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お約束

「いらっしゃいませ!」

 木製の扉を開けると、女性の明るい声が投げかけられた。


 事務所の奥にあるカウンターにいるポニーテールのお姉さんがニコニコと愛想を振りまいていた。

 どうやら彼女がギルドの受付嬢のようだ。


 入り口とカウンターの間には、テーブルが三つあった。

 各テーブルには4個ずつ椅子が置いてある。

 そして、当然のように朝からビールを飲む冒険者たちで椅子は全て埋まっていた。

 

 どの街でも冒険者はろくでなしだな。

 まあ、だからこそ安心するんだけど。 


 俺は自分の腕をメルとクレンから引っこ抜くと、真っすぐカウンターに向かって歩き出した。

 すると、俺の後ろに付き従うメルとクレンに向かって、冒険者たちが口笛を吹いてはやし立てた。


「お嬢ちゃんたちが出入りする場所じゃねーぜ」

「冒険より俺たちといいことしようぜ」


 振り返ってメルとクレンに「無視しろ」と言おうとしたが、2人とも満面の笑みで冒険者たちに手を振っているのでやめた。

 どうやら褒められていると勘違いしているようだ。

 まあ、それならそれでいいか。

 

 俺たち3人は冒険者たちの間を難なく通り抜け、カウンターでポニーテールガールと向かい合った。


「ようこそ、砂の街バクラへ」

 受け付けのお姉さんがお決まりのあいさつでほほ笑んだ。

 服装は砂漠の民が好んで身につける白いローブ風の伝統衣装だ。


「私はサナといいます。今日はどんな要件ですか?」

「アランです」

 決め顔で言ってやった。

 たいていの受付嬢は、俺の名前を聞いただけで腰を抜かすほどに驚く。


 しかし、サナさんは平然としている。

「今日のご用件は?」

 

 あれ? おかしいな。

 いくら辺境の街とはいえ、冒険者ギルドの関係者が俺の名前を知らないはずはない。

 俺はサナさんの切れ長の目を見つめて、必死に「気付け、気付け」と念を送った。 


 ほら、神の子であり、希望の7人であり、勇者育成学院主席卒のアランですよ。

 ほら、顔は知らなくても、名前ぐらいは聞いたことあるでしょう?

 

 しかし、サナさんは微笑みを返すのみ。

 そうか、聞き取れなかったんだな。

 咳払いをして喉の調子を整える。

 では、改めて自己紹介を。


「俺の名前はアランです」

 おまけに爽やかな笑顔も付けてあげた。

 たぶん、前歯が光ったと思う。 


 そんな俺をサナさんはいぶかしげに見つめた。

「名前はもう聞きましたよ。で、要件は何ですか?」

 本当に知らんのかいっ!

 自分の自意識過剰さが急激に恥ずかしくなってきた。


「わ~、ご主人様、なんか顔が真っ赤だよ」

 メルが俺の顔をのぞき込んできた。


 そんなメルをクレンが押しとどめた。

「我が君は、名前だけで自分が誰か理解されると思ったのに、理解されなかったという井の中の蛙的な恥の極みにいるのです。そっとしてあげましょう」

 おい、みなまで言うなよ。

 余計に恥ずかしいだろ。


「こ、この街の冒険者ギルドへの登録をお願いします」

 メルとクレンを無視して、サナさんとのやり取りを優先させる。

「新規登録ですね。ありがとうございます。3人ともでいいですか」

「頼みます」

「では、準備をしてきますね」

 サナさんはとびっきりの営業スマイルを残してカンターの奥に消えた。


「ご主人様、登録ってなに? どうして、そんなことするの?」

「そうですよ、我が君。ここにいるおにいさんたちに死者復活の情報を聞く方が先では?」

 メルとクレンが左右から問うてきたので、説明してあげることにした。


「冒険者ギルドは中規模の街以上にあって、それぞれが独立した組織だ。冒険者は新しい街に入ったら、その街のギルドを訪ねて登録することが決まりだ」


「ふーん」

 メルが途端に興味なさそうに視線をそらした。

 君は込み入った話は苦手だもんね。 


「冒険者ギルドに登録することと、情報収集にどんな関係が?」

 クレンは重ねて質問してきた。


「冒険者ギルドには、その街と周辺の事件や事故といった冒険者に解決してほしい案件が寄せられる。つまり、ギルドのメンバーになれば、この街のトラブル情報を簡単に得られるって訳だ」


「さすが我が君です。クレバーです」

 クレンが陶酔するような視線を向けてきた。

 いや、これはこの世界の常識だから。


「お待たせしました。能力測定の水晶球ですよ」

 サナさんが一抱えもある大きな水晶球をカウンターに置いた。

 

 常識と言えば、冒険者はギルド登録前には、この水晶球で自分の能力を測定することがお約束だ。

 街から街へと移動して来た冒険者は、その能力値が大きく変化している場合が多い。

 だから、新しい街に着いた冒険者は、能力値を再度測定する必要があるのだ。

 

 ちなみに、水晶球による測定は、俺のスキル「能力値開示」の集計方法とは異なり、戦闘力や守備力などの項目ごとに判定する。

 各能力値はS(最高)、A(超すごい)、すごい、C(普通)、D(頑張りましょう)、E(もっと頑張りましょう)のランクに置き換えられて水晶球に表示される。


 この方法は2千前から続く測定方法で、常人には他に能力を測る方法はない。

 戦闘力というひと目で分かる数字によって、能力全体を一括で測定できるのは俺だけの特殊能力で、かつ最先端なのだ。


「では、アランさんからどうぞ」

 ふっ、その一言、待っていたぜ。

 リベンジの時間だ!

 

 俺は不敵な笑みを浮かべながら水晶球に右手を置いた。

 途端に水晶球が真っ白に輝き出した。

 光が収まると、そこには俺の能力値が映し出されていた。

 

 攻撃力:S

 守備力:S

 素早さ:S

 魔法力:S

 スキル:S

   運:A


「わっ、わっわわわあ! 何ですか、この高い判定結果は!?」

 サナさんが驚きのあまり腰を抜かした。


「あれ? 俺、何かしちゃいました? こんなの普通ですよ」

 できるだけ平然と言ってやった。


「普通じゃないですっ! アランさん凄すぎます! Sランクなんて見たことがないのに、それが5つも!!」

 サナさんは興奮した様子で立ち上がると、目を輝かせて俺の能力をメモし始めた。

 そんなサナさんを見た冒険者たちが水晶球の周りに集まってきて、俺の能力値をのぞき込んだ。


「本当にすげーぞ」

「こんなランク見たことねえ」

「にいちゃん、ただもんじゃねーな」

「べっぴんさんを2人も連れているだけあるぜ」

 

 荒くれ者の冒険者たちが口々に感嘆し、俺を褒めちぎった。

 俺の肩をたたいて「すげー」「すげー」を連発する冒険者たち。


「いや~、これぐらいどうってことないですって。ガハハハハハ」

 壮大に謙遜しつつ高笑いが止まらない俺。


 ――ギルドでの能力値測定。

 それは俺にとって自己肯定感を高める絶好の機会なのだ!


「わ~、面白そう! メルもやってみよう!」

 メルがアホみたいに笑う俺の手を水晶球からはずし、代わりに自分の右手を置いた。

 

 その途端、水晶球が虹色に輝き出した。

 強烈な七色の光が冒険者ギルド全体を歓喜のごとく照らし出す!


「こ、これは……」

 虹の光が収まった後、水晶球を見たサナさんが呆然と立ち尽くした。

 その視線の先にある能力値を見て、俺は絶句した。

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