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母の告白

「な、なんで母さんが、ここにいるんだ!?」

「そんなこと、お母さんが聞きたいわよ」

 母さんは小首をひねりながら、周囲を見渡した。

 そして、メルたちの存在に気付くと、「あら、やだ、まあ」と言ってほほ笑んだ。


「アランにもとうとう彼女ができたのね。でも、四股はいただけないわよ」

「四股じゃねーし! ていうか、そもそも彼女じゃねーし!」

「あら、そうなの? 残念だわ。みんなかわいいのに」

 母さんは、そう言うとメルたちの顔を交互にまじまじと見つめた。

 

 そして、「あら? あら? あら? あら?」とひどく驚いたような表情を浮かべた。

「4人ともひどく懐かしい顔のような……」

 母さんは腕を組んで「うーん」と考え込んでしまう。


 すると、メルも「この人とどこかで会ったような気がする……」と首を傾けた。

 クレンは「言われてみれば、私もそんな気が……」とおでこに手をやる。

 キョウは「余もこやつの顔に見覚えがあるような……」と眉間にしわを寄せる。

 ライナは「かすかに記憶があるような、ないような」とあごを触った。


 そして、5人は視線を交差させると、『あっ!』と同時に声を上げた。


 まずは母さんが口を開いた。

「聖剣と禁忌の魔道書、それに冥府の竪琴、竜王の逆鱗げきりんじゃないの!」

 

 続いてメルたちが順番に話し出した。

「勇者様だ!」

「そうですわ!」

「勇者だ! 勇者だ!」

「うわ~、なつい!」


 メルたちは一斉に母さんに抱きついた。

「みんな2千年ぶりね! 会えて嬉しいわ!」

 母さんはメルたち1人ずつの頭をなで、ギュと抱き締めた。


 2千年ぶり?

 母さんが勇者?

 理解が追いつかない……。

 説明を求めたい!


 ということで、母さんに群がるみんなを引き離すことから始めた。

「いったん離れようか! 俺だけ置いてけぼりだから! 状況が飲み込めないから!」

 

 俺はキャッキャッと騒ぎながら思い出話に花を咲かせる5人を半ば強引に分断した。

 そして、話しがややこしくなりそうなので、下ネタ娘と狂犬、そしてギャル竜の3人には隣の陣幕に移ってもらった。

 

 この陣幕に残ったのは俺と母さんとメルだけだ。

 さて、これで落ち着いて話しが聞けるぞ。

 

「まずは、母さんに聞く! 母さんが勇者って、どういう意味だ?」

「そのままの意味よ。お母さん、勇者だったの。2千年も前のことだけど」


 母さんはとんでもない告白をしれっと言ってのけた。

 そして、母さんが勇者である以上に驚愕すべき事実が判明した。


「母さんの年齢は2千歳だったのか!」

「失礼ね! 39歳よ! ギリギリ30代よ!」 

 母さんがフライパンを振り上げて猛抗議した。


「えっ、だって2千年前の勇者なら今は2千歳だろ?」

 どうやったら、そんなに長生きできるんだよ。

「2千年も生きている訳がないでしょ。19歳で魔王を倒した後、ずっと封印されていたのよ。で、封印が解けたのが20年前なの」


「封印?」

「魔王を封印した時に、ドジって道連れで一緒に封印されちゃったのよ」

 母さんはペロリと舌を出しておどけて見せた。

  

 なるほど、2千年間の封印が20年前に解けて復活。

 そして、俺を産んで、育てたということか……。

 信じ難いことだが、この説明は案外と腑に落ちた。

 しかし、まだ疑問は残っている。


「どうして、メルたちのことを知ってるんだ?」

「メル? そんな名前の子は知らないわよ?」

「さっきまで再会を喜んで、抱き合っていただろ!」


 俺はメルの両肩に手を置いて、その顔を母さんの方に向けた。

 メルはニコニコの笑顔で「メルで~す」と母さんに手を振った。


 母さんはメルに手を振り返しながら「あなたがメルちゃんね」と頷く。

 しかし、すぐに「あら? でも元々の名前はメルエネラグシュ・ゴーク・アドロエンヌ・エントキア・ルクスエルよね?」とメルに念を押した。


「え~と、それは長いし、本当の名前か自信がなかったの。そしたら、人間になった時に、ご主人様が新しい名前をつけてくれたの」

 メルは「かわいいでしょ!」とにっこりとほほ笑んだ。

 

 すると、母さんは俺の方を呆れた顔で見つめた。

「アラン。あなた、大地母神の名前を勝手に変えたら罰が当たるわよ」

「大地母神?」


「そうよ。メルエネラグシュ・ゴーク・アドロエンヌ・エントキア・ルクスエルが大地母神の真名だって常識でしょ」

「2千年前の常識なんて知らんわ!」


 俺が知っている大地母神の名はエルネだ。

 あっ、でも最初にメルの名前を聞いたときに響きがエルネに似てるなって思ったな。

 

 いや、そんなことよりも!

 もっと驚くことがあるじゃないか!


「メルは大地母神なのか?」

 俺はメルの顔をのぞき込んだ。

 そこには、相変わらずかわいらしい顔がある。

 

 切れ長の目に、大きな瞳。

 銀色の美しい髪に、しなやかな四肢。


 確かに、この美しさは女神様と言っても過言ではないと常々思っていた。

 しかし、神様が聖剣で、俺の仲間?

 この事実はにわかに信じ難い。

 だが、メルが大地母神であるのならば、その圧倒的な美しさ、強さ、慈悲深さの理由になると思えた。


「メルは神様だったのか……」

 俺が嘆息する横で、メルはいつものようにのほほんとした声を上げた。

「え~とね、よく分かんないや。ずーっと昔のことは、よく覚えていないんだよ」


「ずーっと昔のこと?」

「うん。聖剣になる前のこと」 

「聖剣になる前? メルは元々は剣じゃないのか?」

「うん」


「あっ、それはお母さんが説明します」 

 母さんがフライパンを上げて、挙手の代わりにした。


「正確に言うと、メルちゃんは大地母神の分身よ。神様ご本人ではありません」

「でも、分身ってことは、神様と同じ存在ってことだよね」


 母さんは首肯した。

「そうね。メルちゃんは大地母神と同等の存在です」

「大地母神の分身がどうして聖剣になんかになったんだ?」

「そーれーはーねー」

 母さんは思いっきりもったいぶった後に、ハッキリと言った。


「お母さんがスキル『アイテム化』で、メルちゃんを聖剣にしたからです!」


 息子に向かって壮大なドヤ顔を向けたまま、我が母は得意げに話しを続けた。

「お母さんはね。スキル『アイテム化』で神様級の力を持つ人たちを次々とアイテムにして、その力を借りて魔王を倒したのよ!」


「いや待て、今、次々とって言ったよね」

「ええ、強い人たちに出会ったら、土下座して泣いて頼み込んで次々とアイテムにしたわ」


 アイテム……。

 嫌な予感がする。


「例えば、どんなアイテムにした?」

 俺の質問に母さんは意気揚々と答えた。

「例えば『禁忌の魔道書』とか『冥府の竪琴』とか『竜王の逆鱗』とかよ!」

 あー、やっぱりあの3人も元々はアイテムじゃなかったのか。


 母さんによると、暗黒魔法を極めた「禁忌の魔道書」のクレンは、魔法を司る聖光神の双子の妹だという。

 さらに、死者を復活できる「冥府の竪琴」のキョウは、なんとあの冥王の娘。

 竜族を束ねる「竜王の逆鱗」のクレンは、竜王そのものなんだそうだ……。

 おいおい、えげつない人というか神様みたいな存在をアイテムにしたな。


「つまり、『伝説の勇者』はアイテムの力で魔王を倒したの?」

「ええ、自慢じゃないけと、お母さんは攻撃力も魔法力も底辺のザ庶民よ! でも、このスキルのおかげで人類最強になれたのよ!」

  

 俺は母さんの戦闘力をスキル「能力値開示」で測ってみた。


 ――戦闘力5。


 これって、その辺の農夫のおじさんと同じレベルじゃんか。

 いや、確かに母さんはただの主婦だけれども!

 俺の中で、2千年前の勇者に対する憧れと尊敬の念が瓦解がかいしていく。


 なんと言うか、神様級の人たちをアイテムにして自分のために使うなんて、卑怯というか冷徹だよね。

 そんな人が勇者で母親とは……。

 ああ、返せ、俺の勇者への純粋な思いと、母への思慕を……。


 俺が肩を落としていると、母さんがその手を俺の肩に置いた。

「アラン、ありがとうね」

「うん? 何が?」


「お母さんね、自分が封印された後もずっと、メルちゃんたちをアイテムにしたまま元に戻せなかったことが心残りだったの」

「そ、そうなんだ」

 

 メルたちをアイテムにした後悔があったのか。

 良かった。母さんが冷酷な勇者でなくて安心した。


「我が息子が母の罪を見事につぐなってくれました。これほど嬉しいことはありません」

 母さんはそう言うと、俺をそっと抱き締めた。

 

 伝説の勇者の温かい涙が俺の頬に伝わった。

 そうか、俺がスキル「擬人化」を産まれながらにして持っていた意味が分かった。

 母さんの後悔と懺悔の気持ちが、俺に天与のスキルを与えた。

 そして、そのおかげで、俺はメルたちと出会えたのだ。

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