13.5話「ファースト・クエスト:リザルト sideアルメリア・ウェザー」
ソウマ様が目を覚まし、ギルドへ向かった。
今日は各々の休日を過ごす…私もそのつもりで、気晴らしに外へ向かう事にした。
部屋に籠って祈りを捧げるのもいいが、今日はそんな気分ではなかったから。
最低限の荷物と装備だけ持って、私は目的地を決めないまま、街へ赴く。
すれ違う人達と目を合わせない様に、修道女の帽子ギュッと深く被り直し、目線を下に向ける。
昨日私は、結構な数の魔物を殺した。
身体には匂いは残っていないはずなのに、あの血生臭い死臭が忘れられない。
その匂いが、「お前は命を奪ったのだ」と主張をしてきて止まない気がして、後ろめたい気持ちが溢れて仕方がなかった。
冒険者として人を襲う魔物を殺した。
それだけのはずなのに、この消えない罪の意識は何なの?
気が付くと、私は走っていた。
自分の気持ちから逃げ出したくて、命を奪ったという事実から逃げ出したくて。
あんなにも簡単に命を奪う手段を持ってしまった、自分が怖くて。
「はぁ…はぁ…」
「はい、そこまで」
脇目も振らずに走っていたから、自分を追いかける人物に気が付かなかった。
ルーナちゃんが、私の手を強く掴んでいる。
「さっき見かけてから嫌な予感はしたんだけど…やっぱり、ソウマには言わなかったんだね、自分の気持ち」
「ルーナちゃん…?」
「まぁ、難しい話は後にしてさ。女の子同士、まずは向こうで女子会でもしよっか?」
私がルーナちゃんに連れてこられたのは、そこから徒歩5分程のカフェだった。
静かで雰囲気も良く、あまり広くないが、置かれている一つ一つの小物や木製の椅子、机に至るまで、マスターのこだわりが垣間見えた。
店内はコーヒーや紅茶の香りがして、ささくれだった私の心が少し落ち着いた。
店員さんに案内されるがまま、私たちは席に着く。
だんまりを決め込む私に気を遣ってか、ルーナちゃんは心なし口数が多かった。
「メルちゃんは何にする?」
そう言ってメニュー表を見せてくれた。
そのタイミングで、まるで狙ったように私のお腹が空腹を訴える。
…確かに、お昼の時間なのにまだ何も口にしていませんでした、私。
こんな時ソウマ様なら、「まずは飯食ってからにしよう!」とか言いそうですね。
私はイカやアサリといった具材を使用し、細切りになった海苔で香り付けをした明太パスタと、生クリームの乗った豆乳カフェラテ、デザートに2段に重ねられたスフレパンケーキを選択する。
気分次第ではもっと食べてもよかったが、今は最低限空腹を満たせればいいと思ったので、今回は止めておく。
「魔物を…いや、生きていた何かを殺すのは、昨日が初めて?」
ルーナちゃんが尋ねてくる。当然、これが本題だ。
私は言葉を発さず、ただ頷いた。
恐る恐る彼女の顔を見ると、足を引っ張った私を責める様な表情ではなかった。
「分かるよ。私も、初めて魔物を殺してから慣れるまで、そんな感じだった…怖いよね」
「…ルーナちゃんも?」
私は恐る恐る質問した。
彼女は怒るでもなく、優しい微笑を浮かべたままだ。
「僕も、初めて魔物を殺した時、そいつの断末魔の悲鳴が忘れられなくてね。悪夢にうなされるし、拳は握れなくなるしで、もう困ったよ」
ルーナちゃんは当時の自分を思い出しながら、苦笑する。
「あなたにも、そんな時期があったんですね…」
「あー、酷いなぁ、僕だって女の子だよ?」
「ふふ、分かってますよ。」
おどける彼女を見て、自然と笑みがこぼれた。
「ソウマみたいに覚悟が決まっているタイプは、きっと迷わないと思う。まぁ、あの子も人が良いから、昨日みたいにゴブリンリーダーと分かりあったりして、無用な殺しはしないタイプなんだろうけどね」
確かに、ソウマ様はそういう人ですね。
彼の人の良さは嫌というほど知っているし、出会ってからの短い間、何度もその優しさに救われてきたから。
「それに、あの呪文。あれは今後使っちゃダメだからね?」
「え?」
「師匠がね、そう伝えなさいって。あれはメルちゃんの負の感情を強く刺激するから、使うのはメルちゃんが覚悟完了するまで使っちゃ駄目です、分かった?」
「は、はい」
というか、それは私自身が自覚する事であったので、改めて指摘してくれて感謝するところだろう。
となると、新たな技や戦い方を身に付ける必要がありますが。
「昨日の、乱戦の中で魔物の攻撃を躱しながら呪文を詠唱するのは、見事だったよ。あれは一人前の魔法使いでも中々出来ないからね…魔法使いは、近距離戦をしないから」
「確かに、普通は後方支援ですよね…」
私の能力も、そもそも後方支援でしか輝けないものです。
結界魔法と光属性の回復魔法、及び浄化魔法。
決して戦えるような力ではありません。
「よし、ひとまずはご飯を食べるとして…あとは僕と特訓しよっか?」
「え…でも、今日は」
反論しかけた私の口を人差し指で押さえ、メルちゃんは不敵に笑った。
「別に本気の戦闘をしようってわけじゃないし、大丈夫大丈夫!」
「…分かりました」
私が承諾すると同時に、注文した料理がテーブルに運ばれてきた。
「美味しそう!ねぇ、そっちのもちょっと分けて貰ってもいいかな?」
「いいですよ?そちらのパスタも少しください」
決して暗い気持ちが晴れたわけではないが、彼女のお蔭で少しずつ、前を向いていけそうだった。
心の中で、眼前で幸せそうにパスタを頬張る彼女に、私は感謝の言葉を告げた。
初めて入ったカフェで美味しいご飯を食べた後、私はルーナちゃんと教会に来ていた。
私が長い間、閉じ込められていた教会。
ソウマ様が結界を打ち破り、私を外に連れ出してくれた場所。
ここは街の外れに位置していて、魔王候補が関わっていた場所として、ギルドの職員より立ち入りを禁じられている場所だ。
…怒られたらどうしようかなと思うが、修行の為に数時間だけでも使わせてもらうことにする。
幸い、ここには人はやってこないから、誰かを巻き込む心配もない。
ルーナちゃんが愛用のグローブを装着し、勝気な笑みを見せる。
兎の耳がパタパタと大きく動いているのがちょっと可愛らしいなと思った。
その可愛いバニーガールちゃんは、拳闘の構えのまま、隙を見せない。
私も短杖を構え、光属性のマナをチャージした。
「今から日暮れまでの数時間、僕と模擬戦をしよう。勝敗は、どちらかが立っていられなくなるまでって事でいいよね?」
「それで構いません…お願いします」
私が返事を返すと、ルーナちゃんの表情から笑みがスッと消える。
「それじゃあ…行くよ!」
私の少し先で構えていた彼女の姿が、その宣言と共に掻き消える。
私は集中力を切らさないまま、気配を感じた右後方に向かってその身を翻し、空いている左手で結界を張った。
「結界よ!」
「僕の気配を追えるようになったのは誉めてあげるよ!でも!!」
私が張った結界の向こうで、魔力を漲らせた右足が鞭の様にしなる。
バリィィィィィィン!!!
ガラスが割れる様な音と共に、私の張った結界が砕かれた。
それでも怯んでいる暇は私には無く、彼女はそのまま私の懐に潜り込んでくるだろう。
気配が眼前まで迫るのを感じながら、私は彼女に杖を向けた。
私はギュッと両目を閉じる。
「眩き閃光よ!」
「くっ」
目眩まし。
光属性の魔法の中で、最もシンプルな魔法だ。
私は見様見真似で、左足を軸にした回し蹴りを放ちながら、左手に再び無属性のマナをチャージする。
左手で難なく防がれてしまった。
それもそのはず、私は身体を鍛えているわけではないから、彼女のような武闘家が渡し程度の蹴りでダメージを受けるはずがない。
だけど、私はまだ手を休めるつもりはなかった。
彼女が乗ってくるかは分からないが、私は一度後ろに飛び退き、背中を見せてそのまま逃げる選択肢を取る。
「敵を前に背中を見せるなんて、何のつもりかな!?」
そのまま勢いよく突っ込んでくるルーナちゃん。
その勢いは脱兎の如し。私の脚では引き離せない。
だけど、それは私の狙い通りの動きで、今は彼女との駆け引きに勝利したと言える。
「柔の宿りし障壁よ!/受け止めよ!」
空中から私に襲い掛からんとしていた彼女の動きが止まる。
ルーナちゃんは私の作った結界に受け止められていた。
「うわっ!?何だ!?」
私はきっと、魔物を殺すのに向いていない。
だから、こうした魔法の扱い方が向いているのかもしれない。
無属性結界魔法:ゼリー・バリア。
魔力の消費は激しく、一度に一つしか作れないが…攻撃してきた相手自体を捉えることが出来る魔法。
他にも、色々な応用が利きそうだった。
私はそのままルーナちゃんを拘束し、彼女の喉元に杖を突きつける。
「なるほど…これは面白い魔法だね」
「私も、結界魔法でこんなことが出来るとは思ってませんでした」
正直、咄嗟のイメージだった。
彼女の攻撃を防ぎながら、同時に素早い動きも封じたい。
そう思ったら、さっきのイメージが浮かんだ。
あとは、魔力を集中させてマナをチャージし、イメージを思い描きながら詠唱するだけ。
先程の感覚を忘れない様にしないと…と考えていると、
「まぁ、破り方はあるよ…こんな風に、ね!」
「きゃあっ!?」
瞬間的に魔力を全身に漲らせて、爆発したような現象が起きると同時に、私のゼリー・バリアの拘束が解かれ、あっという間に組み伏せられてしまった。
油断してしまった私は、素直に負けを認める。
「流石ですね…参りました、私の負けです」
「今回は僕の勝ちだね…でも、いい勝負だったよ」
「私の新技を破っておいて、どの口がそれを言いますか?」
悔しさから、ついそんな憎まれ口を叩いてしまうが、それを気にしない彼女は快活に笑った。
「アハハハ!!…まぁ、メルちゃんの魔力の練りが足りなかったから、強度自体は大したものじゃなかったからね。これからも精進したまえよ」
得意げにそう言いながら、私の拘束を解除する。
「次は勝って見せますからね!」
「上等、また戦おうよ」
私達はグッと握手を交わして、戦いは終了した。
「メルちゃん、マナ切れでしょ?まだ早いけど、終わりにしよっか」
「そうですね…私はもう戦えません。あと、お風呂に入りたいです」
お互い全力だったから、汗びっしょりになっている。
こんな姿、とてもソウマ様に見せられません…。
「そうだね、僕も一汗流したいな。背中の流しっことかしようよ」
「えぇ?恥ずかしいですよ、そんな…」
「いいじゃんか、女の子同士なんだし!」
私の背中をバシバシと叩くルーナちゃん。
やはり一人称が僕というだけあって、男勝りな部分が目立ちます。
「ところで…さっきから見てるそこの君は、一体誰なんだい?」
「え?」
不意にルーナちゃんが教会の屋根の方に向かって声を掛けるので、何事かと驚いた直後、教会の入り口の前辺りに、スタッと着地する人が一人。
「あちゃあ、ばれちゃったか…」
声からして、私たちとそう歳の変わらない女性の様だった。
その声からは、悪意や敵意を感じない。
「敵じゃないっていうなら、まずは自己紹介をお願いしてもいいかな?」
ルーナちゃんが強気にも、そんなことを言いました。
突然現れた乱入者を警戒し、私を後ろに下がらせます。
その乱入者さんは申し訳なさそうに苦笑し、そのフードを外した。
夜の闇の様に美しい、長い黒髪がはらりとその華奢な肩にかかる。
丁寧に深いお辞儀をして、彼女は名乗った。
「初めまして、私は天城凛と言います。夜の女神ニュクスの後を継ぎ、鎹さんをこの世界に送り込んだ者です…ひとまず、私もお風呂にご一緒してもいいですか?」
どうやら、とんでもない人が現れた様だった。
女神ニュクス様と言えば、夜の女神として伝わっている。
神々の祖であると言われている原初の神・カオス様の娘。
そんな女神様の跡継ぎを自称する目の前の女性は、一見すると私達と同じくらいの歳の女性にしか見えなかった。
というか、彼女は今すごい事を言わなかったでしょうか?
鎹さんをこの世界をこの世界に送った、と。
「女神様っていうのは、思ったよりも普通の人なんだね…驚いたよ」
ルーナちゃんが驚きのあまり、ちょっと仰け反っている。
私も顔が強張っていると思います。
そんな私たちの様子を見て、誤解を招いたと思ったのか、自称ニュクス様の跡継ぎさんは慌てた様に言った。
「ご、誤解しないでくださいね?私は元・人間ですから!神様の世界にも色々あるんですってば!!」
「…そ、そうなんだ」
この女の人が元・人間の女神様の跡継ぎとか、今はどうでもよかった。
私が聞かなければならない事はただ一つ。
焦燥のままに、私は胸の内に抱えた疑問をそのまま吐き出した。
「あなたはソウマ様と、どのようなご関係なんでしょうか?」
声に出してみて気付いたが、私は結構低い声を出していた。
「気になるところはそこなの、メルちゃん!?」
リンさんは人差し指をプニッと頬に触れさせ、何か考えてそうで何も考えてないような声音で、軽く返してきた。
「んー…答えてもいいですけど、それはお風呂で話しませんか?」
と、答えると同時に指をパチンと鳴らす。
その直後、闇色のオーラが私たちの足元から噴き出し、3人全員を包み込んだ。
「な、何!?」
「ひゃああ!?」
「大丈夫、すぐに着きますよ」
周囲が暗黒に包まれてから数十秒後、その暗闇が晴れた。
「はい、到着!久しぶりの銭湯!!楽しみですね!!」
お風呂に入るのにこんなに目をキラキラさせている、夜の女神様の後継ぎさん。
この人は間違いなく本物でした。
そうして状況に流されるまま、気が付けば私たちは湯船に浸かっていた。
「んー、やっぱりメルちゃん、僕より大きいね…触ってもいいかな?」
「もう触ってるじゃないですか!?」
そんな事を言うルーナちゃんは、その鍛えられたしなやかな身体を隠そうともせず、一心不乱に私の胸を揉みしだいていた。
くすぐったいような感覚に、私は背中を仰け反らせ、声が出そうになるのを押し殺す為に下唇を噛んだ。
こんなことをしている場合ではないのに!
あの人とソウマ様の関係を探らないと!!
「そんなに必死になるってことは…ははぁ、鎹さん、やるぅ」
「そういう君は、ソウマの事をどう思ってるのかな?」
息を荒くする私の代わりに、私の胸からお腹に手をスライドさせたルーナちゃんが、そのまま私を抱きながらリンさんに問いかけた。
リンさんはまたも、んー、と可愛らしく首を傾げ、彼女の長い黒髪がはらりと肩にかかり、今の彼女自身みたいにそのまま湯船にぷかぷかと浮かぶ。
「印象としては、なんだか放っておけない人?…それで私も天界から下界まで降りてきちゃったわけですし」
たははと笑うリンさん。
その様子を見て、悪意はないと判断したのか、それともちょっと呆れたのか、ルーナちゃんはため息を吐いた。
「なるほど。だってさ、メルちゃん」
「…そうですか」
ひとまず彼女は敵でなさそうだと判断した…色んな意味で。
「まぁ、前に会った時と髪の色違うし、私って気付くか分からないけどね…」
ボソボソと何かを呟いているが、ちょっと聞き取れなかったから今は置いておくことにして…何か目的があってここに来たのは間違いないと思う。
「ソウマ様に会いに来た、という事ですよね?一体何の目的で?」
「それについてはハッキリ答えられますね…ズバリ、彼を鍛えに。」
ソウマ様を鍛えに?
「ちょっと休みが取れそうだったから、有給使って、彼に戦闘について教えられることを教えようと思ったんです。ちょっと理由があって、私、彼に死んでほしくないから」
「…」
私もルーナちゃんも、その言葉には無言で返した。
その言葉は先程とは違って、茶化したりするような声色ではなかったから。
「その言葉に、嘘偽りはないですか?」
「ありません、大丈夫ですよ。その点は、アルメリアさんとも利害が一致してると思いますから」
利害、ですか。
「…いいでしょう、分かりました。この後、ソウマ様のところへ案内します」
「いいんですか?」
意外そうな表情を浮かべられるのは少し心外だった。
「はい。彼に生きていて欲しいのは私も一緒ですから」
「…いいの?」
ルーナちゃんが耳元へ口を寄せ、ヒソヒソと確認する。
「いいんですよ。少なくとも敵ではなさそうですから」
私も大きく溜め息を吐き、水面に映る自分と目が合う。
なんて複雑そうな表情をしているのか、私は。
こんなことでは、とても聖女という肩書は名乗れない。
この気持ちは、その肩書からはとても遠いものだから。
どうも、夜光猫です。
遅くなりました。やはり女の子の気持ちを書くのは苦手です。。。
次回、あまり空かない様に頑張ります。




