竜騎士の国
聖都クリシュから竜騎士の国ベルドの王都までの日程は徒歩で1週間ほど。
広大な大陸においては目と鼻の距離と言える。
ベルドは元々、聖都を守護する竜騎士団が独立して建国したので、距離が近い。
俺とメル、クレン、キョウの一行は、王都まであと半日ほどの距離まで来ていた。
ベルドの王都は、河岸段丘の急傾斜を生かした天然の要塞だ。
そのため、王都に至る道は今朝からはずっと坂道で、歩くのが結構しんどくなっていた。
「ほら王都が見えてきたよ! ご主人様、早く、早く行こう!」
ベルドの王都の特徴である真っ白な城壁が遠くに見えると、メルは俺の左腕をグイグイと引っ張った。
ここまでの旅で3人娘は、ずっと俺にまとわり付きはしなかった。
1人ずつ30分交代の約束を守ったり、守らなかったり、3人ともくっついてきたり。
その時々の気分で付いたり離れたりで、3人でおしゃべりに夢中な時は俺がどんどん先に行ってしまうこともあった。
今は、メルが俺の左腕を取って歩き、俺たちの後ろにクレンとキョウが続いている。
「メル、速く行くのはいいが、あまり急ぐとクレンが付いてこれないぞ」
俺は後ろを振り返って、白いミニスカ修道服のクレンを見た。
坂道に入ってから、クレンは「ハア、ハア、ゼエ、ゼエ」と呼吸が乱れ気味だった。
「クレン、大丈夫か。苦しいのか?」
そうを声を掛けると、クレンは意外そうな顔で俺を見た。
「いや全然ですけど」
けろりと平然とした顔つきだ。
「あれ? だって、さっきから呼吸音が乱れてるじゃないか」
「これは呼吸音と吐息、あえぎ声の比較実験です」
クレンがドヤ顔で大きな胸を張った。
くそっ、心配して損した。
「なるほど、我が君は私の嬌声に興奮したのですね」
「してねーよ」
「またまた、恥ずかしがり屋さんなんだから」
そう言うと、クレンは嬉しそうに俺の右手を取って歩き出した。
しまった。
余計な気を使ったばかりに、俺の自由が一つ奪われてしまった。
「おい、アラン。余のことも心配しろ」
後頭部に不機嫌そうなキョウの声が降り掛かった。
「でも、キョウは疲れようがないだろ」
俺は首だけをちょっと後ろにひねって、馬上にいる黒い軍服の少女を見やった。
そう馬上だ。
キョウは聖都を出立した翌日から、俺に肩車される以外は馬に乗っている。
いや、乗っているというのは正確ではない。
真っ黒なバカでかい馬の背に付けた輿に寝そべっている。
「寝ながら旅ができていいご身分だな」
「ふっ、いいだろ。変わってやらないからな」
俺の皮肉を皮肉と取らず、キョウは褒められた勘違いしてほくそ笑んだ。
「余が楽をできるのは黒王号のおかげだ。偉いぞ」
キョウがそう馬に声を掛けると、真っ黒なデカい馬は返事をするかのように「ブフゥ」と鳴いた。
この黒王という名前の馬は、キョウが歩きたくないというだけの理由で冥界から召喚した馬だ。
死ぬ前は世紀末覇者という派手な名の英雄の馬だったらしいが、俺はそんな名の英雄は知らない。
黒王は、召喚主のキョウ以外にもメルとクレンを輿に乗せ、この旅を支えてくれた。
その点は感謝しているが、ムカつくのは俺が輿に乗ることを断固拒否することだ。
ていうか、近寄ろうとすると噛みつこうとしたり、蹴ろうとしてくる。
キョウ曰く「己の主人と認めた豪傑しか背に乗せない名馬」らしい。
勇者で神の子で剣聖で大賢者の俺を認めないって、前世はどんだけ修羅の国で生きてたんだよ!
「しかし、そろそろ輿も飽きたな……」
そう言ってキョウが腰を上げた。
首にピンチを感じた俺はすかさずにキョウを褒める。
「キョウは輿に乗れていいなあ! あー、うらやましい!」
「そ、そうだろう。う、うらやましいだろう!」
キョウはそそくさと再び腰を下ろした。
最近になってキョウの扱い方が上手くなっている俺はやはり天才だと思う。
そんな悦に入っていると、メルが空に向かって指を差した。
「ドラゴンがいるよ!」
遠くの青空に白いドラゴンが飛んでいた。
目測で馬10頭分ほどの大きさ。
おそらく下位竜。
徐々にこちらに近づいてきている。
白い鱗が陽光を反射し、輝いている。
「初めて見ましたが、美しい生き物ですね」
隣でクレンが感嘆した。
「余はもっと近くで見たい」
キョウのそんな声とともに、俺の首と肩に重みが加わった。
黒王号の背から俺の肩に飛び移ったのだ。
途端、主人を乗せる役目を終えた黒王号の気配が消える。
冥界に戻ったようだ。
「おー、あれが生きているドラゴンか。初めて見たぞ」
興奮したキョウが俺の頭をポカポカと叩いた。
俺はスキル千里眼でドラゴンを間近に見てみた。
この国の空を飛ぶドラゴンならきっと……。
予想通り、ドラゴンは口にあぶみをくわえ、その背に鞍を載せていた。
鞍には白い鎧を着た人物がいる。
――竜騎士だ。
その竜騎士の顔は、俺がよく見知った男のそれだった。
あの頃と変わらない壮絶に爽やかな笑顔で、俺に向かって手を振っている。
「俺が『千里眼』で見ていることに気付いてる。さすがだ」
あっと言う間にドラゴンは俺たちの上空に達していた。
そして、その荘厳さと壮大さを見せつけるかのように、上空を何度も旋回しながら徐々に高度を下げていく。
通常の肉眼でも竜騎士の表情が見える距離になった。
竜騎士の男はメルたちにも向かって、イケメンな笑顔で大きく手を振った。
メルとクレン、キョウがそれに応じて「お~い」と手を振り返す。
「ご主人様、あの人のこと知ってるの?」
「ああ、リューイ・アルクシュ・ベルド。この国の第1王子だ」
「王子様なんだ」
「そして、勇者育成学院の次席卒、希望の7人の1人だ」
「じゃあ、ご主人様のお友達だね!」
メルが嬉しそうにほほ笑んだ。
友達か……まあ、友達っちゃあ友達だな。
なんて感傷にひたる暇はなかった。
リューイが操る竜が、俺たちの目の前にフワリと優雅に着陸した。




