オアシス都市
砂トカゲの背に乗って4日目の早朝、目的の街バクラがようやく見えてきた。
黄色い砂の大地の向こうに、緑の木々と白い建物の固まりがまるで異世界のごとく存在している。
ミヤサの報告によれば、あのオアシスの街で死者の復活が相次いでいるという。
「ようやく着くな」
「もう着いちゃうのか、残念」
ため息交じりの俺の声に、メルがションボリとした様子で反応した。
その元気さを分けてほしいわ。
「ああっ、この振動ともお別れですのね」
クレンが心底無念そうにつぶやいた。
その感性は砂漠に捨ててほしいわ。
街に近づくにつれ、バクラの街の大きさが見えてきた。
人口5千人ほどの規模だろうか。
砂漠の民が信仰する幸運の神バリィの神殿が中央に見える。
典型的な中規模のオアシス都市だ。
砂トカゲは、街の入り口にある商人ギルドの関所前で立ち止まると、腹を大地に付けて停止した。
商人ギルドは砂漠の物流だけでなく、街への人の出入りも仕切っている。
まずは、ここで街に入るための上納金をギルドに納めるのが決まりだ。
「お疲れさん」
かごから飛び降りた俺は、トカゲの足をポンッとたたいた。
「トカゲさん、ありがとうね」
同じく大地に降りたメルがそう声を掛けると、砂トカゲが「グェ」と短く鳴いた。
この4日間で砂トカゲはどういう訳がメルにだけ懐いていた。
ちなみに俺とクレンが呼び掛けてもまったく無反応である。
メルとトカゲが「トカゲさ~ん」「グェ」「トカゲさ~ん」「グェ」を繰り返しているうちに時が過ぎていく。
あれ? 関所の商人はどうした?
「商人の皆さんが出てきませんね」
俺の横でクレンが関所の建物を見ながら小首を傾げた。
「変だな」
砂漠の商人のがめつさは大陸中に鳴り響いている。
旅人が到着したのに、早速に上納金を取り立てにこないとは解せない。
俺は、トカゲとにらめっこを始めたメルを放っておいて、クレンを連れて関所の建物の中をのぞき込んだ。
誰もいない。
みんな遅刻でもしているのだろうか。
すでに朝食の時間は過ぎている頃だというのに。
「我が君、どうしますか? 商人の方々が来るのを待ちますか?」
「いや、時間がもったいない。上納金は街を出る時に支払うとしよう」
砂トカゲの使用料は出発時に前払いしてある。
商人ギルドに損害は与えないはずだ。
「問題はアイツの給与だな」
俺はメルに向かって舌をチロチロと出している砂トカゲを見つめた。
人や物を運んで関所に到着した砂トカゲには、商人たちから食料が与えられるはずなのだ。
このままではアイツはただ働きだ。
「トカゲ君の食べ物は、あれではないですか?」
クレンが関所内の隅に積み重ねられている布のような物体を指さした。
建物に入って確認すると、大きなサンドワームの干物だと分かった。
砂漠に住む巨大ミミズで、いかにもトカゲが食べそうな感じだ。
商人たちには悪いが、勝手に使わせてもらおう。
俺は銀貨1枚を机の上に置くと、サンドワームの干物10枚を外に運び出した。
「いっぱい食べれて良かったね。じゃあね、元気でね」
干物を一気に食い尽くした砂トカゲは、メルの声に再び「グェ」と鳴くとその身を震わせて砂に潜った。
どうやら寝るようだ。
「さて、街に入るか」
トカゲに背を向けて、関所を通り抜け、街に入った。
関所から続く通りには、思ったより多くの人がいた。
街には喧騒が響いている。
男たちはみな大きな袋を背負い、せわしなく動いていた。
女たちは井戸で水くみをしながら、おしゃべりに余念がない。
子どもたちは歓声を上げ、犬と一緒に走り回っている。
商人たちが関所にいなかったので、死者復活に関する異変が街を襲ったのでは勘繰ったが杞憂だったようだ。
水と日陰と植物、それらに恩恵を受ける人々というオアシス都市の日常がそこにあった。
「ねえ、ご主人様。生き返った人はどこにいるの?」
メルが物珍しそうにキョロキョロしながら、俺の左腕に抱きついてきた。
「我が君。冥府の竪琴は本当にこの街にあるのですか?」
今度はクレンが俺の右腕に自分が両腕をからませてきた。
「なあ、すっごく歩きづらいんだが……」
「え~、メルは歩きやすいよ」
「このぬくもりをご堪能くださいませ」
はあ、このやり取りは聖都を出立してから何度か繰り返しているが、2人はなかなか俺から離れてくれない。
おかげで、この状態に慣れてしまった自分がいて怖い。
「まずはどこに行くの? 食堂で朝ご飯食べる?」
「飯はさっきトカゲの背で食べたから駄目」
はしゃぐメルを制した俺に、クレンが「では、どこへ」と聞いてきた。
「始めて来た街で情報収集する場所と言えば、冒険者ギルドしかないだろ」
たいていの街は、神殿のそばに冒険者ギルドの事務所がある。
そして、この街でもそれは同じだった。
幸運の神バリィを祭る黄色い神殿の横に、2本の剣と1つの盾を組み合わせた見慣れた看板を見つけた。




