながら、勢いよくナイフを引き抜く。
柏田の首から対象の血が噴水の様に噴き出して、辺りに血の匂いが充満した。
魔王候補、柏田広司は死んだ。
他人の命をまるで息をするかのように奪った男に、俺が怒りのままに切りかかろうとするも、既に毒島は俺の喉元にナイフを突きつけていた。
「くっ…」
「おっと、まだ終わってないぜ?よーく見てろよ~?」
毒島がそう言ってすぐ、柏田の死体から黒い靄のような塊が飛び出し、宙に浮かんだ。
右手で俺の首にナイフを突きつけたまま、毒島はその黒い靄に左手を向ける。
すると、その黒い靄は毒島の左手に吸い込まれ、そのまま彼の中に入り込んでいった。
「…まぁ、流石に支配の権能は使えないか、あれはそこで死んでいる男の権能で、俺のとは別物だからなぁ」
ぶつくさと言いながら、もう用事は済んだとばかりにその場を立ち去ろうとするその男を、俺は呼び止めた。
「…毒島愚」
「あん?」
「お前は、必ず俺が殺す」
この世界に送り込んでしまった責任の一端が俺にあるなら…俺が決着をつけなくてはならないだろう。
強い殺意を向けられてもヘラヘラしているその男は、俺の右肩をポンと叩いた。
「俺もお前を殺したくて仕方がねぇ…だが、楽しみは後に取っておく質でなぁ。」
また会おうぜ、ブラザー。
そう言って、最初からこの場にいなかったかのように、毒島はこの場から消えていた。




