母と子
そうだ、ラディンに聞こう!
この少年なら解決方法を知っているはずだ!
「おい、ラディン。起きろ」
少年のみぞおちに手の平を当て、グッと押した。
今の俺の攻撃力はEなので遠慮なしだ!
「ぐっ!」
ラディンがみぞおちを抑え、うめき声を上げながら目を覚ました。
お仕置きには丁度いい程度だったな。
いや、まだちょっと足りない。
そう思ってデコピンの準備をしたが、すぐに止めた。
ディアさんが「ラディン!」と言いながら駆け寄ってきたからだ。
「ラディン、ケガはありませんか?」
ディアさんは横たわるラディンを抱き寄せた。
そして、心配そうに我が子の顔をのぞき込んだ。
うん?
我が子?
2千年前に死んだ英雄の子ども?
ということはラディンも死者?
でも、冥府の竪琴を使って死者を復活させたのはラディンのはずだ……。
「お母さん……」
ラディンがディアさんの顔を見つめてつぶやいた。
そして、ディアさんは破顔して言った。
「やっと、お母さんと呼んでくれましたね」
「……うん。僕を心配してくれる声、聞こえていたよ」
ラディンをギュッと抱き締めるディアさんの瞳から大粒の涙がこぼれた。
「えーと、確認したいんですが。2人は本当の親子なんですよね?」
俺の質問にメルが「ご主人様って、デリカシーないんだね」とため息をついた。
それに、砂トカゲが「グェ」と相づちを打つ。
ええいっ、気になるもんは仕方がないだろ!
「メルさん、いいんですよ。全てをお話しましょう」
ディアさんが涙を拭きながら俺を見た。
「私は……」
「お母さん、僕が話すよ。全ては僕が始めたんだから」
ラディンはディアさんの言葉を遮ると、真っすぐに俺を見据えた。
その瞳は、迷いが吹っ切れたかのように澄んでいた。
「僕とディアさんは本当の親子じゃない」
その言葉にディアさんが辛そうに下を向いた。
「僕は、この街バクラで唯一の生き残りだ。僕以外の人間は全て2千年前の死者たちなんだ」
「唯一の生き残り?」
俺の問いにラディンは小さく頷く。
「うん。僕以外の全員は魔王軍によって殺されたから」
ラディンによると、1カ月前に魔王配下の幽魔軍がこの街を侵攻してきた。
幽魔軍はアンデットモンスターを核とした薄気味悪い敵だ。
その幽魔軍によって、住民5千人がたった一晩で皆殺しにされたという。
「たった一晩で? 冒険者ギルドの冒険者や神官達は何をやっていたんだ」
歯がゆくて、悔しかった。
そこに俺がいれば全員を守れたのに。
「アランさん。細菌魔法の前に打つ手がなかったんだよ」
「細菌魔法だと!? 老人も子どもも無差別に殺す大量破壊魔法じゃないか!」
全身が憤怒の感情に覆われた。
細菌魔法はその効果が非戦闘員にも広く及ぶために、諸国の取り決めによって戦争では使用が禁じられている。
幽魔軍はその禁断の魔法を使ったのか!
許せない!
俺は目の前の少年を見た。
細菌魔法は空気を媒体にあらゆる生物を殺してしまう。
その地獄の中でよく生き残ったものだ。
「ラディン、辛かったな」
俺はラディンの肩に優しく手を置いた。
「お母さんが……」
ラディンがディアさんをチラリと見て話し続けた。
「本当のお母さんが守ってくれたから……」
魔法が使えたラディンの母は、地下の食料庫にラディンを押し込むと扉を魔法で密閉したという。
食料庫は台所に床下にあり、子ども一人が膝を抱えてやっと入れる狭さ。
そこに押し込められたラディンは必死に扉を開けようとしたが開かなかったという。
膝を抱えた姿勢のまま三日三晩を耐えた後、魔法の効力が消えてようやく扉が開いた。
ラディンを迎えたのは無人の街だったという。
「みんな消えていた。お母さんもみんな……」
うつむくラディンをディアさんが優しく抱き締める。
生者と食料を求めて街をさまよったラディンは、幸運の神バリィの神殿地下である竪琴を見つけた。
「それがこれか」
俺が冥府の竪琴を掲げると、ラディンがこくりと頷いた。
「僕、お母さんに竪琴を習っていたから。その竪琴を弾いたんだ。お母さんのことを思って……」
母を想って奏でた竪琴はある奇跡を起こした。
――死者の復活。
2千年前の英雄、漸撃のディアの降臨。
そして、2千年前にこの街に暮らしていた人々の復活。
しかし、その奇跡はラディンが望んだ人を生き返らせることはなかった。
「どんなに冥府の竪琴をかき鳴らしても、お母さんは戻ってこなかった……」
ラディンが大粒の涙をポロポロと流した。
「……でも、ディアさんは僕を抱き締めてくれた。あの日のお母さんのように」
ラディンが2千年前の英雄の顔を見つめると、ディアさんが微笑みを返した。
それは、我が子を見つめる母親の微笑だった。
しかし、血がつながった親子ではない。
――かりそめの母。
――そして、かりそめの子。
この街はラディンと冥府の竪琴が作り上げた砂上の楼閣だったということか。
「ずっとディアさんのことをお母さんって呼べなかった。でも、やっと呼べたんだ」
ラディンがディアさんの手を取る。
その手をディアさんが握り返し、「ありがとうラディン」と優しく話した。
「生前の私は勇者様と一緒に魔王討伐に生涯を捧げました。そんな私に母になる喜びを与えてくれたのはあなたです」
「……僕の方こそありがとう。お母さんになってくれて」
目に涙がにじんできた。
いい話じゃないか。
メルも「よかったね。よかったね」と手を合わせて喜んでいる。
血のつながらない母と子の真実の愛。
素敵だな。
そんな涙に滲む視界の先でディアさんとラディンが互いに頷き合った。
「もう私がいなくても、大丈夫ですね」
「……大丈夫だよ。お母さん」
うん?いなくなる?
どうして?
せっかく気持ちが通じ合って親子になれたのに。
「アラン様にお願いがあります」
ディアさんが俺を見てほほ笑んだ。
「どうか、私に再び死を与えてください」
「えっ!? どうして? せっかく生き返ったのに……」
「アランさんを助けるにはそれしか方法がないんだよ」
混乱する俺にラディンが話し掛ける。
「冥府の竪琴の効力を消す。アランさんが生者に戻るには、それしか方法がないんだ」
「……しかし、そんなことをすると」
「うん。お母さんも街の人たちも死者に戻ることになる」
そう告げるラディンの表情はどこまでも淡々としていた。
「大丈夫さ。僕は奇跡を十分に体感したんだから」
ラディンの頬に笑みが広がった。
俺は、それを少年らしい良い笑顔だと思った。
「しかし、効力を消すってどうするんだ?」
「我が君、擬人化しかありませんわ」
その声に振り向くと、いつの間にかクレンがメル隣にチョコンと座っていた。
「冥府の竪琴を擬人化すれば、アイテムの効果は途中で打ち消されます」
クレンがなぜか頬を朱に染め、まくし立てた。
「アイテムにとっては、まさに絶頂を迎える寸前に行為を止められるアレのごとき感覚ですわ!」
だから、下ネタぶっ込むのやめろや!
「しんみりとした雰囲気が一気に台無しだろ!」
「絶頂って何?」
「なんにでも関心を持つんじゃありません! お子様か!」
「メルはお子様じゃないもん! ふーんだ!」
途端にそっぽを向くメルと、その横で妄想して1人興奮しているクレン。
そんな2人を見ていて思った。
スキル「擬人化」は、もう使いたくないなあと。
ポンコツ女子はもういらないんだが……。




