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産まれた理由

 クレンとキョウ、ライナを隣の陣幕から呼び寄せ、これまでの経過を話した。

 そして、これからの使命について説明する。


 母さんが作り出した「押しかけ鞄」を使って、魔王の所へ行く。

 そして、連合軍と魔王軍の戦闘が始まる明日の夜明け1時間後までに魔王を倒す。

 魔王を倒せば、血を血で洗う戦争は避けられる。


 これらを丁寧に説明した後、俺はメルを含む女の子4人に同行を求めた。

 すると、4人ともあっさりと同意してくれた。


「メルは聖剣だし、いつでもご主人様の隣にいないとね」

「我が君のイクところ、お供しない訳がありませんわ」

いくさで大量の死人が出ると冥府が迷惑だしな」

「まあ、楽勝そうだし、いいっしょ!」


「みんな、ありがとう」

 俺は感謝の気持ちを込めて頭を下げた。

 1人だけ「行く」のイントネーションが変だったが気にしないことにした。


「アランを頼みます」

 母さんはメルたち4人の手を取って、武運を祈った。

 その際、「幸運のお守りよ」と言って1人ずつの頬に口づけをした。


「さあ、アラン。次はあなたの番よ」

 母さんは俺の方を向いた。

「いや、キスとかしなくていいよ」


 俺はもう19歳だ。

 母親にキスされている姿など、恥ずかしくてメルたちには見せられない。


「あら? キスなんてしないわよ」

「しないんかい!」


「ただ、アランには覚えておいてほしいの」

 母さんはひどく真剣な顔で俺を見た。

「何?」


「アランは世間様から神の子などと褒めそやされていますが、それは違います。アランはお母さんの子です」

「ん? そんなこと分かってるよ」


 母さんは俺の手を握り締めた。

「アラン。いいわね、お母さんの子として、人の子として必ず戻ってきなさい」

「分かってるよ」

 俺は大きく頷いて見せた。


 まったく、素直に生きて帰ってこいって言えばいいものを。

 えらく遠回しに伝えたな。

 母さんなりの照れ隠しかな。


 魔王との戦闘に備えて装備を調えた俺たちは、アイテム「押しかけ鞄」の前に並び手をつないだ。

「鞄よ、魔王の元へ連れて行ってくれ」

 すると、返事をするかのように鞄が白く光った。

 

 見ると、鞄の中には青いうずが生じていた。

 どうやら、あれが空間と空間をつなげるゲートのようだ。


「よし、行くぞ!」

 俺たちは一斉に鞄の中を目がけて飛び込んだ。


 ――すっぽん。


 鞄の口が大きく膨らむと、俺たち5人を飲み込むように覆い尽くした。



   ◎◎◎◎◎



 ――すっぽん。


 渦を抜けた俺たちは間抜けな音とともに、黒い大理石の床に投げ出された。

 広大といっていい広間だった。 


 天井には魔法の光が灯るシャンデリアがいくつもぶら下がり、周囲を照らしている。

 周囲は黒に統一された空間だった。

 大理石の円柱が整然と並び、その一つ一つに魔物のグロテスクな彫刻がほどこしてある。


「ここが玉座の間か?」


 ならば、広間の奥には魔王がいるはずだ。

 俺は視線を奥に向けた。


 20メートルほど奥には漆黒の玉座があった。

 そこには1人の男が座っていた。


 黒い長髪。

 ろう人形のような白い肌。

 遠くから見ても分かる黒く大きな瞳は、射るような眼光を放っている。


 兜はかぶっていないものの、男は魔族特有の黒い鎧を身につけていた。

 そして、赤ワインが入ったグラスに薄い唇をつけていた。 

 

「お、お前が……魔王なのか?」

 俺は男の顔を見て戦慄した。

 体中から汗が噴き出してくる。


「そうだ。私が魔王だ」

 野太く猛々しい声が玉座の間に響いた。

 

 男はグラスを脇に置くと、ゆっくりと立ち上がった。

 その仕草だけで、周囲には禍々しい障気が大量に発生した。

 障気の質と量が、この男は間違いなく魔王だと告げていた。 


「ようやく来たな。アラン」

 魔王は俺を見て、小気味よく口の端を上げた。


 全身が震えだしたのが分かった。

 恐怖に臆したのではない。

 

 魔王の顔も声も俺は以前から知っていたからだ。

 そう、この男は……。


「父さん!」 

 4年前に生き別れた父が目の前にいた。


 俺の隣にいるメルたちが「えっ!?」と驚きの声を上げる。

「魔王はご主人様のお父さんなの?」

 メルが俺の左腕を不安げに引っ張った。

「どうやら、そのようだ……」


 父さんは、俺が15歳の時に母さんと俺の前から突然に姿を消した。

 この時期は、魔王が復活して魔王軍を組織した時期と確かに重なっている。 

 あれから4年……。

 俺は勇者となって、再び父さんの前に立っている。


「久しぶりだなアラン。4年ぶりか? 無事に成長して嬉しいぞ」

 父さんは無警戒に俺たちに歩み寄ろうとした。


「動くな!」

 俺は抜刀して、父さんに、いや魔王に刃の切っ先を向けた。


 魔王の動きがピタリと止まる。

 ただ、俺が突き付けた刃の切っ先は僅かに震えている。

 震えを抑えられない。


「父親に刃を向けるなど、親不孝にもほどがあるぞアラン」

 魔王はニヤリと笑って見せた。


「我が君、どうするんですか? 戦うんですか?」

 右隣にいるクレンが声を上げた。

「どうすんだよアラン!」

「ドラゴンに変化した方がいいの?」

 後ろに控えるキョウとライナも戸惑っている。


「……少し話をさせてくれ」

 俺はメルたちにそう告げると、刃を向けたまま魔王に話し掛けた。

「父さん……なぜ魔王になった?」


「愚問だな。そういう浅はかな問い掛けは、知性のなさを表すから止めろと教えたはずだぞ」

 父さん、いや魔王はフッとため息をついた。


 その仕草は、幼い頃の俺を叱りつけた後のそれと全く同じだった。

 俺は、胸はギュウと握りつぶされたような感覚を覚える。


「魔王になったのではない。元から魔王なのだ。2千年前からな」

 父さんはそうはっきりと話した。

 

 元から?

 2千年前?

 母さんと同じように、魔王も20年前に封印から復活していた?

 そうだとしても、なぜ魔王が勇者と結婚して、俺の親になった?

 なぜだ?

 

「混乱しているな。よかろう。話してやる」

 魔王はゆっくりと口を開いた。


「勇者だった母さんと一緒に封印されていた2千年間で、私の魔王としての力は大幅に低下した」

「低下?」


「神々の加護の力を宿した勇者と共にいたことで、魔の力がそがれた。それでも復活して20年間は維持できた。だが、この体は間もなく朽ちてしまうだろう」

「それが、母さんと結婚したことにどう結び付くんだ?」

「私には新しい体が必要だった。神々の聖なる力にも負けない体が」

 

 魔王は俺の顔を食い入るように見つめた。

「それがお前だアラン」

 薄い唇が真っ赤な舌で舐められる。

「アランよ。神々の加護と呪われし魔王の血肉を受け継ぐ者よ。お前の体を父にくれ」

 

 戦斧で頭をたたき割られたような衝撃を受けた。

 新しい体が目的?

 そのために勇者と結婚して子を成した?


 魔王は再び俺に向かって歩を進め始めた。

「お前は私にとって最高のアイテムだ」


 あまりの恐ろしさに動けない。 

 切っ先の震えが大きくなって、止まらない。


「アラン。お前は魔王の魂を入れるアイテム『魔王のうつわ』なのだ」

 魔王の口が大きく裂けた。

 そこには、まるで地獄の底のような暗黒が広がっていた。

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