死の病
右腕の全体が変色してた。
鎧の隙間から首筋を見ると、その薄気味悪い色がどんどんと顔や左半身へと広がっていくのが見えた。
まるで体が何者かに侵食されているかのようだ。
この変色が全身を覆うと、俺はゾンビになってしまうのだろうか?
スキル『解毒』でも『超回復』でも直らないとうことは、病気か何かだろうか?
「おい、ワンコ将軍。この症状を止める方法を教えろ」
「……教える義理はない」
「なら、強引に聞くまでだ!」
俺は剣の切っ先を前方に向けたまま、スキル「跳躍」と「飛翔」を使ってポチ将軍に突っ込んだ。
狙いは左肩。
ここならラディンへの影響もない。
ポチ将軍の左肩を破壊し、戦闘不能にした上でゾンビ化を防ぐ方法を問いただしてやる!
刃がポチ将軍の肩を貫く……その前に驚くべき事態が発生した。
「なっ、まさか!」
俺の刀の一撃が、ポチ将軍の手前でピタリと止まったのだ。
奴の肩を破壊するはずだった刃は、ポチ将軍が出現させた防御魔法の水の壁によって防がれてしまった。
問題なのは、防御壁が水属性の中位魔法だということだ。
「この程度の防御魔法を突破できないはずがない!」
俺は慌てて数歩飛び退いて、ポチ将軍と距離を取った。
聖地での戦闘時に比べて、奴の戦闘力が急激に上がったのか?
スキル「能力値開示」を発動してポチ将軍の戦闘力を測る。
――戦闘力2502。
前回の戦闘力2472よりも多少上がっているが、それでも戦闘力7897の俺の攻撃を防げるはずがない。
なるほど、ケイオスと同じ手段を使っているな。
「おい、ポチ公。伝説級のアイテムを何か仕込んできたな?」
「……拙者、己の肉体しか信用せぬ。よって、武具とアイテムは使用せん」
「なら、どうして俺の攻撃が防げるんだ!」
雷属性の最上位魔法を唱えようと思った。
そして、愕然とした。
――MPがない?
「そんな、まだ切れるほど使っていないはずだ」
「……魔法が使えぬとみた。先ほどは見事な風属性の魔法でしたからな。MP切れも納得」
動揺する俺にポチが1歩近づいてきた。
奴との距離が縮まることに、本能的に威圧感と恐怖を感じてしまう。
そのあり得ない感覚を得て、ようやく気付けた。
奴が強くなったんじゃなくて、俺が弱くなったんじゃないか?
とっさに自分の戦闘力を測ってみる。
――戦闘力1565。
おい、どうした俺!
こんなの6歳の時に突破した数値じゃないか!
「どうして俺の力が低下しているんだ?」
「……死は万物に平等に訪れる。それが英雄であろと、赤子であろうと、死ねば皆等しく同じ、ただの骸になるということだ」
その言葉に、俺は冒険者ギルドで出会った冒険者のあの言葉を思い出す。
――俺、オールEで落ち込んでいたけど。
冒険者を生業にした屈強な男がオールEなんてあり得ない。
そうか、あの人は死者だったからオールE判定だったのだ。
死んだ人間は、攻撃力も防御力も持ち得ない!
頭がクラッとした。
MP切れが身体に悪影響を与えている。
いや、それよりも早く俺の力が急激に衰えていくのが分かる。
俺の体が死者への度合いを増すにつれ、能力値はEランクに向かって低下していくのだろう。
すでに左腕も紫色に変色した。
おそらく、顔も変色している。
力が抜けていく。
刀が重い。
鎧が痛い。
思わず片膝を付いてしまう。
「……さらば。勇者殿」
見上げると、ポチ将軍の巨躯が目の前に立っていた。
情けないことに身震いがした。
ポチが左手で手刀を作り、振り上げた。
それで俺の首をはねるつもりだろう。
分かっているのに、身がすくんで動けなかった。
遠くでメルの笑い声が聞こえた。
おいしい菓子をたくさん食べられてよかったな。
クレンのムキになった叫び声が聞こえた。
おいしい菓子を作れなかったんだな。
2人ともすまない。
どうやら、俺は……。
ポチ将軍が左手を振り下ろした。
――死。
んだと思った瞬間、激しい衝撃とともに俺の体は屋根の反対側にぶっ飛ばされていた。
さっきまで俺がいた場所で、ポチ将軍の手刀が空を切ったのが見えた。
俺の目の前に1人の女性の後ろ姿があった。
きっと、メルかクレンが助けてくれたんだ!
なんか、最近助けられてばっかりだけど、命あっての物種なので気にしない!
俺は目の前の後ろ姿に感謝の言葉を掛ける。
「ありがとう! メル? いやクレンかな?」
しかし、振り向いた人はそのどちらでもなかった。
「大丈夫ですか、勇者様?」
「ディアさん?」
俺の無事を確かめたディアさんは、その美しい顔をほころばせた。
「不肖、斬撃のディア。助太刀いたします!」
そう言うと、ディアさんは砂漠の民の伝統衣装をはぎ取った。
衣装の下からは、これまた伝統的な格闘家の道着が出てきた。
そして、ディアさんの名乗りを聞いて、俺はこれまでにない衝撃を受けていた。
――斬撃のディア。
2千前に勇者とともに魔王を倒した8英雄の1人の名だった。




