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それぞれのポジション

 1羽のハトが聖都クリシュの大聖堂に飛び込んできた。

 ハトは大聖堂のドーム型天井を3回周回すると、祭壇の前にいたヒルダさんの腕へと降り立った。

「ミヤサからの情報だ」 


 ヒルダさんはハトの足にくくりつけられた筒から丸められた紙を取り出し、俺たちと向き合った。

 大聖堂にはヒルダさん以外には、俺とメル、クレン、キョウしかいない。

 勇者への大地母神の加護を願う祈りが先ほどまで行われていたので、他の参拝者はいなかった。


「5千本もの竜の牙の出どころを探るように伝えたんだが、果たして、どんな結果かな」

 ヒルダさんは紙を開くと、おもむろに読み始めた。

 

 それと同時にヒルダさんの腕からハトが飛び立つ。

 すると、そのハトを追いかけてメルとクレン、キョウが「わーい」と走って外に出て行ってしまった。

 お前ら自由だな。

 で、ヒルダさんも怒らないんですね。

 

 俺はミアサの調査結果が気になったので、その場に残った。

 ていうか、流れ的にそれが普通だ。

 

 竜の牙は、オアシス都市バクラで俺たちを襲った幽魔将軍ジークが、5千体のスケルトンに仕込んでいたアイテムだ。

 その力で竜牙兵となったスケルトンは1体で戦闘力99の力を得ていた。

 

 これは普通のスケルトンの戦闘力の3倍に当たる。

 それほどにドラゴンの力は凄い。


 バクラの一件で問題になったのは、竜の牙はめったに手に入らないレアなアイテムということだ。

 いくら魔将軍といえども、竜の牙を5千個も確保できるとは思えない。

 

「魔王軍と竜族がつながっている可能性があるそうだ」


 ヒルダさんは険しい顔で手紙から顔を上げた。

 竜族っていうのは、ドラゴンを一括りにした総称だ。

 竜王を筆頭に、上位竜、中位竜、下位竜、それ以下のワイバーンなどで構成されている。

 

「つながるって……竜族を束ねる竜王はいないじゃないですか」

 俺は当たり前の疑問を口にした。


 すべての竜族を統べる竜王の血族は、2千前の大戦で途絶えており、それ以降はドラゴンたちは1匹1匹が勝手気ままに生きている。

 人間と共生する竜もいれば、孤高に徹してダンジョンの奥に潜んでいる奴もいるし、それこそ千差万別だ。

 この2千年間でドラゴンたちが結束して何か行動を起こしたことは一度もない。

 

 プライドが高いドラゴンたちは、それぞれの属性の上位クラスの言うことしか聞かない。

 竜の属性は光、闇、炎、水、風、毒の六つがあり、それぞれにいがみ合っているのでまとまりはない。


 つまり、竜王がいなければ、竜族が組織だって行動する訳はないのだ。

 ましては、魔王軍とつながるなどあり得ない。


「アランにしては真っ当な指摘だな」

 ヒルダさんが俺を見てニヤリとした。

 あっ、これはパシリに使うときの笑みだ。


「お前の指摘が正しいかどうか、ちょっと調査してきてくれ」

 ヒルダさんは、ちょっとあんパン買ってこいやって感じであごで指図した。


 魔王軍と竜族のつながりを調べる任務か。

 確かに、これは勇者にして神の子である俺にしかできないが……。


「でもなあ……」

 ため息をついた俺に向かって、ヒルダさんが説教めいた口調で話し出した。

「もし魔王軍と竜族のつながりが本当だったら、人類にとってこれ以上の脅威はない」


「まあ、そうですね」

「脅威の芽は摘むのは勇者の仕事だろ」


「それは、そうなんですが……」

「なんだ、乗り気じゃねーのかよ」

 ヒルダさんは苛立たしげにつま先を上げ下げしている。


「竜族の情報が一番集まるのは、人間の国なら竜騎士の国ベルドしかない。お前も知ってる国だからちょうどいいだろ」

「行くのはいいです。調査するのも喜んでやりますよ」

「じゃあ、何が嫌なんだよ」

 

 ヒルダさんのいらいらが眉間のしわに刻まれてきたので、そろそろ本題を切り出すことにする。 

 その前に、俺は周囲を用心深くうかがった。

 よし、いない。 


「ヒルダさん。今回の任務は俺1人で行かせてください」

「1人? メルちゃんとクレンちゃん、それにキョウちゃんは連れてかねーのかよ」

 ヒルダさんは驚いたように口を開いた。

「砂漠の旅では3人とも大活躍だったんだろ? 今回も連れて行った方がいい」


「いや、俺1人の方が動きやすいんですよ」

「どういう意味だ?」


「実はですね……」

 と、ヒルダさん事実を告げようとしたところで、やっかいな3人娘が戻ってきてしまった。

 3人とも俺の背後から走り寄ってくる。


「ご主人様~、ハトさん、とおーくに行っちゃったよ」

 メルがニコニコの笑顔で俺の左腕に抱きついた。


「我が君! 男子諸君が興奮するハト胸っていかほどかと思いましたが、私ほどではありませんでした!」

 なぜか興奮気味のクレンがハアハア言いながら俺の右腕にしなだれかかった。


「アラン、ハトは目が気持ち悪くて良いな。余はハトを所望するぞ」

 キョウは軽やかにジャンプすると、俺の首にまたがった。

 これは、いわゆる肩車だ。

 左腕と右腕が先客に取られていたので、空いている首にまたがることにしたそうだ。

 どんな理由だよ!


 結果、俺は左にメル、右にクレン、首にキョウを抱えて立つ羽目になった。

 というか、食事とか礼拝とか以外の移動の時になると、最近は常にこの状態が当たり前になっている。

 キョウが子どもで体格が小さいので、俺はまだそれでも動けるのだが、この状態では絶対に戦えない。

 というか、人に見られたら恥ずかしい!


「ヒルダさん! この状態で俺にベルドまで行けと?」

「確かに、すげー動きづらそうだな……」

 さすがのヒルダさんも苦笑している。


「ですよね! じゃあ、俺1人で任務に行ってもいいですよね!」

「いや、そのまま行け」

 破顔しかけた俺の顔が凍り付いた。


「じょ、冗談ですよね?」

「3人とも連れてけ。これ命令な」


「それに背くとどうなるんっすか」

「しばく!」

「はう……」

 

 俺の左側では「わーい、旅行だ旅行だ」とメルが跳びはねた。

 右側では、クレンが「スケスケの寝間着を用意しますわ。あっ、もちろん我が君が着るやつですよ」とよだれをぬぐっている。

 頭上では、キョウが「かわいい子には旅をさせろってやつだな。やはり余はかわいい」などと満足げに笑っている。


 三者三様の浮かれ模様が展開されたる真っただ中で、俺は壮大にうなだれていた。

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