強者たち
「あの骸骨野郎と戦う。クレン、どいてくれ!」
背中のクレンに向かって厳しめに声を掛けた。
「え~、嫌です~、もっと私を感じてください!」
クレンはさらに柔らかい物体を俺に押し付けてきた。
こ、これは、何というか、思考能力が一気に低下するほどの至福!
「……いや、このままじゃ、戦えないだろ! どいてくれ!」
「嫌です!」
「なんでじゃ!」
「だって、このままでも、あんな奴が相手なら我が君は楽勝ですもの」
クレンの明るい声が後頭部から響いてきた。
そう?
相手は魔将軍の一人だよ。
しかし、禁忌の魔道書であるクレンがそう断言するからには、何らかの理由があるはずだ。
もしかして、実はジークは魔将軍で最弱とか?
俺はスキル「能力値開示」で、ジークの髑髏頭を見た。
――戦闘力3339。
やっぱり、強いじゃん!
おそらく相当の魔法力によって戦闘力が底上げされた結果だ。
そして、自分のウイークポイントである物理的な攻撃力を補うために、スケルトン軍団を連れているのだろう。
隙がない。
「カッカッカッ、魔将軍ナンバー2の私が、なめられたものですね」
ジークの底のない瞳がクレンを見つめた。
「その言葉、死して悔いるがいい!」
ジークが高らかに右手を挙げ、呪文を詠唱し始めた。
「命の黎明と薄暮を司る狂気よ我の呼び掛けに応えたまえ……」
これは、禁じられた細菌魔法!
しかも、最上位の超危険なやつだ!
俺はスキル「解毒」があるから即死はしないだろうが、ラディンは危ない。
それに、メルやクレン、勘違い狂犬少女が細菌魔法に耐性がある保証はない。
急いで風系の防御魔法を発動してみんなを守ろうと思った。
が、魔法を詠唱しようとした俺の口を、背後にいるクレンの手がそっと覆った。
「クレン?」
「ご安心を」
何に安心するの?
俺が戸惑った僅かな隙に、ジークの細菌魔法の詠唱が完成してしまう。
「全ての命に等しく死を! 毒牙即死!」
ジークが右手を振り下ろした。
その白いだけの顔に、壮絶なドヤ顔が浮かんだように見えた。
「マズい! 即死効果がある毒が来るぞ! ラディンを守れ!」
「カッカッカッ! 我が細菌魔法にはいかなる防御魔法も効かぬ! もちろん、スキルすらもな!」
「スキル効かんのかい!」
慌てる俺。
高笑いするジーク。
しかし、しばし待っていても、周囲の状況に何の変化も起きなかった。
ラディンは、幸せそうにいびきをかいたまま。
俺はもちろん、メルやクレン、狂犬少女にも異変はない。
『……あれ?』
俺とジークの間抜けな声が重なった。
奴の暗黒の双眼と俺の視線が交差する。
「ふっ、浅はか! 実に浅はかですわ!」
唐突にクレンが俺の背中から飛び降り、ビシッとジークに向かって指をさした。
「暗黒魔法の髄を極めた、この禁忌の魔道書クレン様には細菌魔法など効きはしません!」
「なっ!? 我が魔法が効かぬだと? お前たちは擬人化で人間になっているはず! 命ある物に我が魔法が効かぬ道理はない!」
ジークが狼狽えたように歯を揺らした。
「細菌など全部、無効化してやりましたわ!」
「無効化? ど、どうやって?」
「あなたが細菌魔法で誕生させた細菌を食べ、無菌化する細菌を新たに誕生させました」
クレンは、エッヘンと豊かな胸を反らした。
凄いぞクレン!
滅亡系の魔法を極めているからこそ、同じような魔法への対処法は知り尽くしているという訳か。
蛇の道は蛇とは、まさにこのことだな。
「そ、そんなことが、あり得るのか!?」
ジークの動揺が全身に広がっていく様子が手に取るように分かった。
「暗黒魔法を極めるために3度の転生を繰り返し、念願のリッチとなった私が禁忌の魔道書ごときに劣ると言うのか!?」
奴の黒いローブから白い腕が伸び、周囲のスケルトン軍団に向けられた。
「な、ならば、我が幽魔軍、最強のスケルトン軍団が貴様らを血祭りに上げてやる!」
その言葉を合図に、黒い甲冑に身をつつんだ5千体のスケルトンが戦闘態勢を取った。
「こいつらは、ただの人間のスケルトンではない。1体1体に竜の牙を仕込み、竜牙兵にしてある!」
なるほど、1体につき戦闘力99の理由はそういうことか。
ドラゴンの力を得た強力バージョンという訳だな。
いいだろう!
相手に不足はない。
勇者アラン、存分に戦ってみせるぜ!
俺は剣を構え、竜牙兵たちと向き合った。
まさに一触即発の緊迫状態!
しかし、俺と竜牙兵たちの間に、小さな黒い影がフラリと立ち入ってきた。
「余の恋路を邪魔立てするとは不届きな亡者どもじゃな……」
勘違い狂犬少女だった。
軍服のような詰め襟に指掛け、その第一ボタンを気だるげに外す。
「まずもって、死者が黄泉の国に行かずにさまよっている時点で気に食わぬ」
少女は竜牙兵軍団に向かって手をかざすと、朗々と声を上げた。
「汝、正道に戻るべし!」
狂犬少女の右手からすさまじい閃光が放たれた。
その黄金色の光が収まった後、信じ難い光景が広がっていた。
「奇跡だ」
俺は感嘆の声をもらした。
5千体の骸骨たちが、生者に戻っていた。
兜の下には、5千人分の人の顔があった。
青年、少女、中年、壮年、老人……。
老若男女、それぞれの顔と身体が存在し、呼吸し、動き、互いを視認する。
『うおおおおおおおお!!!!』
歓喜の声が街中に満ちた。
生者に戻った人たちが、互いに抱擁し、涙し、ほおずりをして互いに生きる喜びを全身で表してる。
その顔は、皆ある特徴を持っていた。
黒髪で鳶色の瞳。
砂漠の民の特徴だ。
5千人。
ジークが細菌魔法で皆殺しにした砂漠の街バクラの人数。
あのリッチのクソ野郎は、自らが殺した人間をアンデットモンスターにして操っていたのだ。
いや、アンデットモンスターを作るために、人間を皆殺しにしたのだろう。
「許せない」
俺はジークの首を打つために、奴の方を向いた。
同じ悲劇を繰り返させる訳にはいかない。
ここで奴の命を絶つ!
しかし、黒いローブの中には、敵であるはずの妖しげな魔力に満ちたリッチの姿はなかった。
そこにいるのは、血管と骨が浮き出たみすぼらしい老人だった。
「こ、これは……肉か? 血か? 体温か? 命か? わ、我が極めし暗黒魔法の英智はどこに消えた?」
しわとしみだらけの顔が打ち震えている。
戦闘力を測るまでもなく、奴の魔力がとるに足らないレベルに下がっていることが分かった。
冥府の竪琴の力によって、リッチであるジークも生者に戻ったのだ。
3度の転生を繰り返す前の、劣等感の塊でしかない最底辺の魔道士に。
「ジーク。お前はやり過ぎた。俺が引導を渡してやる」
しかし、俺が剣を振りかざすよりも早く、銀色の風がジークを襲った。
「悪い子は、めっ、だよ」
メルが手刀を振りかぶって、ジークに突進していく。
「や、やめっ!!」
ジークの顔が醜くゆがんだ。
メルは止まらない。
その手刀が音よりも早く、奴の胴体を打ち抜いた。
――ズッガァアアアアアンン!!!!!!
久しぶりの快音を残したまま、哀れな老人は空の彼方まで吹っ飛ばされていった。




