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友の強さ

「俺を殺すことを諦めたのかい?」

「ああ。お前の左腕をへし折れただけ上出来だ」


 なんだ、バレていたのか。

 さすがだな。


「さあ、僕を殺してくれ」

 リューイはこの言葉を、リューイらしくさわやかに言ってのけた。

 

 彼はこの結末を覚悟していたのだろう。

 だから、あの時、ガイナー王子を自室に呼び、自分が死んだ後のことを頼んだのだ。


 だが、俺はリューイを殺すつもりは元々ない。

「殺す理由なんてないぞ」


 すると、リューイは首を振った。

「お前になくても、勇者アランにはある。竜の牙5千個を魔王軍に渡したのは僕だ」

「そうか……」


 何となくそんな予感はあった。

 竜の死骸は全て火葬するというリューイの発言と、竜の骨から作る竜笛の存在には、矛盾が生じていた。

 

 いや、あの時リューイは、わざと俺に竜笛の存在を告げたのだろう。

 俺が違和感を感じ、リューイの策略に気付くことを期待していたのかもしれない。

 

 あれは、リューイが今までのリューイでいられる最後の機会だったのだ。

 俺はそれに気付いてやれなかった。


「竜の牙を魔王軍に渡した理由は、5千体の竜牙兵で俺を殺すためか?」

「まさか、竜牙兵ごときにお前がやられるはずがない。この国に、そして、この火口に勇者アランをおびき出すためさ」

 出所不明の竜に関するアイテムの存在が明らかになれば、自分が勇者側から頼られるとリューイには分かっていたのだ。


「なるほど。俺もヒルダさんもミアサも、リューイの手の平で踊らされていた訳か」

「希望の7人のうち特に強い3人を手玉に取れて痛快だったよ」

 リューイは楽しげに笑った。


 そして、

「さあ、殺してくれ」

 と言って真っすぐに俺を見つめた。


 俺は、自分の顔の前で拳を握ってみせた。

 それを見たリューイは、ゆっくりと目をつぶった。

 俺の一撃をもってすれば、自分の命を奪うに足りると分かっているようだ。


「最後に言い残すことはないか?」

「ない」


「そうか……じゃあ、代わりに俺の話を聞いてくれ」

「……」


「さっき言った、リューイを尊敬してるっていう話は本当だ」

「……」


「いつもクラスの中心にいるリューイが俺にはまぶしかった」

「……」


「誰にでもくったくなく話しかけられて、楽しいおしゃべりができて、みんなに好かれているお前が羨ましかった」

「……」


「どれも俺にはできないことだ」

「……」


「だから……」

「……」


「俺はお前に劣等感を感じている」

「はあ?」


 リューイがえらく間の抜けた声を上げた。

 そして、目を見開き、まじまじと俺を見つめた。


「アランが僕に劣等感?」

「そうだ」


 俺は羞恥しゅうちで顔が真っ赤になったことを自覚した。

 だから、握った拳をかまえるふりをして、その顔をなんとか隠す。

 

 リューイからは、驚きとあきれが交じった声が上がった。

「たかが、おしゃべりや仲間の輪ごときで劣等感?」

「そ、そうだ」


「剣技も魔法もスキルもずば抜けて人類最強なのに?」

「そうだ! も、もういいだろ! いい加減、自分が情けなくなってきた!」


 俺は顔の前から拳を外し、真っ赤な顔のままリューイを見た。

 いつわざる、そのままの俺だ。


 すると、リューイは

「……ぷっ!」

 こらえきれないって感じで笑いだした。


「あはははははは! アランが劣等感だって!」

「わ、笑うな!」


 リューイの笑い方は少年のようだった。

 今までの笑顔のように、顔は笑っていても瞳の底は濁っていることはなかった。

 心の底からの笑顔だと感じた。


 リューイはしばらく笑った後、真顔で俺を見つめた。

「なんだ。僕たち同じだったんだな。お互いに劣等感を抱えていたんだ」

「劣等の質が違うけどな」


「まったくだ。アランがぼっちに劣等感を感じているとは思わなかった。てっきり、俺たちを見下して、あえて交流しないのかと思ってた」

「あのな……ぼっちは寂しいんだ。いくら孤高と強がっても、やっぱり寂しい。俺はリューイの態度や気配りに、俺にはない強さを感じていたよ」

 

「そうか……強さか」

 リューイは深く息を吐いた。


 そして、

「それを学院生の時に気付きたかったな。そうすれば、アランと本当の友達になれた」

 と言った。

 

「今からでも遅くないんじゃないか?」

 俺はリューイに向かって手を差し伸べた。

 その手をリューイが驚いた表情で見つめた。


「僕を許してくれるのかい?」

「最初から怒ってない」


「君を殺そうとしたんだぞ」

「本当に殺せると思っていたのか?」


「いや……無理だと思っていった」

「だろうな。なにせ、俺は勇者だからな」

 爽やかにほほ笑んでみせた。


 すると、リューイはお手本のようにニコリと笑って見せた。

「前から思っていたけどな。お前には、そういう笑顔、全然、似合わないぞ」

「そ、そうか……」

 予想外の指摘にしょげると、リューイが右手を突き出してくれた。

 

 俺はリューイの手を握ると、そのまま引き上げ、リューイを起こした。

 リューイは笑顔のまま俺と向き合った。


「アラン。僕と友達になってくれ。王子と勇者ではなく、一人の男と男として」

「ああ。じゃあ、リューイは俺の友達第1号だな」

「それは光栄だ。ちなみに、俺にとってもアランが友達第1号だ」

 

 俺とリューイは向かい合い、お互いに心の底から笑い合った。

 嬉しかったのだ、ようやく心からの友ができたことが。


 ――グゥゥウゥウウオオオォォォォオオ!!!! 


 突然、耳をつんざくようなドラゴンの咆哮が頭上から聞こえてきた。

 その振動によって空気だけでなく、地表が震える。

 同時に、俺とリューイの周囲が突然に暗くなった。


 太陽が隠された?


 見上げると、はるか上空に巨大な竜が5匹飛んでいた。

 それぞれの大きさが、巨大な積乱雲ほどもある。


 その5匹が、この火口を中心にして、ゆっくりと旋回している。

 まるで、獲物に狙いを定める猛禽もうきん類のように。


「なんだあれ?」

 俺の気の抜けた声に対し、リューイはあぜんとした様子で口を開いた。

「あの大きさは上位竜だ……」


 その言葉を受け、俺は上空の竜の色をまじまじと見る。

 竜たちの色はそれぞれに違った。 

 黒、赤、青、緑、まだら……。


「全属性の上位竜が、ここに集結している!」

 リューイの顔が一気に青ざめた。

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