幸せの形
「では、次の魔族の方々どうぞ~!」
俺の自宅前の広場にクレンの明るい声が響く。
クレンの声を合図に、続々と魔族の人たちが広場に入ってきた。
ちょうど百人。
十人ずつ十列になって整列してもらう。
赤ちゃんを抱いた母親もいれば、腰が曲がったおじいさんもいる。
この広場は、かつて聖剣が刺さっていた場所だ。
俺は、メルと出会ったこの場所が気に入っていたので、魔王討伐後にここに家を建てたのだ。
そんな新築の我が家の軒先にいる俺に向かって、クレンが張り切って声を上げた。
「ジャジャーン! それでは、我が君、勇者アランの登場です!」
登場もなにも、さっきから魔族の皆さんから見える場所に立っているのだが、せっかく紹介されたので右手を振ってみせる。
「魔族の皆さん、初めまして! 勇者アランです」
すると百人の魔族の人たちから万雷の拍手が起こった。
みんな、この時を待ちわびていたのだから当然だ。
お待たせするのは悪いので、早速始めることにする。
「では、これから皆さんにスキルを掛けます。痛みとか衝撃はありませんので、安心してください」
俺はそう言うと、整列する百人に向かって右手をかざした。
「スキル『擬人化』!」
途端に百人の魔族の体が白い光に包まれた。
そして、その光は一瞬で収まる。
「こ、これで私たちは人間になれたのですか?」
目の前にいた若い男性が興奮気味に話し掛けてきた。
「ええ。あなたに流れる魔王の血はなくなりました」
「それでは、魔王の血の呪縛から解放されたのですね! ありがとうございます!」
男性は俺の手を握り締めると涙を流して喜んだ。
他の魔族の人たちも俺に深々とお辞儀したり、手を振って謝意を伝えてくれた。
小さな女の子は、森で摘んだであろう花の束を手渡ししてくれた。
「クレン。午前に予定した分はこれで終わりかな?」
「ええ、そうですよ。我が君はお昼休みにしてください」
「了解」
クレンは人間になった百人の元魔族の人たちを広場の出口へと案内しに行った。
俺は今、魔族の人たちをスキル「擬人化」で人間にする活動をしている。
魔王が魔族を支配できるのは、血の呪縛があるからだ。
あの時、ケイオスが教えてくれたように、魔族は魔王の血を受け入れて力を得る代わりに、死よりも深い恐怖によって支配されていた。
魔王の血が体内に流れていることが、魔族の魔族たる由縁なのだ。
ならば、スキル「擬人化」で魔族を人間にすればどうだろう。
人間になるということは、魔族の体内から魔王の血が消えるということだ。
魔王は、自らの血を受け継がない人たちに影響力を行使することできない。
つまり、魔族全員を人間にしてしまえば、2千年後に親父が復活したとしても、奴には部下になる魔族が1人もいないのだ。
それは、未来の人類たちの脅威が大幅に軽減し、魔族の人たちにとっては望まぬ支配からの脱却を意味する。
スキル「擬人化」によって人間になった最初の魔族はケイオスだった。
そして、次は妹のレイアスちゃん。
2人は今、世界中に散らばった魔族の元を訪ね、魔王の血を捨てて人間になることを説得している。
この活動には、元魔将軍のポチやベルーナらも協力してくれている。
その結果、俺の家には連日、魔族の人たちが人間になるために大挙して押し寄せているのだ。
俺は1度に100人を1日10回ほど、つまり1日に千人ずつを目安に魔族を人間にしている。
家の周囲には、スキル「擬人化」待ちの魔族の人たちのテントが張り巡らされ、それを目当てにした人間の商人たちの露店も立ち並んでいる。
おかげでちょっとした村が出現した感じで、家の周囲はいつもにぎやかだ。
そして、俺はこのにぎやかさが気に入っている。
この笑い声やおしゃべりの声こそが、魔族と人間が争うことなく、共存できている証なのだから。
「結局、スキル『擬人化』に最後まで助けられたな」
スキル「擬人化」を発動できる右手を改めて見つめる。
魔王との最終決戦でスキル「擬人化」を自分自身に掛けたことによって、俺が後天的に身につけたスキルは全て失われた。
しかし、生まれた時にから天に授かっていたスキル「擬人化」だけはなくならなかった。
このスキルがあったからこそ、俺は魔王の贄という宿命から逃し、今は魔族を解放できている。
何より、魔王戦後に再びメルたちに出会えたのもこのスキルのおかげだ。
魔王を打ち倒した後、最高最強の聖剣と盾、鎧、マントにスキル「擬人化」を掛けて、メルたちを再び人間に戻した様子を思い出しながら、ふと思い付いた。
「あっ、親父も擬人化すればよかったな……」
魔王が普通の人間になるのであれば、世界の平和は約束されたようなものだ。
なによりも、魔王自身がそれを望んでいるようにも思える。
「うん。悪くないな」
俺は、自分のアイデアに満足して、深く首肯する。
そんな俺の背に、温かい声が降り掛かった。
「お疲れ様でした。疲れたでしょ」
「いや、大丈夫だ。メルこそ疲れていないか?」
振り返ると、緩やかな白色のローブを身にまとったメルがいた。
メルは屋内からゆっくりと広場まで歩いてきた。
刀身を思わせる銀色の長い髪、澄み渡った翡翠色の瞳、白磁のような肌、スラリとした長い四肢……。
メルの全てが、いつも通りに美しかった。
そして、その両腕には1人の女の子の赤ちゃんが抱かれていて、すやすやと眠っている。
「キスカは、さっき眠ったばかりだよ」
「そうか。しかし、何度、見てもかわいい寝顔だな」
俺はキスカの寝顔を間近で見たくて、メルのそばに歩み寄る。
キスカの目元はメルに、口元は伝説の勇者に、そして鼻筋は不死身の魔王に似ている。
まあ、俺とメルの間に生まれた赤ちゃんだから、似ていて当然なのだが。
俺は、親父を倒した後、メルに結婚を申し込んだ。
メルがはにかんだ笑顔で、俺の差し出してた右手を握り返してくれた。
その瞬間の喜びを俺は生涯、忘れないだろう。
大聖堂でヒルダさん立ち会いの結婚式をした後、メルは俺のことをようやく名前で呼んでくれるようになった。
そして、新婚の俺たちの新居がここという訳だ。
まあ、新婚の新居といっても、家族3人で水入らずって訳にはいってない。
「なんだ、キスカっちは寝たのか。それでは余と遊べないじゃないか。つまらんな」
キョウが口を尖らせて広場に出てきた。
「キスカがねむねむとモグモグの時は、そっとしておく約束じゃん。でも、起きたらまた遊ぶっしょ」
ライナも広場まで歩いてきて、嬉しそうにキスカを見つめた。
「もうっ、お二人ともキスカちゃんをかまい過ぎですわ。だから、疲れて眠っているんですよ」
広場の出口から戻ってきたクレンが、少し頬を膨らませて2人に小言を言った。
そして、キスカの寝顔を見ると、クレンは嬉しそうに口角を上げた。
「ああ、なんてかわいいんでしょうか。早く乙女になって、クレンさんと秘め事トークをしましょうね」
「おい、こら、それは揺るさんぞ」
俺のツッコミに、その場にいる全員が笑った。
メルが心から幸せそうな笑みを俺に向けた。
「あのね、メルはアランとみんなと、そしてキスカに出会えて本当に幸せだよ」
「俺もだよ、メル」
メルの肩を抱き寄せ、俺はこの幸せが永遠に続くことを願う。
2千年後に魔王が、親父が復活したとしても大丈夫だ。
キスカの子どもたちがきっと、今度こそ親父を救ってくれるだろう。
この世界の永遠の平和を、未来の人類に託そう。
俺は、みんながキスカの寝顔に見とれているうちに、メルとそっと口づけを交わした。




