水着回
――ザッブーン。
水に飛び込む音は万国共通だ。
お約束である。
岩肌から滝つぼにダイブした俺は、水中から浮上すると、そのまま反転して水に浮かんだ。
高く上がった太陽がまぶしい。
日光が水面に反射し、周囲の景色をいっそうと輝かせている。
「あー、気持ちいい」
浮力に身を任せ、仰向けにプカプカと浮く。
俺の体は、水の流れに沿って、ゆっくりと流されていく。
――フニュ。
あれ?
頭に何かが当たって、体の動きが止まった。
まだ、向こう岸までは距離があるはずなのに。
それに、岩にしては軟らかすぎる。
「おっかしいな」
俺は両手で水をかき、もう1度その何かに向かって突っ込んだ。
――フニュ。
「あんっ!」
クレンの甘ったるい声が聞こえた。
……クレン?
「もう、我が君ったらさすがです。2回目はビンゴでしたわ」
「く、クレン、どうしてここに?」
慌てて身を起こすのと、体をがっちりとつかまれるのは同時だった。
クレンに後ろから抱きつかれた体勢になる。
フニュ、フニュという軟らかい感覚が頭にまとわり付く。
「おい、こ、このフニュ、フニュはもしかして!?」
「あっ、水着を着てるから大丈夫ですよ。裸じゃありません」
「そ、そういう問題じゃないわあああ!!」
必死にクレンの手をほどき、振り返った。
目の前に、いたずらっぽく笑うクレンがいた。
「残念。逃げちゃった」
そう言うと、クレンはふっくらとした唇に人さし指を当てた。
俺の後頭部があったであろう場所には、クレンの豊かな胸があった。
さっきのフニュ、フニュは、クレンのおっ……胸の感触だったのだ。
クレンの胸は、明るい黄色の水着によって覆われていた。
だが、水着の布にはクレンの胸は収まりきらなかったようだ。
胸の上部3分の1ほどはむき出しで、深い谷間がさらに強調されている。
「水着って、かわいいですね。これはビキニというタイプなんですよ」
クレンは楽しげに、クルリと回転してみせた。
驚いたことに、胸を覆っている布は、背中は紐だけだった。
さらには、下半身は本当に僅かの布しかない。
男の子より、女の子の方が隠す場所が少ないっておかしくない?
「あっ、もしかて、私の水着姿に見とれてますぅ?」
「ち、違げーよ!」
そう言いながらも、自分の顔が真っ赤になっていることが分かった。
黄色い水着は、クレンの明るい雰囲気、栗色の髪にとてもよく似合っていた。
「女の子の裸を見る度胸はないけど、水着は平気なんですね」
クレンが挑発的な笑みを向けてきた。
少々、カチンときた。
「平気だ。元来、水着は見られも、見ても平気なためにあると聞いている」
俺はあえてクレンから目を離さないようにした。
「じゃあ……」
クレンが右手で栗色の髪を後ろにかき分けた。
かわいらしい耳が露わになる。
「私で練習しましょう」
クレンが蠱惑的な笑みを浮かべた。
「練習?」
「メルさんと結婚した後の練習です」
「結婚した後?」
「もうっ! じっれたいですね」
クレンはそう言うと、水をかき分け、ゆっくりと俺に近づいてきた。
そして、俺の首に両手を回した。
「こうやって、ギュッとして」
完全に抱きつかれた。
クレンの豊かな胸の感触が、水着越しに俺の体に伝わってくる。
周囲は水で冷たいはずなのに、クレンと接している所だけは温かい。
「水着を着てるから平気でしょ?」
「お、おう」
本当は恥ずかしさで限界だったのだが、ここで振り払うとまた臆病者と言われそうなので耐える。
クレンの顔が俺の顔の横へ移動した。
ふっくらとした唇が俺の耳元で開かれる。
「じゃあ、練習を始めますね」
俺の首にあったクレンの両手がゆっくりとほどかれていく。
そして、クレンの手は水面を越え、水中を通り、俺の下半身に……。
「てええええええ! お前、何やっとんのじゃああああ!!」
慌てて、両手を突き出してクレンを押し、2人の間に距離を取った。
「あら? 水着越しなら平気なのでは?」
クレンが口惜しそうに、右の人さし指を唇に咥えた。
「平気じゃないわ! ていうか、最後の方は水着とか関係なかったわ!」
「うーん。でも、昨日の浴場では、もっと間近で見ましたよ」
「はい?」
おい、この変態、下ネタ女はいったい何を言っているんだ?
「我が君が気を失った後、もう全部まるっと学術的に我が君のドラゴンを観察しました」
「おい、こらてめめめええええ!! なにしてくれとんのじゃああああ!!」
恥ずかしい! もう、死んじゃいたいぐらいに恥ずかしい!
今朝、朝食前に3人に会った時の、あの妙に思わせぶりな笑顔の訳はこれか!
かわいそうな俺をいたわる笑顔か、あれは!
「もうっ、そんなに恥ずかしがらなくても。お触りはなしでしたし、メルさんとキョウさんは見ていませんよ」
「なら、安心……って、なるかボケええええ!」
ダメだ。
やはり、クレンと1対1でやりあうと、俺の尊厳に関わる。
「水浴びはやめだ」
「え~、残念ですぅ」
頬を膨らませるクレンを放っておいて、最初に飛び込んだ岸まで泳いで戻った。
岸に手をついて、「よいしょ」と身を上げようとした。
すると、
――ペシ。
乾いた音とともに、俺の顔面に何かが張り付き、俺の行動を止めた。
俺は上半身だけ岸に乗りだした中途半端な体勢になる。
そのまま瞳だけを動かして周囲を見て、状態を理解した。
岸にはキョウがいた。
はだしの右足で俺の顔面を踏み付けているのだ。
キョウは黒い水着を着ていた。
ビキニとは違って、上半身と下半身がつながったワンピースタイプ。
そして、キョウの隣にはメルがいた。
メルは白いビキニを着ていた。
均整の取れた四肢が美しく伸び、陽光を受けてさらに輝いている。
メルのいる場所だけ、光度が上がっているように感じる。
「おい、こら」
キョウのイラついた声に、慌てて視線をキョウに戻した。
「随分とお楽しみだったな」
クレンとのやり取りを、がっつり見られたようだ。
「あれか、昨日、メルに言った言葉はウソか?」
キョウが右足をグリグリとした。
地味に痛い。
「……いや、嘘じゃないです」
「わ~、ご主人様、ありがとう」
メルがぴょんぴょんと跳びはねながら、俺に手を振った。
よかった。怒ってはいないようだ。
「ほう、ではクレンは遊びか」
キョウの質問に俺が答える前に、クレンがキョウに向かっていたって普通に話し掛けた。
「あっ、私は側室兼愛人兼妾なので。我が君とメルさんのそばに一緒にいられればそれでいいんです」
「……だ、そうです」
「へえ……」
キョウは俺の顔を足の裏でペシペシと叩き始めた。
「メルがお嫁さんで、クレンは変態同居人としよう……じゃあ、余はなんだ?」
キョウの足の動きが止まった。
「えーと、えーと」
俺は脳内で必死に想像力を膨らませた。
我が家があったとしてメルがいて、仮にクレンもいるとしよう。
残るキョウの存在は……。
「ペット?」
キョウが右足をどけた。
にっこりとほほ笑む黒髪ツインテールの美少女。
つられて俺も笑う。
しかし、彼女は大きく右足を振りかぶった。
「冥府まで飛んでけ!!」
高速で振り抜かれたキョウの足は避けようがなかった。
キョウの蹴りは、俺の左あごにクリーンヒット!!
その凄まじい勢いで、俺の体は空中に吹き飛ばされた。
激しい痛みと、全身で風を切る感覚を最後に意識が途絶えた。
「……様。勇者様!」
「はっ」
気付くと、目の前に心配げなガイナー王子の顔があった。
「良かった。気付かれたのですね」
「こ、ここは?」
「中庭です」
見渡すと、ガイナー王子と稽古をしていた場所だった。
ガイナー王子は稽古後に俺と別れた後、結局風呂に行かずに居残りで自主練をしていたのだという。
「そうしたら、急に勇者様が空から降ってきて。しかも気絶していて驚きました」
「面目ないです……わっ、はっあああ!」
俺は慌てて両手で自分の下半身を隠した。
着ていたはずの水着を穿いていなかったのだ。
空にぶっ飛ばされた勢いで、途中で脱げたようだ。
「本当に申し訳ない」
いろいろな意味で土下座して謝罪した。
「とんでもない。顔を上げてください」
顔を上げると、なぜか誇らしげな王子様の顔があった。
「全裸の勇者様を介抱したことは一生の誇りです。末代まで語り継ぎます!」
本当につらい。




