だって好きなんだもん
「いや、嘘じゃない。俺は聖剣を抜いて勇者になったんだ」
俺は右の拳で誇らしげに胸を叩いて見せた。
「た、確かに聖剣がなきゃいけねー場所に聖剣がない……」
ケイオスは、さっきまで聖剣が刺さっていた場所を見ると、分かりやすく肩を落とした。
と思ったら、パッと顔を上げて、急に高笑いを始めた。
「クッハハハハ。おっと、このケイオス様、そう簡単には騙されないぜ」
「騙す? どうして、そう思うんだ?」
「だって、アラン、お前は聖剣を持っていないじゃないか。つまりは、聖剣を抜いたのは嘘だってことだ!」
ケイオスは得意げに俺が腰の鞘に収めている剣を指さした。
「俺様は知っているぞ。その剣は、アランが2年前に砂漠の国サミリアの王から授かった剣だ」
「……確かにその通りだが、この剣を佩刀するのは今回の旅が初めてだ。どうして分かった?」
「ふっ、俺のお前に関する知識を舐めないでもらおうか!」
ケイオスが踏ん反り返るほど胸を張った。
「ご主人様。この人、ストーカーなんだね?」
「女ッ! 俺様はストーカーではない! 誇り高きアランマニアだ! しかも古参のな!」
メルの呆れた声に、ケイオスが瞬時に痛いツッコミを入れた。
アランマニアというのは、言葉通りに俺のマニアックなファンという意味だ。
生まれたときから神童で見目麗しい俺には、恥ずかしながらファンクラブがある。
会員数は1万人。
俺のファン達はアランマニアと自称し、日々俺に関する知識を深めている。
そして、ケイオスは何故か昔から俺に興味津々。
俺に関することであれば、敵である人間であっても会員同士で仲良く交流しているようだ。
「へえ、君はご主人様が好きなんだね。じゃあ、どうして、ご主人様を倒そうとするの?」
「大好きなアランたんを切り刻んで殺す。これ以上幸せな結末はないだろうが!」
ケイオスは想像しただけで興奮するという感じで打ち震えてみせた。
やっぱり、こんなサイコ野郎に負けるわけにはいかない。
聖剣を抜いたことを分からせた上で、さっさとご退席願おう。
「ケイオス、聖剣を抜いたのは本当だ。このメルの存在こそが証拠だ」
「……ちょっと意味が分かんねーな」
ケイオスが悩ましげに首を捻った。
「スキル『擬人化』を使って、聖剣を人間にした。これで意味が通じるか?」
「……ちょっと意味が」
「だから、このメルが聖剣なんだよ!聖剣が人間になって、俺たちの目の前にいるんだよ。分かったか!」
「なるほど分かったぞ!」
ケイオスが大きく頷いた。
「いや、本当はよく分からねーけど。アランが嘘をついていないってことは、お前の瞳を見れば俺には分かるよ」
そこは分からないでいてほしかった。
普通にキモイ。
「アランよ……俺は悲しいぜ。まさかお前が聖剣を抜いてしまうなんてな……」
ケイオスは深いため息をついた。
「俺が聖剣を抜くことを阻止できなかったから、魔王にお仕置きでもされるのか?」
うつむくケイオスに向かって、からかい気味に言ってやった。
ケイオスは寂しそうな顔で俺を見つめて言った。
「悲しいぜ……これでお前の死は確定だ」
ケイオスが左手の指を鳴らすと、背後の樹海から新手の魔族2人が現れた。
1人はダークエルフの女だった。
黒い長髪をなびかせ、切れ長の目で俺を見つめている。
裾の長いコートを羽織り、体のラインがはっきり分かるピッタリとした黒皮の服を身にまとっている。
というか、コートの中は半裸だ……。
巨大な乳の谷間と、むっちりとした太ももが露わになっている。
そんな変態エルフが、さらにムチを右手に持ち、妖艶にほほ笑んでいる。
もう1人は大きな獣人だった。
いわゆる人狼と呼ばれる魔族。
身長と横幅は、俺の2倍はありそうだ。
引き締まった筋肉がゆったりとした衣の上からも分かる。
こいつはダークエルフと違って、まったくの無表情だった。
新手の魔族を左右に従えたケイオスが、改めて俺を悲しそうに見つめた。
「魔王様にはこうも言われたんだよ。聖剣を抜いちまっていたら絶対に殺せ……魔将軍3人がかりでな」
ケイオスの口元が嬉しそうに歪んでいった。