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正しい旅立ち

「キョウさん! もう30分たっていますよ」

「そうだよ~、次はメルの番だよ~」

「お主たちは余に歩けというのか? それは死ねという意味か?」


 徒歩で進む俺の周りが騒がしい。


「3人で話し合って、我が君に寄り添うのは1人30分ずつで交代って決めたじゃないですか!」

「ねえ~、次はメルの番だよ~」  

「しかし、アランの肩車から降りたら、余は歩かねばならぬではないか」


 ぜひ歩いてくれ。

 そろそろ首が痛いし。


「そんなに歩くのが嫌なら、旅について来なければよかったんです!」

「もう~、次はメルの番だよ~」

「ぬっ、お主ら、こんなにかわいい余を置いてけぼりにする腹か! さては、お主ら鬼畜だな!?」


 聖都クリシュの大聖堂から徒歩で旅立ってわずか30分。

 旅を共にするメル、クレン、キョウの会話がいっそうにかしましくなった。

 

 すでに聖都を出て、草原を突き抜ける道を歩いてるので周囲にいる人の数はめっきり減っている。

 それでも、時々行き交う巡礼者や馬車を操る御者が、騒がしい俺たちに向かって眉をひそめた。

 ふっ、悲しいかな、その好奇と不愉快そうな視線にはもう慣れた。 


 3人が何に騒いでいるのかというと、俺にくっつく順番をめぐって争っているのだ。

 旅立ちの前に、左腕にメル、右腕にクレン、首にキョウをくっつけたまま街にでるのは嫌だと俺は壮大にごねた。

 それはもう、ヒルダさんが「ウザっ」と引くぐらいにごねた。

 結果、俺にくっついて行動できるのは1人までとなり、その役は30分交代と決まった。


 最初は子どものキョウからと決まったので、俺はキョウを肩車して旅立った。

 しかし、肩の上の狂犬は、30分たっても一向に降りようとはせず、クレンとメルが文句を言い始めたのだ。


「きちくとは何ですか! 私のちく●は黄色じゃありません! きれいなピンク色です!」

 そういう意味じゃねーよ。

「え~とね、次はメルの番だよ~」

 語彙ごい力。

「よし分かった。お主たちのいずれかが余をおんぶすればよいのだ。どうだ、素晴らしい解決策だろ」

 いや、歩けよ。

 

「おんぶ? 次はメルさんが我が君を独占する番ですから、おんぶするのは私?」

 あっ、おんぶするんだ。

「わ~い、メルの番だよ」

 安定の語彙ごい力。

「よし。クレンがおんぶしてくれるなら、降りてやろう。アラン、止まれ!」


 キョウが馬を止める時のように俺の体をポンっと蹴った。

 少々、ムカついたが黙って言われたとおりにする。

 なぜならば、旅立ちの時から虎視眈々(たんたん)と狙っていた瞬間が遂に訪れたからだ。


「しゃがめ、アラン。余が降りられぬではないか」

「へいへい」


 これも言われるがままに従ってやった。

 首と肩に感じていたキョウの温もりと重みがフワッと消えた。

 キョウが俺の肩から降りたのだ。


 この瞬間を待っていたぜ!


「スキル『飛翔』!!!!」


 俺がそう叫んだ途端、俺の体はハヤブサのごとく猛スピードで空中へと飛び上がった。  

 かしましい3娘は大地に取り残され、あっと言う間に小さくなっていく。 


 このまま1人で竜騎士の国ベルドまでひとっ飛びする!

 スキル「飛翔」はクレンとキョウを連れては発動できないので、この機を待っていたのだ。  

 3人には悪いが今回は俺1人で行かせてもらう!


「ぬはははははは!!!」


 高笑いを上げながら、我が身が空気を切り裂いていく感覚に身を任せる……。

 そうまるで矢のごとく空を突き抜けていく感じ……。

 

 あれ? おかしいな?

 飛んでる感覚がなくなった。


 落ち着いて周囲を見ると、眼下の景色は後方に吹き飛ぶことなく、俺の周囲で固まっている。

 つまり、俺は空に浮いてはいるが、動いていないことになる。


「あれ? 何だこの感覚……」

 何かに足をつかまれているような気がする。


 振り返って足元を見た俺は一瞬で背筋が凍り付いた。

 巨大な手が俺の両足をがっちりと握っていた。

 

 しかもその手は、腐ったどぶ川みたいな色をしていて、肉がどろどろと溶け出していた。

 腐敗臭を上げながら、シューシューと薄気味悪い音を立てながら、肉が大地にこぼれ落ちていく。


「気持ち悪りいいいいい!!」

 

 そう絶叫すると同時に、腐敗した巨大な手がもの凄い力で俺を引っ張った。

 スキル「飛翔」ごときではあらがえない力。

 これほどの力を、俺は今までに感じたことはない。

 

 ――圧倒的な恐怖。


 本能が抵抗を拒否するほどの力が俺を襲っている。

 そして、俺の体は 


 ――ペッシン!


 そんな乾いた音を立てながら、腐敗する手によって大地に叩きつけられた。

 飛翔するハエが、ハエたたきによってたたき落とされたみたいな感じだ。


「痛ってえ……」

 顔面をしたたかに打った俺が立ち上がって振り返ると、そこには腐敗する巨大な手はなかった。

 

 代わりに、大地に置いてけぼりにしたはずの3人娘が立っていた。


「わ~、お帰りご主人様!」

 メルが銀髪をなびかせて俺の左腕に飛び付いた。

「メル、お空についていかないで、ちゃんと3人で待ってたよ」

 ああ、そうか、君はどこでも付いて来れるんだったね。


「我が君が突然にいなくなるから、思わず大地を腐らせてしまいました」

 クレンが栗色の髪を揺らして俺の右腕に抱きついた。

「でも、戻ってきてくれたから、ちゃんと元に戻しましたわ」

 ああ、そうか、君はそういう性癖があるんだったね。

 巨大な手を覆っていたのは腐った大地だったんだな。


「余の視界から勝手に消えるとは許せん」

 キョウが黒いツインテールを怒らせて、俺の首に飛び乗ってきた。

「ムカつきすぎて、冥府の王を呼び出してしまったぞ」

 へえ、あの手は、冥王だったんですか……。


「ぎゃあああああああああ!!! 冥王に触られたあああああ!!!」

 発狂寸前のおぞましさが全身を覆った。

「最低で死ぬ。最低以下で永久に呪われる!! 人生終わったあああ!!」

 言い伝えでは、冥王の姿を見た者は、目が腐り、肉が焼かれ、骨は蒸発し、魂は永遠にさまようとされている。


「あー、そういうのは迷信だ。おっさんはもう冥界に帰ったし、大丈夫だぞ」

 頭の上からキョウの楽しげな声が降ってきた。

 どうやら、恐れおののいている俺の姿がお気に召したようだ。


「でも、今度、余の前から勝手に消えたら、おっさんに頼んでこの世界をつぶすからな」

 キョウの声が一気に暗転した。

 マジでやりかねないので怖い。


「キョウさん。冥王様に頼まなくても大丈夫ですよ。その前に私が世界を爆破しますから」

 クレンが朗らかにすごいことを言った。

 あっ、これはマジでやるやつだわ。


「よし、じゃあ、4人そろって出発だ!」

 メルが張り切って左腕を上げた。

『おー』

 クレンとキョウがそれに応じて楽しげに右手を上げる。


「ご主人様も一緒に!」

 俺もメルに促されて、「お~」と弱々しく声を出した。


 結局、その日は左腕をメル、右腕をクレンにつかまれ、キョウを肩車したまま次の街まで歩く羽目になった。

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