次回、水着回
「はっ」
目が覚めると、そこは自分にあてがわれた部屋だった。
絹の部屋着を羽織ってベッドで横になっている。
体の上には絹の掛け布団。
「お目覚めですか」
上品なノックの音とともにメイドさんが入ってきた。
メイドさんが部屋のカーテンを開けてくれると、眩しい日光が差し込んだ。
時間は早朝のようだ。
「あの……聞きたいことがあるのですが」
恥を忍んで俺がこの部屋にいる経緯を聞いた。
メイドさんによると、昨日の夕方に大浴場の清掃に入った使用人のおじさんたちが浴室に倒れている俺を発見。
みんなで俺を介抱して、服を着せ、この部屋まで連れてきてくれたそうだ。
「ご迷惑を掛けました……」
「いいえ、とんでもない。のぼせた勇者様を助けるぞって、みんな喜び勇んでましたよ」
「面目ない……」
朝食まで時間があるというので、使用人の皆さんの部屋の場所を聞いて、そこへ謝罪に訪れた。
「ありがとうございました」
深く頭を下げると、使用人のおっちゃんたちはみんな恐縮してくれた。
「わざわざこんな所まで来てくださった上に、頭を下げてもらうなんて、もったいないです」
「気にしないでください。むしろ、勇者様でものぼせるんだ、俺たちと同じ人間なんだなって親近感が湧きました」
「全裸で倒れていた勇者様を介抱したことは誇りです。末代まで語り継ぎます」
それは、つらい。
朝食の会場に向かう途中で、メルとクレン、キョウにばったり出会った。
と同時に、昨日の浴場での出来事を唐突に思い出す。
クレンとキョウに怒られ、メルと気まずい雰囲気になるのではと心配したが、杞憂だった。
3人娘は俺に向かって「おはよう」とニコリとほほ笑んだ。
そして、いつも通りにメルとクレンが俺の腕を取り、キョウが肩に上ってきた。
安心すると同時に、3人の笑顔の裏に何か示し合わせてかのような気配を感じた。
だが、それを追及するとやぶ蛇になりそうだったので、やめておいた。
リューイと弟君、妹君たちと一緒に豪華な朝食をいただいた後、少々の休憩時間を挟んでから俺は王宮の中庭に出た。
弟君のガイナー王子たっての希望で、彼に剣の稽古をつけることになったのだ。
空は雲一つない青天で、今日は暑くなりそうだった。
ガイナー王子は稽古用の防具に、木剣を持って直立不動で俺を待っていた。
用意されていた防具を俺も着けて、木剣を手に取る。
中庭は王族のプライベート空間ということで、稽古の観衆は5歳と7歳と9歳の妹君たちのみだ。
ガイナー王子の実力をみるために、まずは実戦形式の稽古から。
妹君たちは「お兄さま頑張れ」「勇者様、負けるな」などとはしゃいでいる。
お互いに礼をした後、
「全力でかかって来なさい」
と俺が告げて稽古が始まった。
ガイナー王子の剣筋はなかなか良かった。
初太刀の踏み込みの勢いが特にいい。
そして、攻守切り替えの癖や、フェイントの掛け方はリューイとそっくりだった。
血筋ってやつかな。
ちなみに、俺は利き腕ではない左手のみで木剣を持って、ガイナー王子の攻撃を軽くあしらった。
おまけに、半径50センチ以内から動かないハンデをあげた。
「くっ、当たらない」
「いや、これだけ打ち込めれば十分ですよ」
なんて会話を挟みつつ、10分弱で実戦形式の稽古は終了。
当然のことながら、ガイナー王子の木剣は一太刀も俺に当たらなかった。
「はあ、はあ、やっぱり、凄い。さすが勇者様です」
ガイナー王子は額に浮かぶ玉のような汗をぬぐいながら、爽やかに笑った。
歯が光った。
これも血筋だなあ。
「14歳でここまでの腕前とはお見事です。将来は兄上を支える立派な竜騎士になれますよ」
これはお世辞ではなく、本音だった。
俺は汗一つかいていない額をぬぐって、笑ってみた。
多分、歯は光らなかったと思う。
それでも、妹君たちが俺に向かって黄色い声を上げた。
「わー、アラン様、かっこいい」
「近衛団長と互角のお兄さまの剣が当たらなかったわ」
「これが勇者様の力なのね」
3人とも目を輝かせて、俺を見ている。
ふっ、いずれどこかの超大国に嫁ぐ未来のお妃様たちに、俺の素晴らしい記憶を植え込んでおくのは悪いことではない。
俺の将来の安定の糧になるからな!
その後、実戦形式で気付いた改善点を、ガイナー王子に手取り足取りみっちり教えた。
さらには、3人の妹君たちにせがまれたので、演武を披露してさしあげた。
キャー、キャーと騒がれたので、全属性の上位魔法も見せた。
ワー、凄い、と喜ばれたので、スキル「飛翔」とか「身体強化」とか派手めなスキルを発動してあげた。
結果、けっこう疲れた。
そして、けっこう汗をかいた。
満足げに王宮に戻っていく妹君たちの背中を見ながら、
「では、稽古はこの辺で」
とガイナー王子に伝える。
「ありがとうございました。勇者様」
ガイナー王子は、王子様のくせに俺に向かって深々と頭を下げた。
これも血筋から来る性格の良さかな。
「一緒に風呂に入って、汗を流しませんか? 冒険の話とか聞きたいですし」
さらには、くったくのない笑顔で誘われた。
魅力的な提案だったが、丁重にお断りした。
またメルたちが乱入してきたら、彼女たちからお年頃の弟君を守り切る自信がない。
特にクレンから。
「しかし、汗をかいてらっしゃますよ」
「軽く水浴びでもして流します」
「ああ、それでしたら、良い場所があります」
ガイナー王子によると、王宮の裏の山肌から落ちる滝があるという。
その滝つぼは広いうえに比較的浅く、流れが穏やかなので、水浴びにはもってこいの場所だという。
「めったに人が立ち入らない場所なのでご安心を。それに、もし誰か来ても……」
「来ても?」
「勇者様は水着という衣をご存じですか?」
知らなかったのだが、水浴びの時に人に見られては恥ずかしい場所を隠す専用の服がベルドにはあるという。
「メイドに申し付けていただければ、水着は用意できますよ」
ということで、水着という名の半ズボンを穿いて、滝つぼで水浴びをすることにした。
水着か……初めての体験だ。
久々にはしゃぐか。




