ソフトクリーム食べたい
ご主人様なんてがらじゃないので、少し恥ずかしいが、まあ慣れるだろう。
さて、お互いに名乗りが終わったら、次は目的の共有だ。
「メル、俺がお前を解放した理由は言わずとも分かるな」
「んー、分からない」
「魔王が復活したんだ。一緒に倒しに行くぞ!」
「え~」
意外にもメルは不機嫌そうに頬を膨らませた。
「魔王をやっつけるのは聖剣の役目だろ」
「ヤダ!」
「そうか、嫌か……って、なんでじゃあああ!」
俺が思わす声を荒げると、メルは地団駄を踏んで駄々をこね始めた。
「イヤなものは、イヤなの!」
断固拒否という感じでそっぽを向いてしまう。
あれ?
聖剣って魔王を倒すために存在しているんじゃなかったっけ?
「メルは魔王を退治したくないのか?」
「うん!」
元気いっぱいに答えられてしまった……。
「聖剣なのに?」
「なのに」
「どうして?」
「だって……」
「だって?」、
「面倒くさいもん!」
「……」
予想以上のくだらない理由に、返す言葉が見つからなかった。
黙した俺に反応を肯定したと受け取ったのか、メルが意気揚々と右手を挙げた。
「メルは戦闘よりもやってみたいことがあるんだ」
「……一応、聞いてやる」
「せっかく人間になれたんだから、ソフトクリームが食べたいっ!」
「ソフ? ソフがなんだって?」
聞いたことがない食べ物だ。
「え~、ご主人様ってソフトクリーム知らないの? 遅れてるぅ~」
くそっ、2千年も剣として眠っていた奴に遅れてる呼ばわりされるとは。
聞けば、ソフトクリームというのは、牛の乳を冷やしながら交ぜて柔らかい固形状にした菓子だという。
「なるほど、要は牛乳の氷菓の1種だな」
「そうそう。でも、氷菓よりも柔らかくておいしいんだ」
ふっ、さすが天才の俺。
未知の古代の食物の作り方を聞いただけで、概要を把握できるとはな。
「メルが2千年前に勇者と冒険したときは、王様とかお姫様たちが食べていてね」
「ほう、ほう」
氷菓は今でも金持ちしか食べられない贅沢品だ。
「メルは剣だったから食べられなくて、だから、ずっと食べたいなーって思ってたんだよ」
「なるほど」
「だからさ、魔王なんて放っておいて、ソフトクリームを食べに街に行こうよ」
「そうだな、魔王なんて放っておこう、ってなるかああああああ!!!!!!」
今、こうしている間にも魔族の侵攻は進んでいる。
「メルは聖剣! 俺は勇者! ってことは魔王討伐以外にやることはないだろが」
「ヤダもん! だって、戦闘って大変だし、痛いんだもん!ご主人様はメルを振って、相手の攻撃を防ぐから痛くないじゃん!」
「剣っていうのはそういうもんだろ!」
「ヤダ! ソフトクリームが食べたい」
「魔王討伐!」
「ソフトクリーム!」
「魔王!」
「ソフト!」
「魔王は絶対に俺たちで倒すんだ!」
俺とメルは「グヌヌヌ!」とおでこをくっつけ合って、互いに一歩も引かない姿勢を示し合う。
そんな俺たちに聞き覚えのある乾いた笑い声が降り掛かってきた。
「クッハハハハハハハ! アランよ、相変わらず威勢がいいじゃねーか」
メルのでこから額を外し、その声の方を見る。
すると、思った通りに、ドデカいバスターソードを担いだ1人の魔族の男が樹海の中から現れた。