ヌメヌメでバックン
しばらくの間、メルとライナは抱き合って、メルがなでなでと、ライナがわんわんと泣くことを続けた。
俺が2人のほんわかした雰囲気に和んでいると、近くに1匹の白いドラゴンが降り立った。
上位竜ではなく、竜騎士が乗る下位竜だ。
その背には、リューイとクレン、キョウの姿があった。
「アラン! 無事か?」
リューイは鞍から飛び降りると、俺の元へと駆け寄ってきた。
「ああ、リューイがメルを呼んでくれたからな。助かったよ」
ギリギリだったけど……。
リューイはお得意の笑みを浮かべた。
「アランが『ここは俺に任せて、先に行け』って顔で僕を見たからね」
「あ、ああ……そうだな」
一緒に逃げようっていう顔だったんだけどね。
「アランと以心伝心ができて、とても嬉しいよ」
「う、うん……」
ごめん。てっきり1人で勝手に逃げたと思ってたよ。
「やっぱり、僕たち本当の友達だね」
リューイが親指を立てて、キラリと歯を光らせた。
「そ、そうだね……」
気まずい。
「我が君。上位竜たちはもういないんですか?」
クレンが辺りをキョロキョロと見渡しながら話した。
「ああ、メルが一撃でやっつけたよ」
「それは残念です。魔法で上位竜を発情させた上で、巨大なドラゴンのドラゴンの大きさを確かめようと思いましたのに」
君が遅れてきてくれてよかったよ。
「おい、アラン!」
今度はキョウが俺の袖を引っ張って、ライナを指さした。
「あの金ぴか女は誰だ?」
「えーと、話すと長いが……」
俺はクレン、キョウ、リューイにライナのことを説明した。
ライナが竜王であることを告げると、リューイは大いに驚き、慌てて平伏しようとした。
俺は、その行為を引き止め、リューイに話し掛けた。
「竜王だからって、そんなにかしこまらなくていいみたいだぞ」
「いや、竜王といえば、僕たちに竜騎士にとっては神に等しい存在なんだよ」
「でもライナは神様というか、人間らしい女の子って感じだ」
「人間らしい?」
俺はメルにしがみついて、わんわんと泣きじゃくるライナを指さした。
「あんな泣く神様なんていないだろ?」
「確かにね」
リューイがほほ笑んで親指を立てたので、俺も親指を立て返した。
それにしてもよく泣くなあ……。
見た目は派手でイケイケなのに、本当は泣き虫なんだな。
「ということは、あの金ぴか女は、余の新しい臣下か」
キョウが軍服の下の小さな胸を堂々と張って話した。
そうか、君にとっては俺たちは臣下なんだな。
キョウは俺の首に上ってきて、いつもの肩車スタイルになると、俺にライナの近くに行くように指示してきた。
へいへい、仰せの通りに王女様。
「おい、ライナとやら。余にあいさつをしろ」
竜王を見下ろすキョウに向かって、ライナはあからさまに怒りのこもった目を向けた。
「いきなり出てきて、なによ偉そうに!」
その瞳には涙はなく、竜王らしい威厳が復活していた。
「メルは強くて優しくていい子だから、友達になったけど、アンタみたいなちびっ子となれ合う気なんてないし!」
ライナはそう言うと、キョウに向かって指を突き付けた。
「それに! 私のだんな様の肩に気軽に乗るんじゃない!」
この激高に対し、キョウは余裕を持って鼻で笑って見せた。
「ふっ、余をちびっ子呼ばわりした上に、指図するとは無礼千万。お仕置きが必要だな!」
キョウは右手を大地に向かって差し出して叫んだ。
「ぬめぬめぬ~め!!」
ぬめぬめ?
――ポンッ!
コルク栓が抜けた時のような音とともに、巨大な白い物体が出現した。
なんと、巨大なナメクジだった。
上位竜と同じぐらいにバカでかいナメクジが突如として現れたのだ。
はっきり言って、気持ち悪い……。
「おい、キョウ! なんでまた、こんな気色の悪い奴を呼び出したんだよ!?」
「気色が悪いとは失敬だな。こ奴は生前、ナメクジの王にして世界の終末を予言した聖人であったんだぞ」
「聖人……これが?」
俺がナメクジキングを見上げると、その頭上にはライナがお座りしていた。
キョウがライナの足元にナメクジキングを出現させたので、そのまま乗っかってしまったらしい。
そして、ライナは
「ふぇぇええぇえええん!」
と、再び号泣していた。
「ぬめぬめ、怖いよぉぉおお!!」
大きな涙をボロボロと流して泣いている。
「あれ? ナメクジって泣くほど怖かったけ?」
俺の問いにキョウが再び鼻で笑った。
「知らないのか?」
そして、小馬鹿にしたような顔で俺を見下ろした。
「鱗を持っている爬虫類はナメクジが苦手なんだぞ。ナメクジのぬめぬめは奴らの鱗を溶かすからな」
「マジで!?」
「ふっ、この程度の知識がなくて勇者とは片腹痛い。いや、余が造詣に深すぎるだけか」
頭上で満足げに笑うキョウ。
なんだよ。じゃあ、ライナは泣いて当然じゃないか。
「ナメクジキングは冥府に戻してやってくれ。あまりにもかわいそうだ」
そう言って、キョウがいる頭上を見上げて、その景色の変化に驚かされた。
空に大量のドラゴンが舞っていた。
全てが白い下位竜。
200匹はいるだろうか。
「あれはベルド竜騎士団のドラゴンだ! 背に竜騎士を乗せていないのに全匹が集結している」
リューイが叫んだ。
と言ってるそばから、リューイのドラゴンも飛び立ち、仲間たちが作る渦に合流した。
「おい! 戻ってこい!」
リューイは必死に竜笛を吹くがドラゴンは戻ってこない。
その隣にいたクレンがナメクジキングの頭上を見上げた言った。
「竜王様が泣いてるから、それを助けに来たんじゃないですか?」
あー、それっぽいな!
「キョウ! すぐにぬめぬねを消してくれ!」
「ヤダ!」
即答!
「ふぇえええん! みんなで、やっつけてよぉおおお!」
ナメクジキングの頭上にいるライナがそう泣き叫んだ。
その言葉を合図に、空を舞う200匹のドラゴンたちが一斉降下を始めた!
えーと、下位竜の戦闘力は1050か。
それが200匹だから、えーと合計は……って、計算してる場合じゃねえええええ!
俺とリューイが慌てふためいてると、クレンが「わあ、ドラゴンがいっぱい」とほほ笑んだ。
そして、
「かわいいから全部、食べちゃいましょう」
と言うと古代語で何かをつぶやいた。
すると、火口の大地にバカでかい口が現れた。
そう、他でもない口だけだ。
しかも、唇がついた思いっきり人間の口の形だ……。
そいつがおもむろに口を開けると、
――ばっくん!
と、突っ込んできた下位竜200匹を吸い込んで丸のみにしてしまった。
「ぎゃああああああああ!」
叫んだのリューイだった。
「竜騎士団のドラゴンたちが! 大陸最強の僕のドラゴンが全滅したぁあああああ!!」
そう言うと、その場で卒倒してしまった。
すまん、リューイ。
後で必ず返すからな。




