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だんな様

 ――どうしてこうなった? 


 俺は目の前に展開される異常事態に血の気が引いていた。

 城のように巨大なドラゴンが6匹いる。

 いずれの竜も俺を敵とみなして鋭い牙をむき出しにしている。


 居並ぶのは白竜、黒竜、赤竜、青竜、緑竜、まだら竜。

 6匹とも最高峰の上位竜であり、人語を操り、魔法を唱える神のごとき存在だ。

 しかも白=光、黒=闇、赤=炎、青=水、緑=風、斑=毒とそれぞれの属性でトップを司っている。

 

 俺は竜騎士の国ベルドにある聖なる山の火口近くで、この6匹に取り囲まれる事態に追い込まれていた。 

 神に等しい竜たちが人語で俺に語りかけてくる。


「殺す」

「殺す」

「殺す」

 以下3匹も同文。


 ――どうしてこうなった?


 いや、原因は分かっている。

 俺の右腕にすがりついている女の子だ。 


 ゆるふわウエーブの金髪に褐色の肌、パッチリ二重まぶたの女の子。

 金色の軽装鎧を着たその子が俺の右手を両腕でギュってつかんでいる。

 そんな金ぴか派手な女の子は、俺を見つめて妙に甘えた声をあげた。


「ねえ、だんな様。もっと、ギュってしてよぉ」


 その途端、周囲の空気がビリビリと音を立てた。

 竜たちの殺気が増したのが分かった。


「殺す」

「殺す」

「殺す」

 以下3匹も同文。


「あの……少し、離れようか?」

 俺は金ぴか女の子に精いっぱいの笑顔で話し掛けた。

 このままの状態が続くと、俺は上位竜たちに食い殺されると思った。


「んーっ? でも、夫婦が一緒にいるのは当然だしぃ」

「いや、夫婦じゃないよね」


「でも、私のこと名前を真名まなで呼んだしぃ」

「あれが真名だとは知らんかったわ!」


 すると、金ぴか女の子は少し困ったように小首を傾げた。

「でも、真名を呼ばれたら結婚するのが竜族の習わしだしぃ」


「だから、ライナが真名だとは知らんかったわい!」

「わ~、また呼んでくれたし。やっぱり、私たち夫婦じゃん」


 満面の笑みのライナが俺の体をギューってしてきた。

 同時に周囲の空気がギンギンと震えだした。

 あかん、上位竜たちの殺気だけで死にそうだ。


「勇者よ……」

 白竜が6匹を代表するかのように俺に話し掛けてきた。

 怒りを押し殺しつつ、何とか威厳を保っている声だ。


「はい……なんでしょうか?」

 俺はできるだけ下手に出て、媚びるような笑みを向けた。

 話し合いで解決できるなら、ぜひそうさせていただきたい!

 

 白竜は絞り出すように言った。

「勇者よ、我らが王から離れよ」

「はい! それはもう、今すぐに!」


 そう、ライナは竜王なのだ。

 目の前の上位竜ばかりか世界中の竜を統べる至高の存在。

 神、魔王に次ぐ至極の力を持つ究極の王だ。

 その竜王が俺の嫁だと言って、俺ごときに甘えてくるので上位竜たちは怒っているのだ。


 竜王という大層な名前が付いてるわりには、ノリが妙に軽くてアホでパリピな金髪で日焼けした町娘みたいだが、それでもライナは竜王なのだ。

 そして、このパリピとの距離を空けねば、俺は死ぬ!


 俺は竜王の頬に手を置くと、「ぐぬぬぬぬ」と思いっきり外へと押しやった。

 だがライナは「ぬぐぐぐぐ」と精一杯に俺に抱きついて、離さない。


「離れろって、上位竜たちがそう言ってんだろ!」

「え~、やだあ~、ライナはだんな様から離れないし!」


「そのだんな様っていうのはやめろ」

「んーっ? でも、ライナはだんな様が好きなんだから、しょうがないじゃん?」


 ――ズン。


 山が動いたような振動が起きた。

 見ると一番凶暴そうなまだら竜が前脚を一歩前へと動かしている。


「殺す」

 醜悪な斑模様から毒気が立ち上がり始めた。


「お、怒らないでください。い、今すぐにライナと離れますから!」

「わ~、また真名で呼んでくれたし」

 ライナが再び俺をギュッと抱き締めた。


「殺す」

「殺す」

「殺す」

 以下3匹も同文


 ――どうしてこうなった?


 俺はこの日、何度目かの自問とともに、この竜騎士の国ベルドに到着する前、聖都クリシュでの出来事を思い出していた。

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