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スキル「アイテム化」

 俺は、母さんの子であることを誇りに思った。

 伝説の勇者が俺の母である事実に胸が高鳴る。

 だから、母さんの温もりを感じながらこう言った。


「一緒に魔王軍と戦おう!」

「それは無理っ!」


 母さんは途端に俺を放した。

 温もりがあっと言う間になくなる。


「な、なんでだよ! 2千年前の勇者と現在の勇者が力を合わせれば無敵だろ!」

 しかも、親子そろって勇者で共闘って激熱じゃないか!


「さっきも言ったけど、お母さんは弱いのよ。普通の人間なの」

 あー、そう言えばそうだったな。

 戦闘力5の母さんを戦場に立たせたら、間違いなく瞬殺されてしまう。

 

「うん? でも、スキル『アイテム化』を使えばいいじゃないか」

 戦闘力を高い人たちをアイテムにして使えば、母さんの戦闘力はその分だけ高くなるはずだ。

「母さんは、まだスキル『アイテム化』を使えるんだろ?」


「使えるわ。でも……」

 母さんは首を振った。

「もうそういう戦い方はしないって決めたの。だって、アイテムにする相手に悪いじゃない」


「……そうだね。ごめん」

 さっきまでスキル「アイテム化」を駆使して勇者になった母さんを否定したくせに、いざ自分の問題を解決することになると都合よくスキルを利用しようとした自分が恥ずかしい。


 申し訳なくて肩を落とす俺に向かって、母さんは優しくほほ笑んだ。

「いいのよ。それに、魔王の野郎をぶっ飛ばすのは、もうアランにしかできないの」

「どういう意味?」


「2千年前に勇者だった時に感じていた神々の加護の力は、今はもうお母さんの中にはありません。アランの中にあります」

「俺の中?」

 急に神々の加護とか言われて戸惑う。 


「そうです。お母さんの勇者としての特性は、アランに引き継がれています。その血と肉になってね」

「神々の加護か……」

 俺がスキルを88個も得られたり、異様なほど戦闘力が高くなったのは、その加護のおかげなのだろうか。


「本当はお母さんが魔王をぶっ飛ばしたいけど、その役目はあなたに託します」

 母さんは俺の肩に手を置いた。

 

 その顔はとても凜々しくて、瞳は澄んでいた。

 ああ、この人は確かに勇者だったのだと納得させられる魅力があった。


「分かった。俺が必ず魔王を倒すよ」

 俺は決意表明として、大きく自分の胸を叩いた。


「メルたちもいるし余裕さ! なあ、メル!」

 隣にいるメルに顔を向けると、その小さな顔が少し右にかたむいた。

「でも、どうやって魔王のところまで行くの? 魔族の人たちをたーくさん倒さないとお城まで行けないよ?」

「そ、そうだったな……まずは明日の会戦で勝利しないとな」

 

 魔王軍20万人の存在を忘れていた。

 あいつらをどうにかしないと、魔王のところまでたどり着けない。

 スキル「飛翔」でぶっ飛んで行くとしても、必ずその姿が見つかり攻撃されるだろう。

 魔王城に乗り込むのは、明日の早朝に始まる大決戦に勝利した後だ。

 やはり、相当の犠牲を覚悟しなければならない……。


 すると、母さんが明るく声を上げた。

「あら? そんな大ごとをしなくても、簡単に魔王のそばまで行けるわよ」

「えっ? どうやって?」

 

 驚く俺をよそに、母さんは陣幕の中央に残された物体を指さした。

 それは、クレンが魔法で作り出した黒いかばんだった。


「そうか! 魔法のアイテム『お取り寄せバッグ』を使って魔王をここに引きずり出せばいいんだ! さっきの母さんのように!」

「あら、あら。さすがにそう上手くはいかないわよ」

 喜ぶ俺に向かって母さんが人さし指を立てて左右に振った。


「お母さん、さっきこの鞄から『禁忌の魔道書』ちゃんに引きずり出された時、夕ご飯の支度の途中だったのよ」

 母さんは黒い鞄を手に取る。

「台所にいたらいきなり目の前にうずが現れて、そこから出てきた白い手に顔面を鷲づかみにされて渦に引き込まれたのよね」

 

 鷲づかみ……なるほどね。

 母さんは、そのこっけいさを伝えようとしているのではない。

 俺はその意図にすぐに気付いた。


「魔王の顔面を鷲づかみできる奴がいるのかってことだね」

「ご名答」


 しかし、母さんは「簡単に魔王のそばまで行ける」と言った。

「何か策があるんだね」 

「ええ。この鞄にスキル『アイテム化』をかけます」


 母さんによると、スキル「アイテム化」の効果対象は生物だけではなく、既存のアイテムにも効くのだという。

 そして、アイテムにスキルをかけて別のアイテムにした場合も、生物をアイテム化した時と同様の効果が得られる。

 つまり、スキルをかける前の特性や能力を引き継ぐ。

 メルが聖剣になっても大地母神の分身としての強さを失わなかったように。


 母さんは、ポッカリと空いた鞄の口を見つめた。

「なんでもこちら側に引き出せる鞄の特性とは、別々の場所にある二つの空間をつなぐこと。その特性は残したまま、力の作用を逆にした新しいアイテムに作り替えるわ」


 そう言うと、母さんは右手を鞄に突っ込んで叫んだ。

「スキル『アイテム化』!」

 途端、母さんの右腕が明るく光った。

 それに合わせて黒い鞄も輝きだす。


まぶしい……」

 目を射るほどの光の強さに、思わず目をつぶる。

 

 すると、

 ――チャララッチャ、チャララッチャ、チャーン!

 というお気楽な音が天から聞こえてきた。

 まぶたの向こう側で光が収まる。


 目を開けると、母さんの手には白い皮の鞄があった。

 どうやら、あれが「お取り寄せ鞄」が変わった新しいアイテムのようだ。


「じゃじゃーん! これは『押しかけ鞄』です!」

『押しかけ鞄?』

 俺とメルの声に、母さんは笑顔で答えた。

「この鞄の中を通れば、会いたい人の所へ押しかけて行くことができます!」 


「おおっ、それってつまり……」

 母さんが力強く頷く。

「魔王がいる魔王城の玉座の間へ瞬間的に移動できるわよ」

「すげー! スキル『アイテム化』すげー!」


 俺の歓声に母さんはにっこりとほほ笑えむ。

「さあ勇者アラン。お待ちかねの最終決戦の時ですよ」

「いよいよか……でも、魔王のそばに秘密兵器的な強力な側近がいたらどうしよう。なんてね……」

 ちょっと臆した気持ちをわざとらしい冗談で吹き飛ばす。


 すると、母さんは「大丈夫よ」と落ち着いた様子で口を開いた。

「この時間なら、きっと1人で晩酌しているわ」

「晩酌? なんでそう思うの?」


「そんな気がするだけよ」

 母さんは少し遠くを見るような目をしてから、また俺の顔を見つめ直した。


「さあ、メルちゃん以外の3人の女の子も呼んできなさい。いいわね、5人で一緒に戦うのよ。そうしないと勝てない相手だから」

 俺は2千年前の勇者の助言に素直に従うことにした。

 なにせ、実際に魔王を倒した母さんが言うのだから間違いはない。

 5人そろって魔王城に押し掛けて、人類の仇敵を打ち倒してやる!

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