第11話「ファースト・クエスト②」
呪文詠唱難しすぎでは…。
しかし、みんなで戦うとは言ったものの、その一方でこれは自分の修行も兼ねている。
もちろんゴブリン相手だと侮るようなことはしないが、いきなりギンジロウを前に立たせるわけにもいかないだろう。
だから、まずは誰かが矢面に立つ必要があると思う。
…というのは建前だ。
本音を言えば、一人で思いっきり暴れながら、自分の中に幾つかある新しいアイデアを試してみたい。
みんなをどうやって説得しようかな…と考えを巡らせるも、俺にはそこまでの頭は無かったみたいなので、結論として、俺はちょっと強引に、
「まずは俺が前に出て暴れてくるから、援護よろしく!」
と、そう言って駆け出す事だった。
「あ、ちょっと!!」
ルーナが俺を引き留めようと手を伸ばすも、俺はそれを無視する。
正直、ただのトレーニングじゃ自分の為にならないと思っていたところだ。
強くなるために、もっと自分を追い込みたい。
あの時のような悔しさを味わうのは、もうごめんだから。
さぁ、戦闘開始だ。
僕はソウマが走り出していくのを止めようとしたが止められず、彼も構わずに駆けていってしまった。
正直驚いている。まさか彼がこんな無茶をするタイプの人間だったとは…。
「あぁ、もう!」
僕も彼に続いて走りだろうとするも、師匠が僕の手を強く掴む。
「まぁ待つんじゃ。こっちにもゴブリンが何匹か向かってきておる。儂らはそれを迎え撃つぞい」
師匠は僕とは対照的に、やけに落ち着いた口調でそんな提案をする。
「でも、ゴブリンの群れ相手にソロで挑むのは…」
「奴には何か考えがあるんじゃろう。儂がビビったのは、ゴブリンの群れが40匹はいるという事実を知った時の…あるいはさっき駆け出す直前の、奴の表情じゃ」
「表情、ですか?」
メルちゃんが杖を構えて周囲を警戒しながら、師匠に尋ねる。
師匠は右手で自らの頭をガシガシとかき乱し、呆れたように溜め息を吐きながら答える。
その口元は、少々口角が上がっていた。
師匠の苦笑いなんて珍しいな、なんて、そんな呑気な事を思った。
「奴は笑っておったよ、楽しそうに」
「冒険者になりたてで、レベル1なのに?」
いくつもの気配がすぐ近くまで近づいてくるのを感じて、僕はクローを装備して構える。
師匠も僕と同じように、戦闘の構えを取る。
「そうじゃな、やっぱ変な奴じゃよ、あいつ…おっと、敵が来るぞい」
数秒前まで一人で戦わないという話をしておきながら、それを秒で無視したレベル1の気配が離れていくのを感じながら、一番前にいるゴブリンの気配に向かって駆け出した。
走りながら両の拳に心気を纏って、自身の身体に流れる魔力を両拳へ集中し、その魔力で雷のマナをチャージしながら小声で詠唱を始める。
「雷よ/その形、彼奴らを捉える網となり/我を導く路となり/縛めを以て裁き在れ」
この呪文は5節なので、一度4節目で区切り、発動のタイミングを調整する。
手元にチャージしたままのマナが雷に変化してバチバチと火花を散らすのも構わず、僕は真正面の木を垂直に駆け上って一気に天辺まで到達すると、そこから飛び降りて重力に従う。
高所から急速に落下する感覚を味わい、両拳を合わせて、肘を伸ばして構え、自らの身体をまるで独楽のように頭から回転させる。
そして、5節目を唱えた。
「—――――かの鬼めらに罰を与えん!!」
合わせた両拳が地面に叩き付けられる瞬間、5節目を唱えると共にチャージしたマナを解放する。
叩き付けられた拳から正面に向かってクモの巣のような形をした稲妻が広がり、固まって前進していた7匹ほどのゴブリンを全て捉えた。
足元に広がった稲妻は触れたゴブリンを立ったままビクビクと痙攣させ、こちらへ接近することを許さない。
ここまでは束縛魔法の中でもポピュラーなものの1つ、スパイダーネットという魔法を雷属性で使用し、動きを封じたに過ぎない。雷属性の適性があれば、一介の魔法使いにも出来る技だ。
師匠は後ろでメルを守りながら辺りを警戒している。
どうやら、この場は任せてくれるようだった…その信頼に応えるように、僕はこの改良魔法の新たな詠唱を先程よりも早口で行う。
「我が両の脚、雷光となりて/その導きを以て/我が路を辿る」
3節を唱えると、自身の魔力が稲妻となって両脚に纏わる。
雷属性改良魔法、サンダー・サーキット。
自分が今いるスパイダーネットの端にその脚を乗せると、脚を動かさないままグンッと身体に負荷が掛かる。
足元のスパイダーネットのラインを光速で辿る、雷属性移動魔法。
それがサンダーサーキットの効果だ。
光の速さで移動しながら、拳に纏った心気を爆発させるイメージで、腕の筋力も心気でブーストしながら、7匹のゴブリンそれぞれに一撃ずつを見舞う。
僕がゴブリンたちの後ろ…サーキットの端まで辿り着いた瞬間、7匹のゴブリンたちがバラバラの方向へ吹き飛んでいくのを感じた。
集中していたからか、メルちゃんのハッとする息遣いが聞こえた。
彼女から見たら一瞬でゴブリンたちの背後を取ったように見えるだろう。初めて見たらびっくりするのも無理はないかもしれない。
後ろを振り向いて彼女の驚く顔が見たいなぁという考えが頭をよぎると、師匠がメルちゃんに説明している。
「あれが我が馬鹿弟子、ルーナの戦闘方法じゃ。白兎跳躍流と奴自身は読んでおるがのう。要はぴょんぴょん跳び回ったりさっきみたいに光速で移動したりして敵を倒す戦い方じゃ」
メルちゃんは両手を口元に当てていた。本当に驚いているのが分かる。
ていうか師匠、説明適当過ぎるでしょ…まぁ大体合ってるからいいんだけど。
杖を右手に持ったまま、こちらに駆け寄ってくる。
彼女の瞳は、何やらキラキラしていた。
「ルーナちゃん、すごい!速い!カッコいい!」
メルちゃんは勢い余ってか、僕に向かって飛びつき、ハグする形になる。
あまりにいい匂いがしたから、一瞬ここがフィールドであることを忘れてしまったくらいだ。
「メルちゃんってば、子どもみたいな感想だなぁ」
何か、早い!安い!美味い!みたいな言い方がちょっと面白い。牛丼かよ。
僕は彼女の背中をポンポン叩いて離れるように促し、再び辺りを警戒する。
ひとまずは僕がまとめて7匹を倒したが、まだ30匹以上のゴブリンがこの辺をうろついている。
というか、今派手に雷属性の魔法を使ってしまったからか、他のゴブリンやそれ以外の魔物の気配も近寄ってきているのが分かった。
数えるのも面倒になるくらい、結構な数の気配が接近してくる。
僕は新しい友人に早口でにそう伝え、戦う為に構えを取る。
「ありがとう、でもまだ来るよ。背中は任せた」
「は、はい!頑張ります!」
「これは、儂の出る幕はないかもしれんのう、ホッホッホ」
蓄えた髭を撫でながら呑気な事を言っているが、師匠は警戒は解いていない。
「サボってないでアンタも戦え、バカ師匠」
「師匠に向かってバカって言ったよ、この弟子。これが終わったら覚えとれよ?」
「いつもいつも馬鹿弟子扱いしてる師匠がどの口で言うか!」
いつも通りの軽口の応酬を、少し離れた位置にいるメルちゃんが諫めた。
「もう!!二人とも、来ますよ!」
彼女は、瞳に僅かな恐怖の色を浮かべながら、気丈に杖を構えた。
仲がいいのか悪いのか分からない師弟を諫めながら、私は杖を構える。
遠くにいるゴブリンの弓兵から飛んでくる矢を、結界で防いだ。
私の杖は短めの、片手で持てるタイプのものだ。近距離戦には向かない。
でも、いざとなれば近距離で戦う方法はある…やりたくはないけど、こういう時に試しておかなければ、どのような結果を呼ぶか分からない技が、一つだけ。
矢を防ぐのに気が向いていた私は、今更ながら背後にやってきていた魔物の気配に気づいて、咄嗟に反転し、杖でその爪を受けた。
名前は知らないが、狼の魔物の爪がギリギリと私の杖と擦れ合い、金属同士が擦れる不快な音を出す。
その音に顔をしかめつつも、私は無駄な力を抜いてその爪を受け流した。
すれ違い様に、マナをチャージした杖の先端で狼の首を撫で、詠唱。
「その壁は不可視の障壁/その壁は魔を払う刃」
チャージされた透明のマナが杖の先端に集まる。
私は詠唱を続ける。
「あぁ、主よ/卑しくも穢れ無き我が身に/神聖なる御身のご加護を与え給え」
詠唱している間は結界魔法を使うことが出来なくなる為、私は周囲の気配を感じながら、ルーナちゃんの様にステップで攻撃を躱し続ける。
私はソウマ様の様に広範囲には感じられない為、魔物への恐れを抱きながらも、猶更集中を切らしてはいけないと必死に自分に言い聞かせる。
そんな中でも、私の詠唱は終わらない。
「そのご加護、闇を通さぬ壁となり/闇とを別つ一閃とならん」
私は攻撃を躱しながら、すれ違う魔物たちの身体を杖の先で撫でる。
ステップ回避では間に合わない攻撃は最低限の力で捌き、避け続ける。
「蔓延り流離う闇の者/死に行くその身に遺言無し」
私は一匹も倒さず、ただただ敵の攻撃をいなし、同様に杖で線を引いていく。
ルーナちゃんの動きを見様見真似でトレースしているだけだが、どこかダンスを踊っているような気分になる。まだまだ不格好だろうけれど、今後もっと良い動きが出来れば、後衛としてただ守られるだけの存在ではなくなるだろうと思う。
少なくとも、攻撃を避けると言う事がどういうことか、その入り口には立てた気がした。
「然れども与え奉る/現世に別るるひと時を」
9節もの詠唱を行うも、まだこの呪文は終わらない。
「降り注ぎし赤き雨、我が身を穢す/あぁ、主よ」
私は今、敵に囲まれている。この状況では、もう全てを避けることも、防ぐことも出来ない。
私はそんな状況の中、自分が信仰しているあの人への祈りを捧げた。
「我が君想いてこの身を焦がす、我を許し給え」
呪文の詠唱が終わる。
この魔法で死に至る魔物達への謝罪と、使わざるを得なかった自分の弱さで胸を痛めながら、私は杖にチャージされている、煌々と輝くマナを開放した。
私を囲み、飛びかかる魔物は10匹以上。
そして、仲間と連携して私に錆付いたナイフを突き立てようとしていたゴブリン5匹。
恐らく20を超える数の命が全て弾けて、私の周りに血の雨が降った。
同時に、間近に感じていた気配が無くなるのを感じた。
この魔法は結界魔法を攻撃へ転じるべく、自分の中のイメージを固めた結果生まれた、私の醜さを象徴するかのような魔法だ。
12節もの長い呪文だが、この魔法は文字通りの必殺技である。
呪文を詠唱しながら杖にチャージされたマナで敵の身体に線を引き、その呪文の詠唱が完了するとともにマナを開放することで、その引いた線にマナが流れ込み、その位置に薄膜のような薄い結界を身体の深いところまで張る魔法だ。
その結界が張られることで相手の身体が裂け、血の雨を降らす。
その結界は薄い為、溢れてくる血液を通してしまうが…私が解除するか、私自身か相手が死ぬかしない限り結界は解けない。
だからその部分は、治療のできない裂け目となり、致命傷となる。
私は今この時より、この魔法を断罪魔法と呼ぶことにした。
断罪魔法、インビジブル・ドミネイション。
この魔法は禁呪扱いにして、もしもの時以外は封印しよう…。
考えたのは私だが、まさかここまで殺傷力の高い魔法になるとは思わなかった。
正直、かなり怖い…というか、気持ち悪い。
「うっ…ゲホッ」
私は、手に一切の死の感覚が残らない事、身体に纏わりつく命の冷たさと、暖かさ。
何より自らの手で、意思で、命を奪ったという事実に、私はとても恐ろしくなって、気が付けば自分の胃の中のものをドバドバと吐き出していた。
私の全身は血で汚れ、顔は汗と涙にぐしゃぐしゃになり、口の中は吐瀉物の酸っぱい味に満ちている。
地面に伏して吐いている私を、ギンジロウさんが守ってくれている。
私はまだ、覚悟が足りなかったのかもしれない。
今日、私は悔しさと悲しさに支配されながら、「戦う」という事を知った。
申し訳ございません、ソウマ様。私は、やっぱり足手纏いみたいです…。
意識を失う前、私は最後に、今はもう信じていない神へ、彼の無事を祈った。
死の味は、吐瀉物の味がした。
どうも、夜光猫です。
ようやく書けました、11話です。いかがだったでしょうか?
魔法を使う際の呪文の詠唱、どうしよう…という悩みにぶち当たった私は、和歌や古典文学、和訳された聖書等を調べながら、ああでもないこうでもないと頭を捻りながら書きました。格好悪かったらごめんなさい。精一杯やったので許してください。土下座も靴舐めもしますからマジで。
さて、ルーナの本気の戦闘シーンを描いてみました。彼女の魔法、サンダー・サーキットはこの作品のプロットを書いて以来、ずっと頭の中にイメージはありました…イメージはね。
こんな技あったらカッコいいなーっていうのばかり考えていた自分が愚かだった…まさか技名すら考えていなかったなんて!!
まぁ、魔法の名前自体は安直でいいかなと、そう割り切ることの出来た切っ掛けになりましたね。
ただ、魔法の呪文はリスト化しておこうかな…絶対覚えられん。
ルーナはまだまだ全てを出し切っていませんので、今後も彼女の本気にご期待ください。
しかし、まだ20話も超えていないのに禁術と呼んで差し支えない魔法が出るとは…この世界は大丈夫なのだろうか?俺は少し怖くなってきたよ…メルみたいに吐いたらどうしよう。
でも、メルは初めての戦闘でこれだけ戦えるのなら、まだまだ強くなりそうですね。もっとも今回出てきた新技を今後も使うかどうかは彼女の心次第ですが。
というか結局今回もソウマの戦闘シーンが無いやんけ!やっべぇ、オラやっちまっただ~!!
次回こそは…次回こそは、ソウマの戦闘シーンであると信じましょう!!
というわけで、今回はこの辺で!
もし読んでくれた方がいれば、その方に最大限の感謝を。




