表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/78

金色の風

 200匹のドラゴンたちの羽ばたきやうなり声が消え、周囲にはライナの鳴き声だけが響いた。 


 それを見たメルが辛抱たまらずって感じで口を開いた。

「ねえ、かわいそうだよぉ。降ろしてあげようよぉ」

「ふっ、メルのたっての頼みとあれば聞いてやろう。まあ、良い泣き顔が見られて満足したしな」


 キョウが再び右手を大地にかざすと、巨大ナメクジが一瞬で消えた。

 その代わりに空から降ってきたライナを、メルが軽々とキャッチする。  

 ライナは「怖かったよぉぉお」と言って、メルに抱きついた。

 

「まったく、本当によく泣く竜王様だな」

 でも、そんなライナのことがちょっとだけかわいいとも思ってしまう。

 しかし、ライナの近くの地面にあるデカい口が俺のほっこり感を邪魔してくる。

 

「クレン。その気持ち悪い口は消してくれ」

「はーい」

 クレンがもにょもにょと口を動かすと、大地の口は一瞬で消え去った。

 

 あー、清々した。

 んっ、でも、何か忘れているような……。


 俺がその内容を思い出そうとした時、突如として世界が暗転した。

 空が暗くなったのだ。

 

 最初は上位竜たちが戻ってきたのかと思った。

 だが、頭上を見上げて、その予想はより最悪の方向に裏切られた。


 空が無数の竜に埋め尽くされていた。

 白、黒、赤、青、緑、まだらと全属性の中位竜と下位竜が集まっている。

 千、いや1万匹はいる。


 これはアカンやつですわ……。

「さすがに無理! 絶対に無理だって!!」

 戦闘力を計算するまでもなく、全人類が総力戦をしても勝てるかどうかの戦力だ。


 口から霊魂が飛び出そうな俺の横で、メルはあくまでもほがらかにライナに声を掛けた。

「これからは、みんなでずっと一緒にいられるよ。だから、もう泣かなくていいんだよ」

 ライナの頭をなでなでするメル。


 すると、ライナは「ひぐぅ……うん……もう泣かないよぉ……」と言って、涙をぬぐった。

 そして、空に向かって手を振った。

 「みんな、ありがと。もう大丈夫だし、帰っていいよ」

 ライナの顔は、ほほ笑んでいた。


 竜王の命を受けたドラゴンたちは、聖なる山の上空から一斉に離れていった。

 しばらくすると、俺たちの頭上には元通りの青空が戻っていた。


「やれやれ、一時はどうなるかと思った」

 安堵あんどした俺は大きく脱力した。 


 その肩の上でキョウが「こら、肩を落とすな! 落ちるだろ!」と怒鳴る。

 あっ、ごめん。


 キョウを肩車し直すと、クレンが俺の右腕に抱きついてきた。

「うふっ、久しぶりの我が君の肉感ですわ」

 そういう言い回しはやめようね。


 俺はクレンとキョウを連れて、メルとライナのそばに行った。

 メルはライナの肩をポンポンと優しく叩いている。


「あっ、ご主人様! ライナはもう泣かないって!」

 そう言うと、メルは嬉しそうに俺の左腕に飛び付いてきた。


 ライナはきょとんとした顔で俺を見た。

 その視線は、俺の左腕、右腕、頭上へと動く。

 すると、ライナの目尻にじわりと涙が浮かんできた。


「ふぇええ~ん。私の居場所がないよぉおお~」

「泣くな! 頼むから、もう泣かないで!」

 


 その後、女の子4人で小一時間ほど協議した結果、やはり順番で俺にくっつくことが決まった。

 当初は、メルは左腕、クレンは右腕、キョウは肩車、そしてライナは後方から俺の首にしがみつく案にまとまりかけた。

 だが、これは俺が強行に反対して却下した。

 だって、それだと、俺は窒息しますから。


 俺が嬉しかったのは順番制に決まったことより、4人がワイワイと話し合う中でどんどんと仲良しになったことだ。

 ライナは当初、メルにくっついたままで、キョウとクレンを警戒していた。

 しかし、だんだんとクレンの変態さとキョウのアホさに気付いたようで、警戒心をゆるめていった。

 まあ、変態とアホに関わらず、女の子4人が一緒におしゃべりをすれば、誰だって仲は深まるってことかな。

 

「よし、じゃあリューイの城に戻るか!」

 俺は気絶したままのリューイを背負うと、4人にそう声を掛けた。


「おい、アラン。戻るといっても、どうやって戻る? もうドラゴンはいないぞ」

 キョウがかったるそうに話した。


「歩けばいいだろ」

「余に歩けと言うのか! この外道が!」


「また世紀末覇者の馬でも呼び出せばいいだろ!」

「ナメクジ呼んでもう疲れてるんだよ!」

「嘘つけ! 右手をかざしただけだろ!」

 

 俺とキョウがギャーギャーと言い合っていると、ライナが「じゃあさ! 飛んでこうよ」と提案してきた。


「飛ぶ? いや、飛べるのは俺とメルだけで、クレンとキョウは飛べないんだ」

 俺が事情を説明すると、ライナはニコリとほほ笑んだ。


「大丈夫。私がみんなを連れてってあげるし」

「連れてく?」

「うん」


 ライナはコクリと頷くと、両手を胸元で組んだ。

 途端にその体が黄金色の強い光に覆われ、まぶしく輝き出した。

 スキル「擬人化」を行使した時と同様に世界が金色に染まるかのような光だ。


 そして、金色の光が収まった場所には、ライナの代わりに大きな1匹のドラゴンがいた。

 全身が金の鱗に覆われた金竜だった。


 大きさは上位竜よりは小さく、中位竜程度。

 しかし、体の大きさに頼らない荘厳さと美しさによって、上位竜とは桁違いの圧倒的な存在感を有している。


「もしかして、ライナか?」

 俺が金竜に問いかけると、金竜はコクリと頷いた。

「そだよ。ほら、みんな、早く背中に乗るっしょ!」


 ライナに急かされ、俺たちはいそいそとライナの背中に這い上がった。

 俺はリューイをおんぶしたまま、金の鱗にしがみついた。


「じゃあ、行っくよぉ!」

 ライナが元気いっぱいって感じでひと羽ばたきした。

 すると、その身はあっと言う間に風に乗り、高く高く空へと舞い上がった。

 

 全身の金の鱗が太陽光を反射し、太陽よりも強く美しく輝く。

 まさに第2の太陽とも言える光の塊が、悠然と青い空を突き進んでいく。


 ライナは、世界中のどんな生き物よりも高く、速く、そして美しく飛べるのだと直感で理解できた。

 それぐらい問答無用の高揚感と感動が胸にあふれてくる。


 これにはメルたちも大喜びだ。

「わ~、ライナすごいね! かっこいい!」

「ライナさん美しいですわ。もう感じちゃうぐらいです」

「もっと速く! 速く飛んで!」


 はしゃぎまくる3人の声に、俺の背中にいるリューイが「うん?」と目を覚ました。

「ここは……?」

「竜王の背だ」

「それは凄い……勇者アランと共に竜王の背に乗って飛んだこと、必ず末代まで語り継ぐよ」

 リューイが深い吐息とともに感嘆の声を上げた。


 そうだな、こういう体験を語り継ぐのは、子孫にとってもよいことだと思うぞ。

 俺は金色の風になって空を飛ぶ体験を、友と共有できたことが嬉しかった。


「ところで、アラン」

「うん?」


「僕のドラゴンたちはどこだい?」

「うん?」


「ベルド竜騎士団の200匹だよ」

「う……ん?」


 しまったああああ!!

 忘れてたのって、それだあああ!!


 俺は慌てて、前方にいるクレンの袖を引っ張った。

「クレン! さっきのデカい口が食べたドラゴンたちを返してくれ!」

「えっ? あれは異世界の美食家カイバラの口で、ドラゴンは口を通じて異世界に飲まれたから無理ですよ」

「グエェ」 

 リューイがカエルが潰されたみたいな声を上げた。


「キョウ! 冥府から竜騎士団のドラコン200匹をよみがえらせてくれ!」

「あん? 異世界に行ったたましいは、この世界の冥府には来ないからな。無理だぞ」

「ブベ!」

 もう意味分からん声を上げるリューイ。


 しまった。

 これは友情が壊れる危機だ。

 せっかくできた友達を失ってしまうぞ。


 俺が困っていると、金竜の口元からライナの声が聞こえてきた。

「んーっと。じゃあ、ライナがみんなに竜騎士団に入るように頼んであげる」

「本当ですか!」

 リューイが途端にはつらつとした声を上げた。

 変わり身、早いな。


「白い子たちに頼めばいいの? それとも他の子?」

「えっ! 白竜以外もいいんですか?」


「んーっと、いいと思う」

「じゃあ、竜騎士にとって憧れのレア竜のまだらで! いや、もうこの際、全属性でお願いします!」


「んー、分かったぁ。頼んどくね」

「やったああああ!!」

 リューイが歓喜の声を上げた。

 

 あー、よかった。

 これで俺の友情も安泰だな。


「リューイ、良かったな。名実とも最強の竜騎士団ができそうだな」

「そうだね。これもアランのおかげだよ!」

 まあ、異世界に飲まれた200匹はかわいそうだったがな……。


 俺とリューイが笑い合っていると、ライナの首元にいるメルが振り返って俺を見た。

 銀色の美しい髪が、金色の風を受けてなびいている。

 きれいだな。


「ねえ、ご主人様」

「なんだ?」


「このまま、みんなと一緒なら、なんでもできちゃいそうだね」

 メルはそう言うと、いつものようにニコリと笑った。


「ああ、そうだな」

 俺はメルの笑顔を見て、とても幸せな気持ちになる。

 そして、メルの言う通り、不思議と何でもできそうな気がしてきた。

 

 ――そう、不死身の魔王を打ち倒すことさえも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ