第14話「闇色の彼」
「…あれ?」
俺はメリダさんから貰った本を開いた…はずだったのだが。
気が付いたら、覚えのない空間にいた。
辺りを見渡すと、そこは何もない部屋だった。
真っ白な部屋、という表現が正しいか?
真っ白な部屋と表現はしたが、なんとなく壁は視認出来る。
現状この部屋には俺一人、誰もいない。
「ふむ…」
俺は何故、こんな場所がいるんだ?
考えられる原因としては、やっぱりメリダさんから貰った本だけど。
…どうしよう、段々心細くなってきた。
「誰かー!!!」
某CMに負けずとも劣らぬ、迫真の叫びをあげてみた。
しかし、何も起こらなかった。
作戦1、誰かに助けを求める、失敗。
次を試してみる。
俺は、隅々まで壁をコンコン叩いて回った。
壁を叩く音を聴き比べる事、数十分。
…どこかに隠し通路があるという事は無さそうだ。
なら、床はどうだろうか?
俺は地に伏して、壁と同じように床をコンコンと叩く。
四つん這いになって隠し通路を探す男。
…何この図、想像して死にたくなったんだけど。
しかもこれ、なんかゴキブリみたい。
が、暗い気持ちに負けず、脱出口を探す。
しかし、床に隠し通路はない様だ。
よし、次だ。
と、壁を物理的に壊そうとして…やめた。
背中や腰に愛用の装備品が無い。
今更ながら気づいたが、どうやら俺は着の身着のままこの場所へ放り出されたらしい。
武器があるならともかく、素手で壁を壊すと言うような真似は出来ない…。
異世界転生したものの、今の俺は当時の身体能力に毛が生えたレベルでしかないのだ。
これからどうしたものか…と俺が悩んでいると、背後に人の気配を感じて、振り向く。
「ふぅ…やっと入れたわ」
「お?」
俺より高い身長で、青年誌のグラビアに載っていそうな身体つきをしたお姉さん。
実はあまり人間体で会うのは珍しい事だが、目の前にはツグミがいた。
「あれ、なんでここに?」
「それはこっちのセリフなんだけど?…なんだってこんな面倒な空間にいるの?」
面倒な空間?
まぁ、間違いなく今いるこの場所の事だろうけど。
「ここ、俺の精神世界的な世界なんじゃないの?」
「半分正解で、半分不正解。ここはソウマの精神と繋がった、魔導書の中なの」
「ここが、あの魔導書の中?」
「人が魔導書によって魔法を覚えるためには、自身の精神を魔導書に直結して、魔導書自身に自分の魔法の才能を見出してもらう必要があるの。魔導書は、魔によって導かれる書物…つまり、魔の存在の意識が封じられているものなの」
それは初耳だった。
魔導書ってそんな物騒な存在なのか…。
ただ、そういう割には魔の存在の意識的なものが、この場所からは感じられないままだ。
俺とツグミの2人しかいない。
「そろそろかな…」
「え?」
ツグミがそう呟いたタイミングで、音も無く目の前に姿見が現れた。
縦方向に楕円の形をした、紫色の縁の大きな鏡だ。
あの形状でどうやって屹立しているのかは、気にしたら負けなので気にしないで置く。
俺は視線で、隣に立つ彼女に助言を求めた。
ツグミはその大きな鏡を向いたまま、俺に答えた。
「少なくとも、魔導書の世界では戦闘とかの物騒な話にはならないと思う。魔の意思は、魔導書のルールに縛りつけられて、人に害を為すことができないから」
危険はない。そう言う事だと理解するが、気を緩めたりはできない。
「…わかった。じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
俺は大鏡の真正面に立ち、鏡面に映っている自分の姿に触れる。
振れた感触はまるで水の様で、そのまま指からとぷん、と俺の手が沈んでいった。
「うわっ」
驚いて手を引こうとするも、その右手は持ち主の意に反してずぶずぶと沈んでいく。
ツグミは不安そうな表情を浮かべているが、想定していたことなのか、腕を組んだまま静観していた。
俺がピンチなら、彼女はどうにかしようと動くはずだ。
なら、今はこのまま前進あるのみか。
「南無三!」
俺は勇気を振り絞り、鏡の中へ飛び込んだ。
飛び込んだそのままの勢いで、俺はクルクルと回りながら前に進み続けていた。
「ストップストップストップ!!!」
「おっと…大丈夫かい?」
「あぐ」
人の声だ。もちろんツグミではない。
転がり続けた俺を止めてくれたのは誰なのか、俺は相手の顔を確認するべく目線を上に上げた。
「…」
「そんなに見つめないでくれよ、照れるだろ?」
人型の闇、という表現が正しいのだろうか。
この空間自体も暗いが、目の前の存在はより一層暗く、人の形をした闇が、俺を受け止めてくれていた。
「ごめんごめん、でもってありがとう、助かったよ」
飛び込んだ先は、暗闇の中だった。
先程までいた真っ白な部屋とは真逆の空間だ。
「うーん、目がチカチカする…」
「ごめんね。ここは魔導書の深奥だから、僕を封じている影響で闇が蔓延してるんだよ」
「…な、なるほどね?」
こいつが、魔導書の中にいる「魔の存在」か。
悪意は感じないけど…一応聞いてみようか。
「一応聞くけど、俺はこれからアンタから魔法を教わるって事でOK?」
「おーけーっていう言葉の意味は分からないけど、その認識で問題ないよ」
なるほどな、そこに認識違いはないらしい。
だが、そう簡単に契約書に印鑑は押せない。
都合の悪いことはいつだって、小さい文字で書いてあるものだ。
俺は重ねて闇へ質問する。
「アンタから魔法を教わる上で、俺に代価やリスクはある?」
俺がそう質問すると、闇はクスクスと小さく笑った。
心なしか、身体がくの字に折れているような気がする…暗くて見づらいから、はっきりとは分からないけど。
ていうか、こいつ随分と人間臭いな。
「中々慎重だね。でも心配はいらない…今の僕は魔導書のルールに縛られているから、君に不都合なものを要求することはできないんだ」
闇はそう答える…しかし、信じていいものか。
いや、ツグミだって元は呪いをもたらす武器だったけど、ちゃんと仲良くできていると思うし…会話をするなら疑ってばかりではだめだ。
何より、こっちだって魔法を授かる立場。
ある程度は下手に出ないと、礼儀知らずだと思われてしまう。
そう思った俺は、闇さんに向かって一礼する。
「わかったよ。俺に魔法を教えてくれ」
「君は素直でいいね…わかった。じゃあ、早速始めようか」
「…でも、どうやって魔法を使えるようにするんだ?修行でもするのか?」
ツグミからも、俺がどうやって魔法を使えるようにするのかは教えて貰えていない。
「そうだね、方法はいくつかあるんだけど…まずは色々と教えて貰おうかな?」
「教えてもらうって…何を?」
「外の世界の状況と、君自身についてかな…場合によっては、魔法よりも良いものを君に渡そうと思っているよ」
…魔法よりも良いもの?
なんだろう、危ない白い粉とかじゃないだろうな。
「心配しなくても、君の目的には一致すると思う。何を渡すにしろ教えるにしろ、君は今日で魔法が使えるようになる…それだけは約束するよ」
「…そっか。まぁ、危ないものじゃなければいいや。それじゃ、えっと、質問形式でいいか?俺はお前が何を知りたいのかが分からないからさ」
「了解。それじゃ、早速始めようか。質問の答えは、君が知っている範囲のもので構わないからね」
俺は了解の意を込めて、無言で頷いた。
彼(姿も見えないから性別は分からないが)の質問内容はとてもシンプルだった。
外の状況がどうなっているのかについては、自分の知っている限りの魔王軍の現状と、冒険者側がやや劣勢であることを伝えた。
俺自身の事については、最初は質問を重ねていたが…
「これじゃあ時間がかかりすぎるな…面倒だし、少し君の事を覗かせてもらいたのだけど、構わないかな?」
と、そんな提案を受けたので、了承する。
「じゃあ、失礼」
一言告げると、彼の手が俺の額に触れる。
振れると言っても、触られている感覚は無かった。
ここが精神世界だからか、彼に実態が無いだけなのかは分からないが。
そのままの姿勢で数分過ぎた頃、彼の手が離れる。
「えっと…どうだった?」
俺は不安になってそう訊ねると、彼が小さく笑って答える。
「心配しなくても、君の人となりは分かったよ…君になら、これを託してもいいかもしれない」
「…?」
彼が深呼吸を1つすると、闇のシルエットの胸の部分に位置する場所から、黒曜石のような宝石が、ゆっくりと浮き出てきた。
それを手渡され、何も考えずに受け取る。
「あの、これは?」
「これは、僕の中にあった魔の因子の結晶だよ。僕はここに封じられる前は、それはもう優れた魔の存在だったのさ」
左手を腰にあてて、右手で髪を払う仕草を見せる。
なんだこいつ…というか優れた魔の存在ってなんだよ、意味が分からん。
ジト目になる俺の視線を無視して、彼は続ける。
「この魔の結晶、君の中に入れる。それで君は、自分の身体に流れる魔力の流れや、大気中の魔素を感じられるようになるだろう…あとは君次第。君の望むように、魔法の道を究めるといいよ」
魔素?おい、早速新しいワードが出てきたぞ。
大気中に含まれているのはマナだと思ってたけど、それとは違うのか?
俺が疑問符を浮かべていることを察したのか、彼が説明してくれた。
「あぁ…普通の人は知らないんだったね。簡単に説明すると、空気の中には酸素とかと一緒に魔素というものが含まれていて、人はそれを呼吸によって取り入れることで、身体の中に流れる魔力に変換するんだ」
なるほど…。俺の元いた世界には、そんなものは当然なかった。
もしかするとこの違いが、俺の世界に魔法が存在しない、あくまで空想の存在であることの理由なのかもしれない。
「それで、その魔力に自らの心気で属性を持たせ、外界へ放出した物がマナであり、さらにそれを意思と想像力によって具象化したものが魔法だよ」
それを聞くと、俺の中で疑問が生まれる。
「体の内側に作用するものが心気、外側に作用するのが魔法って理解でいい?」
「基本的にはその通り。でも、マナとして外に放出したものをさらに身体の中に取り込んで発動する魔法も存在するから、厳密には魔力をマナに変換しているか、完全な意思とイメージの力だけで制御しているか、という違いになるね」
な、なるほどね。
で、俺はこれからその魔素を感じやすい身体になるために、この黒い石を入れると。
「…なんか、最近こういうぶっ壊れ強化展開が多いなぁ」
まぁ、俺自身、日本にいた頃の自分に毛が生えたようなものだからな…これから戦っていく相手をや、今の状況を考えると、強くなっておいて損なことはないだろう。
「経験者からのアドバイスをひとつ。今の世界は、一々呪文の詠唱なんて行ってるみたいだけど…それをやってる限り、魔法を極めることは出来ないよ」
それはつまり、一流の魔術師は詠唱なんてしないと言う事か。
その領域に至る者がごく少数だから、それを知る者も少ない…なるほどね。
しかし、何をするにもまずはこの黒い石だ。
「受け入れるって言っても、これをどうすればいい?」
「君の胸に触れさせればいい。そうすれば君の中に勝手に入っていくから」
「…俺の身体を乗っ取ったりとか、そういうことはないよな?」
「心配性だなぁ、大丈夫だよ」
「…お、おう」
右手に握られたその黒い結晶を、そっと自分の胸に触れさせる。
すると、音も無く自分の胸の中へと沈んでいった…異物感は感じられない。
自分の身体の奥から力が湧き上がってくるようなことも無い。
「てっきり、『ち、力が…!!』みたいな展開になるかと思ったけど、そんなこともなかったな」
「それはそうだよ。これはあくまで因子であって、力ではないからね」
なるほど、そういうものなのか。
「はい、じゃあ、君を現実世界に戻そうかな」
「え、そんな簡単に戻れるのか?」
「呼んだのは僕だからね…戻すのも簡単だよ」
「そ、そっか…」
「外で待っている君の武器の化身の子、その子も一緒に現実に戻るから、安心してね」
それは良かった。
「はい、じゃあまたね」
パチン!と彼が指を鳴らす。
「あ、ちょっ」
「…ちょっと待った!!」
俺は跳び起きた。
どうやら横になったまま、意識を失っていたらしい。
「あー…弾き出されたか」
まだ聞きたいことがあったんだけどな…まぁしょうがないか。
「…」
俺は、黒い石こと魔の因子を入れた影響がないか、自分の身体を確かめる。
服を脱ぎ、部屋の中にあった姿見で確認したが、特に外見的な変化は見られなかった。
一方、内面的な変化は既にあった。
身体の感覚が微妙に違うのだ。新しい感覚が自分の中に芽生えたと言うべきか。
どう表現すればいいか難しいが、この感覚は…
「血液の流れを感じる感覚に近いかな?」
呼吸をする度に、酸素以外の何かを身体の中に取り込み、取り込んだものが自身の中を循環していくのが分かる。
その流れている感覚が、血の流れを感じる感覚に近いのだ。
「なるほどね、これが魔力の流れか」
さっき俺が呼吸によって取り込んだのが、大気中の魔素というものか。
あとは、魔力をマナとして放出する感覚が知りたい。
残りの期間で、少しはものにしたい。
「明日から、また特訓だな」
とりあえず、今日は色々疲れた。
俺はツグミに、「心配かけてごめん、無事に魔法を使えそうだよ、ありがとう」というメッセージを念じて伝え、ベッドに横たわった。
身体に流れる新しい感覚に身を委ね、そのままゆっくりと瞼が重くなっていき、やがて睡魔に負けて眠りに落ちるのだった。
「…ん」
しばらく寝ていた俺は、ふと目を覚ました。
何やら人の気配を感じたからだ。
「いや、気配感じて起きるって…俺も冒険者に染まってきたかなぁ」
窓の外に目をやれば、辺りはこれから夜になろうという時間だった。
俺が立ち上がると同時に、部屋の外から声がかかる。
「ただいま帰りました…ソウマ様、いらっしゃいますか?」
メルが帰ってきたようだ。
先程の気配の主は彼女だったらしい。
「あぁ、いるよ。入っていいよ」
修道女の服を着た彼女が、色々な荷物を持って帰ってきた。
袋を受け取って、運びながら中身を確認すると、食材の様だ。
しかし、俺と二人で食べるにはちょっと数が多い。
「…ねぇ、メル?なんか今日は買いこんでない?自棄食い?何か悩みがあるなら、俺で良ければ相談に乗るよ?」
「ち、違いますよ!今日はお客様が来てるんです!」
お客様?
ルーナとギンジロウの2人だろうか?
まさかフーザやトウキチさんという事は無いだろうし、メリダさんとだってさっき別れたばかりのはずだ。
一体誰だろう…と悩む俺に、メルの後ろにいた人物が声を掛ける。
「や、ソウマ。怪我の調子はもう良さそうだね」
ルーナだ。
白髪と同じ色のウサ耳が、可愛らしく揺れている。
「いらっしゃい、ルーナ。お蔭様で、もう全然元気だよ」
「それは良かった。師匠は今日は一人で飲みたい日らしくて、僕が遊びに来たよ」
「そうなんだ?歓迎するよ。あ、良ければ座って」
俺はルーナに席を勧める。
が、さらに彼女の後ろにも誰かがいた。
「お久しぶりです、鎹さん」
「えっ」
それはそれは綺麗な黒髪の女性がそこにいた。
そして、その人物は超知り合いであった。
「あ、天城さん!?なんで二人と一緒に!?」
天城凛。
女神ニュクスの後継として、日本で死んだ俺を召し上げ、この世界に送った張本人。
「今日はあなたにお話しがあってきました。これから先の事もあるので、お二人と面識を持っておくのも良いかと思って…鎹さんも隅に置けませんね?こんなに可愛い子たちをパーティーメンバーにするなんて」
「僕は正式メンバーじゃないけどね?」
天城さんの言葉に訂正するルーナ。
いや、今はルーナではなく天城さんだ。
俺の仲間に接触を持ちつつ、突然現れた彼女はというと、鼻歌を歌って上機嫌だ。
ちくしょう、俺が驚いてるのを楽しんでいるな?
やられたぜ…。
悪戯をするような笑みを浮かべながら、彼女は話を進める。
「ですが、私もお腹が空いてますから…お話しは、晩御飯を食べながらにしましょうか?」
突然の事に動揺を隠せない俺は、ただ黙って頷く他なかった。
どうやら、今日の夜は長くなりそうである。
どうも、夜光猫です。
新年あけましておめでとうございます。
昨年度はコロナ過という状況に押し流され、なんだか年が明けたという時間に乏しいですが、こうして物語を書く活動を続けられる事に、安心しています。
というか、期間が空いてしまってごめんなさい!!
今回の話は、今後の話の展開を踏まえた上で、色々と悩んだ部分が多い箇所でした。
なので、書いては消して、消しては書いて、リライトしていました。
ようやく自分も納得がいって、キャラクターも生きている内容が書けたので、個人的にはホッとしています。
…なんて、こんなことを書きつつ、次の内容はいつ頃アップできるかな?なんて考えている私でした。
また次回の話も読んでいただければ嬉しいです。
今年もよろしくお願い致します。




