きれいきれい
「ちょっと手荒に扱いますよ!」
俺はディアさんの体を床にたたき伏せ、抑えつけた。
しかし、ディアさんの起き上がろうとする力が想像以上に強い。
なので、このまま魔法で床に縛り付けることにした。
「暗闇に眠りし姿を現し、我が意に従え!」
大量の植物の根が床を突き破って現れると、たちまちディアさんの四肢にまとわりついて動きを封じた。
オアシス都市の植物の力を借りたのだ。
これでよほどのことがない限りディアさんは動けない。
「ラディンを追うぞ!」
メルとクレンを連れて玄関から飛び出す。
しかし、すでに通りは大勢の人たちで埋め尽くされていた。
数千人はいる。
どこからともなく響く竪琴の音に合わせ、白い伝統衣装を着た砂漠の民たちがゆらゆらと動いている。
いずれもディアさんと同じ表情をしていた。
人形のように冷たく、感情のない瞳。
その無表情の顔たちが、一斉に俺たちの方を向いた!
「ぐぁああぁあああああ!!!!」
死者たちがうめき声を上げながら、俺たちに襲いかかってきた。
その先頭には、冒険者ギルドで出会ったサナさんと冒険者たちがいる。
「このクレンがお相手いたします!」
意気込んで1歩前に出たクレンの腰を右手で抱き寄せた。
そして、「サナさ~ん」と手を振るメルの腰を左手で抱いた。
「あんっ、我が君、衆人環視プレイですね!」
「ちょっと、黙ってろ!」
鼻息が荒いクレンと、手を振り続けるメルを抱きかかえた俺は、スキル「飛翔」の力で空を飛んだ。
下を見ると、さっきまで俺たちがいた場所に死者たちが次々と折り重なるように殺到していた。
間一髪だったな。
「いったん時間を稼ぐぞ」
俺は街の中心部にある幸運の神バリィの神殿の屋根に降り立った。
周囲に死者たちの気配がないことを確認して、メルとクレンを離す。
「我が君、どうして逃げたのですか? 私に任せてくだされば死者の群れごとき造作もないですのに」
クレンが不思議そうに俺を見つめた。
「じゃあ、聞くけど、どんな魔法を唱えるつもりだった?」
「体内の水分を全て蒸発させてカラッカラにする魔法ですわ」
わあ、エグい。
「カラッカラにし過ぎて、風が吹けば崩れて、砂漠の砂になるほどですよ」
クレンは誇らしげに大きな胸を張った。
しかし、その魔法は禁止だな。
「魔法は駄目です」
「え~、どうしてですか、相手は死者ですよ。もう死んでいるんだからいいじゃないですか~!」
クレンは不満げに頬を膨らませた。
仕方がない。
ちゃんと理由を説明しよう。
「もう出会ったからだ」
「えっ?」
「サナさんや冒険者たちと俺たちは話しをして、僅かだが一緒の時間を過ごした。それに、街の人たちが平和に暮らす様子も見た。例え死者であろうと、そんな人たちを攻撃できん」
クレンの目をしっかり見て話すと、その黒い大きな瞳に涙がにじんできた。
「死者にまで情けをかけるとは、我が君はなんと慈悲深いのでしょうか。そんな人に仕えられて、私は本当に幸せ者です」
クレンは笑顔を浮かべつつも、必死に涙をぬぐった。
そんなに褒められると照れるな。
「ふっ、勇者としては当然の寛容さとでも言っておこうか」
「さすが、我が君ですぅ!」
クレンに抱きつかれた俺の腕をメルがツンツンとつついた。
「ねえ、ご主人様。じゃあ、あの人たちはどうするの?」
「うん?」
メルの視線を追うと、そこには神殿に殺到する死者の群れがあった。
屋上のへりから下を見ると、先頭の一部はすでに神殿の壁に取り付いていた。
そして、先に壁に取り付いた死者の背中に乗り、その背中にまた新たな死者が乗るという手段で徐々にその高さを増していっている。
街には相変わらず竪琴の音が響いている。
「もう少しで、あの人たちはここに来ちゃうよ? また飛んで、どこかに行くの?」
「うーん、イタチごっこは避けたいな。その間にラディンに街の外に出られるとやっかいだ」
「やはり全員カラッカラにしましょう!」
さっきの涙はなんだったんだよ。
風に吹かれて砂漠に消えたのか?
――風?
「なるほどね」
いいことを思い付いたぞ。
「クレン! さっき、ディアさんを見てすぐにゾンビだと気付いたよな。今、屋上から見える人はみんなゾンビに見えるか? ラディンはいないな?」
「ええ、そう見えますけど……」
「ならばよし!」
メルとクレンに俺の背中に隠れるように伝えた。
「ご主人様、何をするの?」
「風の最上位魔法を使う!」
俺は両手を天空に向かって突き上げた。
「空隙と間隙の支配者よその力を解き放ち、吹き荒れよ! 我、汝と共に行かん!」
魔法詠唱が終わると、空気がうなり声を上げ、轟音とともに神殿の前にすさまじい上昇気流が発生した。
周囲にいた数十人の死者たちがこらえ切れず、風とともに空を舞う。
「さあ、お掃除の時間だ!」
両腕を動かし、さらに勢いを増していく風の力を意のままに操る。
「どりゃああああああああああ!!!」
俺が腕を動かし、風を送り込む先々で死者たちが空に吹き飛ばされていった。
空に飛ばされた死者たちは、上空に発生させた竜巻の中に放り込んでグルグルと空を回らせた。
これぞ、竜巻型掃除なりけり!
「一人残らず空を舞え!」
腕を動かすたびに、通りを埋めていた白い死者たちが気持ちよいぐらい吹き上げられ、街がきれいにいなくなっていった。
ああ、これが掃除の気持ちよさか。
この前の料理といい、家事の快感に目覚めた自分がいるな。
わずか数分で、街の死者たち全員を空に舞わせた。
「よし、竜巻はそのまま地平線まで移動して、静かに消滅すべし!」
俺が両腕を地平線に向けると、5千人の死者を腹にためた巨大竜巻がもうスピードで彼方に吹っ飛んでいった。
街には誰もいなくなった。
死者のうめき声も、足音も、衣がこすれ合う音も何も聞こえない!
「どうよ! 誰もけがをさせずに街から退去させたぞ!」
俺は意気揚々と後ろを振り返った。
さあ、メルとクレン2人がかりで存分に褒めてくれ!
「わ~、ご主人様すごい!」
メルが飛び付いてきた。
よし、期待通りの称賛だ。
しかし、クレンは微妙な表情でその場を動かない。
「我が君……さすがに、あれはケガするかと……」
「えっ、そうかな? 大丈夫、風に吹き飛ばされたぐらいじゃ、人間はケガしないよ!」
ほほ笑む俺の背中に、聞き覚えのある少年の声が突き刺さった。
「ケガするに決まってんだろ! 常識知らずのアホ野郎!」
声のする方を見ると、冒険者ギルドの建物の屋上にいるラディンが目に入った。
竪琴を抱いて、必死に床に這いつくばっている。
「おっ、意外と近くにいたな」
ラディンのそばまで飛ぼうと思った矢先、彼の隣に突如として大きな人影が現れた。
いや、人ではなかった。
三角形の耳を生やし、モフモフ毛が全身を覆い、フサフサの尻尾が生えている。
「……久しぶりだな。勇者アラン」
獣魔将軍ポチだった。
「魔将軍! この街に来ていたのか!」
剣の柄に手を掛けた俺の横で、メルが喜々とした様子でぴょんぴょんと跳びはねた。
「わ~い、ポチだ! なでなでしてあげるから、こっちおいで!」
「……拙者に触れようなど、笑止!」
ポチ将軍は豪快に一喝した。
でも、尻尾はパタパタと激しく振れている。
やっぱり本当はなでなでして欲しいのかな?




