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魔の荒野

「あれが魔王城か」

 俺は、荒涼とした原野に立ち、はるか先に建つ黒い巨城を見つめた。

 快晴の空を背に、青空に似つかわしくない異様な姿を露わにしている。

 俺が立つ場所は城からはかなり離れているにも関わらず、周囲には禍々しい魔王の障気が漂っている。


「そして、あれが魔王軍……」

 魔王城へと至る荒野の中央には、俺たちの行く手を遮るために魔王軍の精鋭20万人ほどが集結していた。

 鶴翼の陣の中には、ケイオスたち6魔将軍の陣に加え、魔王軍の軍師を務める3邪賢者の陣も見える。

 他にも獣人やダークエルフ、オークらの軍勢に加え、巨人族や竜王をまつろわぬ古代竜たちの姿もある。


「で、こちらが人類の連合軍と……」

 俺は左右を見渡す。

 そこには、諸国から選りすぐられた精鋭40万人が大軍を誇示するかのように横長に陣を取っていた。

 諸国の騎士団や竜騎士団の陣の中には、ヒルダさんやリューイら「希望の7人」の陣がある。

 

 しかし、当の「希望の7人」は自分の陣にはおらず、なぜか俺の周囲にかたまっていた。

 俺以外の6人は今、リューイを中心に久しぶりの再会を喜び合っている。

 

 で、その近くには「希望の7人」に負けず劣らず、いやそれ以上の戦闘力を保持する8人がいる。

 2千年前に勇者と共に魔王を倒したディアさんら「8英雄」の皆さんだ。

 魔王軍との会戦を前に、冥府の竪琴であるキョウが冥府から召喚したのだ。

 

 さらには、竜王ライナの命を受けて集結した上位竜6匹が俺の背後にひかえている。

 上空には中位竜や下位竜たちの大軍が渦を巻いて飛んでいる。


 そして、俺の左側には聖剣メルと、右側には禁忌の魔道書クレン。

 この我が戦力を改めて見て確信する。

「勝ったな」 


 今、この荒野では、人類の連合軍と魔王軍の最終決戦の戦端が開かれようとしていた。

 しかし、いくさが始まる前から人類側の勝利は揺るがないように思えた。

 

 歩兵や騎兵らの多さは、連合軍が魔王軍の2倍。

 それに加え、一騎当千の武人、賢者、竜の数、力量はいずれも人類側が圧倒している。


 半年前、竜王であるライナが俺の仲間になった事実に、諸国の王は浮足だった。

 竜族の援軍が見込めるのならば、劣勢の人類が魔王軍を打破できる可能性が高まるのだから無理はない。

 案の定、諸侯は連合軍を結成し、俺は諸国の軍隊を束ねる大将軍に祭り上げられた。

 

 魔王城に向けて進撃を始めた連合軍は、魔王軍の抵抗らしい抵抗を受けずに、この荒野まで軍を進めてきた。

 どうやら、魔王軍は当初からこの荒野で連合軍を迎え撃つ意図があったようだ。


「しかし、すでに勝負はあった」

 ――そして、勝敗が見えているのならば、無駄な戦いは避けたい。

 

 俺は当初から、大軍同士がぶつかる会戦は避けるべきだと考えていた。

 数千、いや数万の犠牲者を出して勝敗を決する必要性はない。

 魔王さえ倒してしまえば、魔族と人類の戦いは終わるはずだからだ。

 そして、それこそが勇者である俺の使命なのだが、それができない状況がもどかしい。


 連合軍と魔王軍双方に生じる被害を心配していると、メルが「あっ、あれはケイオス君じゃない?」と声を上げた。

 見ると、魔王軍の陣形から黒い甲冑を着た1人が、こちら側に歩み出てきた。

 

 スキル「千里眼」で確かめるまでもなく、見慣れたケイオスの青い短髪と顔だった。

 その左手には、伝令役であることを示す×印が描かれた大旗が握られている。

 

 ケイオスは連合軍と魔王軍の中間で立ち止まると、大音声で呼ばわった。

「我こそは剣魔将軍ケイオスなり! 勇者アランと交渉がしたい! 出てこい!」


「交渉? なんだ、あいつ、ただのバカじゃなかったのか」

 ケイオスは和議の交渉を始めたいのだろうと思った。


 このまま会戦が始まっても魔王軍の勝利はかなり厳しい。

 土壇場で冷静な判断ができる将軍が魔王軍にいて良かった。 


 大将軍としてケイオスの呼び掛けに応じることにする。

 そして、ケイオスと同様に1人で連合軍の陣から歩み出た。


 久しぶりに青髪の魔将軍と間近に対峙たいじした。


 背中から連合軍40万人、前方からは魔王軍20万人の視線を一身に浴びる。

 さすがに緊張するな。

 目の前のケイオスも同様なのか、いつものアホ面を引っ込めて、ひどく真剣な顔をしている。


「久しぶりだなアラン。今日はアランたんにお願いがあってな……」

「ケイオス、お前にも立場や矜持があるだろう。だから、降伏しろとは言わない。対等な和議でいい。しかし、条件は付けるぞ」


 俺の声にケイオスは「うん?」と小首を傾げた。

「なんで、俺らが人間と和議を結ばなきゃいけねーんだ?」


 あれ? 和議を申し込みに来たんじゃないの?

 えっ? この戦力差でも戦うつもりなの?

 やっぱり、ただのバカなの?


 俺はため息交じりにケイオスに話し掛けた。

「あのな、どう見ても人類側の勝ちは確定だろ」


 もちろん勝つまでには相当の損害をこうむるだろうが、結果的には勝つ。

 魔族にとって人間に敗北し、服従することは相当な屈辱なはずだ。


 しかし、俺の忠告を受けても、ケイオスはキョトンとしている。

「俺たちが負ける? あー、それはあり得ねーんだよ、アランたん」

「あん? 兵の数は2倍、竜と英雄クラスの戦力に関しちゃ圧倒的に人類側の勝ちだろうが」


「ここが『始まりの原野』じゃなければな」

 ケイオスは眼下の大地を指さした。


「どういうことだ?」

「ここは俺たち魔族にとっての聖地なんだ。俺たちの先祖が魔王様と血の契約を結んだ場所だ」


「で、それが、どうしたって言うんだ」

 俺は苛立ちながらも、多少の不安を覚え始める。


 ケイオスは深刻な様子で話し始めた。

「魔族には魔王様の血が流れている。この血の力によって、俺たち魔族は魔王様から巨大な恩恵を受けている」

「どんな恩恵だよ」


「アランたんも感じるだろこの障気を。『始まりの原野』には数千年にわたって魔王様の障気が積み重なって渦を巻いている」

 確かに禍々しい障気はずっと感じているが……。

「この障気がどうしたって言うんだ」


「3倍だ」

 ケイオスは真っすぐに俺を見つめた。

 その瞳に込められた意志に強さにたじろぐ。

「魔王様の障気の力によって、俺たち魔族の力は今、通常の3倍になっている」

「3倍……?」


 俺はスキル「能力値開示」でケイオスの戦闘力を測る。

 奴の戦闘力は2588のはずだ。

 頼むからそのままであってくれ!

 しかし、その期待はあっさり裏切られる。


 ――戦闘力7764。


 ケイオスの戦闘力はきっかり3倍になっていた。

 俺の今の戦闘力は8311。

 メルたちを除けば人類最強だ。

 その俺に匹敵する力をケイオスが保持している。

 いや、ケイオスだけじゃない。


「他の魔将軍や邪賢者、ダークエルフや巨人族、古代竜まで戦闘力は3倍という訳か……」

 驚愕の事実とはまさにこのことだ。

 いや、魔王城に近づくほど強力な魔族や魔物がいるっていうのは、この世界では常識だ。

 まさか、その理由が魔王の障気とは知らなかった。


 連合軍優位の状況は一変した。

 このまま戦が始まれば劣勢は避けられない。

 正直、激戦の末に敗退することが濃厚になってきた。 

 どうする俺?

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