タイマン
無様に落竜した「虚空の竜騎士」は、大地にうずくまり腹を抱えた。
「くそっ!」
それでも果敢に起き上がろうとするが、すでに彼の目の前には上位竜の巨大な口があった。
「王の子よ。我を使役した罪を償うべし!」
上位竜が怒りにを露わにし、巨大な牙が並ぶ口を開いた。
リューイの顔が恐怖にゆがんだ。
ちなみに、俺はアイテム「竜王の逆鱗」の力を行使していない。
つまり、今、リューイを食おうとしているのは、上位竜の意志だ。
気位の高い上位竜が、その意に反して操られたことに怒るのは分かる。
だが、今は黙っていてほしかった。
「おい、上位竜さんよ。引っ込んでいてくれ。俺はリューイに話があるんだ」
「黙れ勇者! そもそも、汝は何故、我が頭上にいるのか!」
上位竜が苛立たしげに身を震わせ、尻尾で俺を叩き落とそうとした。
猛スピードで襲いかかる尾の攻撃を、スキル「飛翔」で余裕でかわす。
そして、そのまま真上にグングンと急上昇し、超上空で急停止。
両足をそろえた先の照準を、眼下にいる上位竜の背中に合わせた。
「引っ込んでろって、言ってんだろうがあああああ!!!」
――ギュン!
俺はスキル「飛翔」と「豪脚」、「加速」を同時に発揮して、上位竜の背中を目がけて一気に降下した。
加速に加速、加速、加速を加える!
――ドガッ!
ものすごいスピードとともに、俺の両足が上位竜の背中にめり込んだ。
超急降下キックだ!!
上位竜の体が、くの字に曲がる。
――ズンッ!
上位竜の巨体が力なく大地に横たわった。
白目をむき、口からあわを吹いてる。
ふっ、頭上という死角をすでに奪われていた自覚が足りなかったな上位竜よ。
「さて、邪魔者は片付けた。サシで話し合おう」
俺は上位竜の頭上から飛び降りると、リューイの元へと歩みよった。
「貴様と話すことなどない」
リューイはふらりと立ち上がると、両拳を胸の前で握ってみせた。
格闘技の戦闘体勢だ。
あくまでも俺を殺す意志を貫くつもりのようだ。
「そうか……」
ため息をつくと、リューイが憎々しげに口を開いた。
「ちっ、昔からその達観した目つきが気にくわなかったんだ!」
リューイの右ストレートが俺を襲う。
かわす。
「そうか……」
「友達もいない! 女の子とはろくにしゃべれない! クラスでも孤立しているくせに! いつも僕をバカにした目で見やがって!」
次は左の拳、右、左左、右の連続攻撃。
かわす。
「そうか……」
リューイは、俺のことをそんな風に見ていたのか。
知らなかったよ。
「俺は、リューイのことを尊敬していた。いつもクラス中心にいて、誰とでも分け隔てなく接し、笑顔で優しい、お前のことを」
「嘘だ! お前は僕の本性を見透かし、心の中で冷笑していた! 八方美人で中途半端な僕のことを!」
「そうか……」
劣等感を感じていたのは、俺だけじゃなかったんだな。
リューイは、生まれながらの勝ち組で、容姿端麗で性格も良いのに、逆にそれが重荷になっていたのかもしれないと思った。
「お前は、クラスで期待された役目を演じているだけの僕の本性を見透かし、いつも哀れみの目を向けてきた! それが、心底うざったかったんだよ!」
「そうか……」
周囲に期待される役割を演じる自分。
逆に言えば、周囲の期待を跳ね返せない自分。
そんなリューイにとって、仲間の輪の外にいて自分の影響下に入らない俺の視線は、きっと薄気味悪いものだったのだろう。
「それに……」
リューイは唇をかんだ。
「お前さえいなければ、僕が勇者になれたのに!」
「そうだな……」
リューイは攻撃の手をゆるめない。
右ストレートからの左と見せ掛けたフェイントで、蹴り。
かわす。
「お前のフェイントの入れ方、学院生時代と変わらないな。さっきの戦闘でもやっただろ」
「うるさい!」
俺は、リューイと同様に両拳を握って胸の前でかまえ、右足を後ろに引いた。
3年ぶりに、リューイと拳を交えてみたいと思った。
「学院生時代の格闘技訓練を再現しよう」
あの時は、俺が王子様のリューイに気を使い、手加減して負けた。
公開授業だったので、周囲には諸国の王族が居並んでいたのだ。
もちろん、リューイの父母、そして兄を憧れの眼差しで見つめる小さな弟も。
「今度は手加減なしだ」
「当たり前だ! あの時、手加減された俺の惨めさがお前に分かるか!? 僕のプライドを陰湿な方法でぶっ壊しやがって!」
「そうか……すまなかったな」
俺は一息をつくと、真っすぐに右拳を突き出した。
「ぐっ」
リューイが両腕で何とかガードする。
そこに、拳で連続攻撃を加える。
左左、右、左、右!
リューイは防戦一方で、必死に俺の攻撃を防いでいる。
その時、リューイが右肩が下がった。
ああ、これは、リューイの攻守切り替えの癖だ。
本当に、学院生時代から何も変わっていない……。
「くらえ!」
リューイが右ストレートを放つ。
その攻撃を読んでいた俺は、この攻撃をよけつつ、右拳できれいなカウンターをリューイの顔面に見舞った。
――ガッ!
肉と骨が潰れるような鈍い音を上げながら、リューイが吹き飛ばされた。
リューイの体は土ぼこりを上げながら、大地を二転三転し、その後、動かなくなった。
「リューイ!」
心配して駆け寄ると、その瞳はしっかりと開いていて、荒く呼吸をしていた。
よかった生きてる。
リューイの視線の先には、青い空が広がっている。
「強いな、アラン。やっぱり、お前には敵わなかった」
彼は、ひどくサッパリとした様子で話した。




