マリオネット
「何か他に解決方法はないものか……」
俺がぐぬぬぬと唸っていると、ラディンが「あのね」と声を掛けてきた。
「早く効力を無効化しないと人類が危ないよ。アランさんが魔王軍の戦力になるかもしれない」
「どういう意味だ?」
首を傾げる俺に向かって、ラディンが説明を続ける。
「今のアランさんは、死者復活の第1段階の死体と同じなんだ。意識は残っていて、ある程度は自由に動ける。でも、次の第2段階ではゾンビになって、思考が停止して竪琴の支配力が強くなる。竪琴の音に逆らえなくなる」
あー、そういう設定だったな。
「じゃあ、第3段階になると、竪琴の支配力はさらに強まるってことか?」
俺の問いにラディンが頷く。
「誰かが竪琴を奏でれば、能力が戻ったアランさんを操り人形のように意のままにできるよ」
「それはマズいな……」
「だから早く冥府の竪琴の効果を消して、元の状態に戻らないと」
ラディンの声にディアさんがうなずく。
「そうです。勇者様は元の生者に、私は元の死者に戻るのです」
なるほど、死者から完全に復活したディアさんがこうして己の意志でしゃべり、動いているのは、誰も冥府の竪琴を鳴らしていないからか。
逆に言うと、冥府の竪琴を奏でれば、誰でも8英雄の1人を自在に操れるというわけか。
ポチ公がその事実を知っていて、竪琴を鳴らしていたらヤバかったな。
さらには、今後にもし魔王軍に冥府の竪琴を奪われると、ディアさんだけでなく俺も魔王軍の手下に成り下がってしまうのだ。
それは、絶対に避けなければならない。
いや、俺が冥府の竪琴を厳重に管理していれば問題ないか。
大賢者で剣聖で人類最強の俺からアイテムを奪い取れる者などいないからな!
そんな考え事をしていると、手中にある竪琴をメルに「もーらった!」と一瞬で取られた。
あっ、今の俺の能力値オールEだったわ。
死守できませんでした!
「これを鳴らせば、ご主人様が動くんだね!」
「おい、返せ!」
慌ててメルに手を伸ばした。
しかし、その手は、俺の意図しない方向に急に曲がってしまう。
メルが「ランララララ~♪」と美しい声とともに冥府の竪琴を奏で出すと、俺の体は勝手にクネクネと動き出してしまった。
動きを止めようにも、うまく体が動いてくれない。
まだ完全にではないが、冥府の竪琴の支配はすでに俺に及んでいるようだ。
「さあ、ご主人様の美しい踊りをご覧ください」
メルが満面の笑みで竪琴を鳴らす横で、俺はぶざまに手足を伸ばしたり縮めたり、小刻みにジャンプしたりを繰り返してしまう。
違う、これは絶対に美しい踊りではない!
ああ、ディアさんとラディン、どうか俺をそんな哀れんだ目で見ないでほしい。
そんな羞恥に耐えていると、意識がぶっ飛んで朦朧としてきた。
おい、これ死者復活の第2段階のゾンビになるんじゃないの?
「以上。ご主人様の華麗な踊りでした!」
メルの声に我に返った。
演奏と俺の変な動きが終わっていて、ディアさんとラディンが「わーすごい」と乾いた感想と拍手を送っていた。
死ぬほど恥ずかしいですっ!
あと、さっきのがゾンビだとすると、今の俺の状態って死者復活の第3段階じゃないの?
嫌な予感が……。
「次は私の番ですね。とりあえず、我が君の服を全て脱がすところから始めましょう!」
クレンが竪琴に手を伸ばしたので、慌ててメルの手から先に奪い取った。
「クレンには絶対に渡さん!」
「え~、恥ずかしがらなくてもいいのに。もうっ!」
クレンが身をよじりながら、俺の腕をツンツンしてきた。
「じゃあ、我が君がベッドで1人で寝ている間に、竪琴をこっそり鳴らして夜とぎに励みますね」
「そ、そういうのは、駄目だって言っただろ!」
「もうっ、照れちゃて、かわいいっ!」
「て、照れてねーし!」
「ねえ、夜とぎってなーに?」
「メルは黙っていなさい!」
俺たちがギャーギャーと騒いでいると、ディアさんが申し訳なさそうに手を挙げた。
「あの……勇者様。仲睦まじいのは結構ですが、あの、新手が……」
「はい?」
俺がディアさんの視線の先を確認しようとしたのと、俺の胸元に黒い触手が伸びてきたのは同時だった。
その触手は、冥府の竪琴をからめ捕ると、とんでもない力と速度で俺の手中から竪琴を奪ってしまう!
竪琴を抱いた触手は、神殿前の広場の方向へシュルルルルと戻っていく!
くそっ、アホになっていたので、まともな反応ができなかった!
慌てて触手を追い、冒険者ギルドの屋根のへりから広場を見下ろした。
そこには、考え得る限りで最悪の事態が起こっていた!
なんと史上最大のアホがいた!
「クッハハハハ! 冥府の竪琴いただいたぜ!」
剣魔将軍ケイオスが、甲高い笑い声とともに冥府の竪琴を左手に掲げていた!
いつものバカでかいバスターソードを右手に持っている。
さっきの黒い触手は吸血の魔剣か!
「これさえあれば、勇者アランを俺の意のままに操れるわけか……」
ケイオスが俺の顔を見つめ、ニヤリとした。
そして、そのニヒルな顔は、すぐに至福の笑みに変わっていった。
「アランたん、待っててね。すぐにアランたんの全てを俺のものにするからね!」
興奮が抑えられないって感じで全身をクネクネと震わせるケイオス。
あっ、これは一番駄目なやつだ。
俺の中の大切な何かが崩壊するやつだわ。
ケイオスが吸血の魔剣を大地にぶっ刺した。
そして、空いた右手を冥府の竪琴に伸ばす。
それも妙に愛おしそうにだ!
もはやためらっている場合ではない!
ディアさん、ラディン、ごめん!
でも、こうするしかないんだ!
俺はケイオスの方に向かって両手を突き出し、必死に叫んだ!
「擬人化!!!!!」




