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伝説の勇者

「戦いは避けられぬ運命か……」

 諸侯との会合を終えて自分の陣に戻った俺は、悲観にくれていた。

 

 陣幕の向こう側にある太陽は、そろそろ西の空に沈もうとしている。

 ケイオスが示した開戦時刻まで、あと半日しかない。 

 明日の夜明けから1時間後には、血を血で洗う大戦が始まってしまう。


 こうなったら速攻重視で徹底的に戦ってやろうか……。

 俺が魔王軍の幹部連中を早々に叩き潰せば、その分だけ戦いは早く終わる。

 つまり、両軍の犠牲は最小限に抑えられる。


 しかし、戦闘力が3倍になった魔将軍らを相手に、本当に勝てるのだろうか。

 1対1ならば負ける気はしないが、聖剣があった聖地での戦いのように数人がかりで攻められるとかなり厳しそうだ。


「聖地での戦いか……」

 俺は、ケイオスら3人の魔将軍を一瞬で撃退したメルの強さを改めて思い返した。

 そして、目の前の机に並んだ焼き菓子を頬張っているメルを見つめる。

 メルが本気になれば、どんな相手であろうと圧勝なのだが……。

 

 陣幕の中には今、俺とメル、クレン、キョウ、ライナの5人がいる。

 メルたち女の子4人は、ヒルダさんが差し入れた焼き菓子を食べながら、おしゃべりに夢中になっている。

 

 明日は大戦おおいくさだというのにのんきなものだ。

 一発、気合いを入れておく必要があるな。

 

「メル、明日はいよいよ最終決戦だ。最初から全力を出していいからな」

 そう声を掛けると、メルはキョトンとした瞳を返してきた。

「うん? メルは戦わないよ」

 おうっ、まあ、予想された返事ではあった。


 これまでの戦いで、メルがその究極の力を発揮した条件は二つだけだ。

 俺がピンチになった時。

 そして、メル自身が怒った時。

 今回の戦いは、そのどちらでもない。


「……聞くだけ野暮かもしれんが、なんでいつもギリギリまで戦わないの?」

「え~、だって痛いし、面倒くさいんだもん」

 これも、予想の範囲内。

 戦いの序盤でメルの助勢をあてにするのは難しそうだ。 


 ということで、俺はメルの隣にいるクレンへと視線を移した。

「クレン、明日は超強力魔法を存分に発揮していいぞ」

「いいんですか!?」

 クレンが嬉しそうに両手を合わせた。


「じゃあ、みんなの精気を吸い尽くしてカラッカラの干物にしてみせますわ」

 ふむ。なんか凄そうな魔法だな。

 さすがは「禁忌の魔道書」だ。


 しかし、これだけの大軍を相手にして、魔法の効果を一度に発揮できるのだろうか。

「その魔法は、魔王軍20万人もの精気を一度に吸えるのか?」

 俺の問いにクレンは楽しげにほほ笑んだ。

「20万人どころか、人類40万人の精気も一緒に吸い込みますわ」


「……いや、人類40万人の分は吸わなくていいよ」

「え? でも、この魔法は空間に存在する全てのオスに作用するんですよ」

 

 オス?

 嫌な予感が……。


「念のために聞くが、吸い取るのは精気だよな。命や元気のみなもとの気力みたいなやつ」

「いいえ。オスがため込んでいる白い精え……」

「はい、そこまで!」

 

 俺はクレンの口を慌てて抑えた。

「むぐぅ! ちっぞくぶれいれすね!」

 なぜかクレンの瞳が幸せそうに潤んだ。

 

 その瞳を見て俺は改めて確信する。

 ダメだ!

 この子には任せられない!

「明日は、その魔法は禁止です!」


 ということで、次はライナを頼ることにした。

 竜族にさらなる増援を頼めるのであれば、連合軍の戦力は一気に高まる。


「ライナ、明日の夜明けまでにドラゴンの数をもっと増やせないか?」

「んー? 無理かな」

 ライナは焼き菓子をくわえたまま、即行で否定した。


「今いるドラゴンが全部という訳か」

 俺の言葉にライナは首を振る。

「もっといるんだけどぉー、なんかー、みんなイライラしててぇー」


「イライラ?」

「そーなんだよねー。上位竜たちには、魔族と人間の争いに関わちゃダメって言われたし」


 竜族は総じてプライドが高く、こと人間や魔族を見下しがちだ。

 ドラゴンたちは竜王ライナの命令でここに集まってはいるが、本気でこの戦いに身を投じる気はないのかもしれない。


「明日、ドラゴンたちは人間側に加勢しないってことか?」

「んー、どうだろ? 私を守るためなら戦うって言ってたけど、確かに人間のために戦うとは言ってなかったかも」


 なるほど。

 ということは、ドラゴンたちの力を最大限に利用するには、ライナを最前線に置いておとりにするしかない。

 だが、そんな非情な作戦を俺が取るわけがない。

 万が一にもライナに何かあったら困る。

 それに、人類と魔族の戦いに竜族を主戦力として巻き込むのは、確かに気が引けた。

 

「だんな様、どうする? 他の子も呼んだ方がいい?」

「いや、このままでいい」

 俺はライナにそう言うと、視線をキョウに移した。


 キョウは焼き菓子を両手に持って、交互に頬ばっていた。

 しかし、俺の視線に気付くと慌てて食べるのを止め、「ほう。余を頼るのか。懸命な判断だ」と言って得意げに目を細めた。

 本人的にはバッチリ格好をつけたつもりのようだが、口の周りに焼き菓子の食べかすがたくさんついているので残念な感じになった。


 本当はこの狂犬少女には頼りたくはなかったのだが、背に腹は代えられない。

「ディアさんたち8英雄より強い死者を召喚できないか?」

「8英雄より強いの?」

「例えば、2千年前の勇者とか……」


 そうだ!

 2千年前の「伝説の勇者」をよみがえらせればいいんだ!

 なんで早く気付かなかったんだろう。


 伝承では、その実力は8英雄を軽くしのいだという。

 何よりも不死身の魔王を討ち果たした実力の持ち主だ。

 もうこの際、2千年前の勇者にもう1回魔王をぶっ倒してもらったっていい。


 しかし、キョウは大きく首を振った。

「前の勇者は冥界にいないから無理だぞ」

「いない? じゃあ、どこにいるんだ? 異世界か?」

 

 ライナを仲間にした際、キョウは異世界に飲まれた魂は復活できないと言っていた。

 2千年前の勇者は魔王を倒した後、異世界に行ったのだろうか?

 もしかして、そもそも異世界人で、勇者になるためにこの世界に転移した人なのか?


 しかし、キョウはまたも大きく首を振る。

「異世界にいるんじゃない。この現世にいる」

「ん? アンデットにでもなっているのか?」

「違う。まだ死んでないんだよ」


 ちょっと、意味が分からないんですが。

「2千年前の人間が、まだ生きてるはずがないだろ?」

「そんなこと知るか! 冥府に魂が来てないものは来てないんだ!」

 キョウは両腕を組むと、不機嫌そうに顔を背けた。

 

 2千年前の「伝説の勇者」が生きている?

 にわかには信じ難いが、死者の復活を司る「冥府の竪琴」のキョウが言うからには事実なのだろう。 

 どこかの秘境かダンジョンの奥底で仙人みたいに暮らしているのだろうか? 


「伝説の勇者が生存しているのであれば、ぜひとも助勢を願いたい」

 俺がそう話すと、クレンが喜々として手を上げた。

「はい! このクレンがお役に立ってみせますわ!」


 クレンは古代語で何事かをつぶやいた。

 すると、その手の中で「ボンッ」という破裂音と煙が巻き起こる。

 煙が晴れると、クレンの手の中には大きな黒いかばんが出現していた。


「これは、お取り寄せバッグです」

「お取り寄せ?」

「ええ。自分の欲しい物を何でも引き寄せられる魔法のバッグですわ」

 クレンが自慢げに胸を張った。


 おい、すげー便利な魔法じゃねーか。

 まるで遥か未来の道具みたいだな。


 ていうか、その魔法を使えば、これまでの大半の冒険はもっと楽ができたんじゃね?

 伝説級のアイテムとか武具とかさ、いくらでも取り寄せられたじゃんか!

 

 しかし、ここでお説教をしてクレンの機嫌を損ねるのは得策ではない。

 魔法を消されてはかなわない。


 クレンが外道な暗黒魔法以外を唱えるのは極めてまれ、いや初めてと言っていい。

 今この場所に「伝説の勇者」を連れてこられる機会を逃すべきではないのだ!


「素晴らしいぞクレン! 俺がお取り寄せしたいのは『伝説の勇者』だ!」

「は~い。では、『伝説の勇者』を引っ張り出しますね」

 クレンは鞄の中に右手を入れると、その手をモゾモゾと動かし始めた。


「えーと、この人ですね!」

 クレンが右手を鞄から引き抜くと、「ポンッ」という軽やかな音とともに1人の人間が鞄の中から飛び出してきた。


 その人は、俺の目の前に立った。

 そして、ひどく驚いた顔で俺を見つめた。


 女性だった。

 老人ではなく、中年というべき年格好。

 エプロンを着け、右手にフライパンを持っている……。

 というか、俺のよく知っている人だった。


「母さん!」 


「あら、アラン。久しぶりね」

 俺の目の前には、田舎で暮らしているはずの母親の姿があった。

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