次回、お風呂回
ラッパの音と大陸最強の竜騎士団に見送られつつ、俺たちは分厚い城壁を通過した。
城壁の中に入ると、白亜の巨城があらわになった。
険しい山肌を背に、威厳のあるたたずまいを見せている。
城壁から城へと続く大通りは、驚いたことに群衆で埋まっていた。
「勇者アラン様、ようこそ!」
「竜騎士の国へようこそ!」
「アラン様、こっち向いて!」
ベルドの国民たちが口々に歓迎の言葉を口にし、頭上を行く俺たちに向かって手を振っている。
建物の窓から身を乗り出した人たちは、白い紙吹雪をこれでもかと大量に空に撒く。
紙吹雪は風に巻き上げられ、空を白く染めた。
「すごい歓迎だ」
俺は王都の皆さんに向かって笑顔で手を振りながら、かなり恐縮していた。
リューイが国賓と言ったのは俺をかごに乗せる方便ではなく、本当だったらしい。
メルたちはできるだけ多くの人たちに向かって手を振り返そうと、かごの中を行ったり来たりしている。
そのうち、キョウが「ええい、見えぬ!」と怒りながら、俺の背中によじ登ってきた。
結果、大群衆の面前で肩車である。
おかげで、大通りの途中からは歓迎の声に交じって戸惑いの声が群衆から上がった。
「勇者様は子持ちだったのか!?」
「アラン様って未婚よね!?」
「隠し子かしら?」
俺はそれでも努めて笑顔を保ち、手を振り続けた。
勇者の務めはやはり大変である。
大通りを過ぎると、リューイが率いるドラゴン隊は城の正門をも飛び越えた。
そして、王宮の直下にある広場にゆっくりと降下した。
かごから降りた俺たちを出迎えたのは、なんと王族の皆さんだった。
正装でかしこまったリューイの14歳の弟君と3人の小さな妹君たちが俺たちの前に並んだ。
みんなリューイに似て、金髪青眼の美しい王子様と王女様たちだ。
そんな王族の皆さんの前にかしずいて、一人一人の手を取り、儀礼通りのあいさつを交わそうとしたのだが……。
「ああ、そういうのはいいよ」
とリューイがくだけた様子で手を振った。
「それより、握手をしてやってくれ。その方がこの子たちが喜ぶ。みんなアランのファンなんだ」
という第1王子の一言によって、弟君と妹君を相手に普通の人と同様のあいさつを交わした。
さすがにマズいかなとも思ったが、メルやクレンはともかく、キョウが礼節を尽くしたあいさつができる訳がないので結果的に助かった。
あと、弟君と妹君たちからキラキラとした純粋な瞳で見つめられた。
うん、みんないい子たちだな。
広場の周囲や王宮内は、純白の軍服を着た近衛兵たちによって厳重に警備されていた。
こういう光景を見ると、本来リューイは平民の俺なんかが気軽に話ができる人物ではないと思い知らされる。
勇者育成学院の方針は、学院生は出自も身分も不問、皆平等だった。
今にして思えば、リューイのような超エリートがその方針を飲み、よくもまあ俺たちと肩を並べて生活していたものだと思う。
その後、俺たちは玉座の間に通されたのだが、リューイの父である国王の姿はなかった。
先月から体調を崩し、床に伏せっているのだという。
命に別状はないが、公務はひかえてる。
確か、リューイの母親はすでに亡くなっているはずだ。
「つまり、今は国の政はリューイが司っているのかい?」
「そうなんだ。まあ、重臣たちの手を借りながらだけどね」
19歳にして一国を任せられるとは、王子様も大変だ。
しかし、国王が病気となると、例の「竜の牙」の一件を相談するのはリューイに限られた。
メルとクレン、キョウが応接室でメイドさんたちによる接待、つまりはお菓子攻めを堪能している間に、俺は別室でリューイと話し込んだ。
オアシス都市での魔王軍との攻防、そして、幽魔将軍ジークが5千体のスケルトンに5千個もの「竜の牙」を仕込んでいたことを説明。
魔王軍と竜族が組織的につながっている可能性を指摘した。
「5千個もの竜の牙が魔王軍の手に……」
リューイは俺の話を聞き終わると、深刻な顔つきで腕を組んだ。
「断っておくが、我が竜騎士団では、死んだドラゴンは全て火葬すると決めている。だから……」
「ああ、分かってる」
俺はあえてリューイの話を遮った。
ベルド竜騎士団を疑っている訳ではないのだから、リューイが弁明する必要はない。
「俺は竜族6属性のうちのいずれかの属性のみが、魔王軍とつながっていると疑っている」
「魔王軍と近しい属性と言えば、闇と毒か……あとは戦闘狂いの炎もありえるな」
リューイは竜騎士団の情報網を生かし、竜族の動向を探ってくれると約束してくれた。
「アラン、長旅で疲れただろう。情報がそろうまで、城内でゆっくりしていってくれ」
リューイのお言葉に甘え、俺とメル、クレン、キョウは城内にしばらく逗留することになった。
それぞれに豪華な部屋があてがわれ、高級な絹の部屋着まで贈られた。
俺は自室に旅の道具を置くと、ようやく一息をついた。
思えば、メルたちと離れて1人になるのは随分と久しぶりだ。
「さて、お城に泊まった時のお楽しみに行くか」
俺は勇者になる前に諸国をめぐる冒険をしていた。
旅の途中、国王や君主らから城に招かれ、宿泊させてもらった時に楽しみにしていたことがある。
それは、客をもてなすデカい風呂だ。
なぜか、この大陸では、どの城にも決まって大浴場と露天風呂があるのだ。
王族の間で風呂が流行った時代があったらしい。
部屋に案内してくれたメイドさんによると、この城にも大浴場があるという。
使わせてほしいと頼むと、客専用の風呂がすでに沸いているので「ご自由にどうぞ」とのことだった。
「早速、ベルドの風呂にゆっくり漬からせてもらうか」
俺は絹の部屋着に着替えると、鼻歌交じりで浴場へと急いだ。
風呂、楽しみだな。




