聖剣の名は。
荘厳かつ華麗で厳粛な剣士が出現するのだとばかり思っていた。
なのに、これはあまりに軽い。
ノリが軽すぎる。
まるで女学院に通うお気楽な女子生徒みたいだ。
しかも、頭にお花が咲いている感じのタイプ。
その女子生徒もどきは、俺の首に両手を巻き付けたまま跳びはね続けている。
かわいい女の子に抱きつかれる気分は悪くはないが、少し恥ずかしくもある。
今はこの子に聞きたいことが山ほどあるのに。
「落ち着いて、ちょっと離れようか」
「わーい! わーい!」
ぴょんぴょん。
「いったん離れようか」
「わーい! わーい!」
ぴょんぴょん。
「……その手を離して、俺の話を聞け!」
「えーっ、ご主人様にもっとくっついていたかったのにぃ」
女の子はしぶしぶという感じでようやく俺から離れた。
不満そうに、むーっと頬を膨らませている。
悔しいが、その顔はとてもかわいい。
だが今は状況確認の方が先だ。
「もう一度、聞く。君は本当に聖剣なんだな」
「そうだよ、ご主人様」
女の子は笑顔のまま何度も頷いた。
「そのご主人様っていう呼び方は耳に慣れないんだが、俺は君の主人になるのかな?」
「だって、わたしを封印から解放したでしょ」
「聖剣を抜いた者が、聖剣を所有し勇者となる。伝承の通りという訳か」
「うん!だから、わたしはご主人様のものだよ」
女の子がまた俺に飛び付いてきた。
「2千年ぶりに自由になれたよ。ありがとう、ご主人様」
再び、ぴょんぴょんが繰り返される。
いいのか、聖剣がこんなキャラでいいのか?
いや、かわいいんだけどさ、本当にこれでいいのかな!?
「……いったん離れようか」
「はーい」
今度は素直に言うことを聞いてくれたが、なぜか俺の右手を両手でつかんで離さない。
あいさつ以外で、女の子に手を握られるのって始めてかも。
けっこう恥ずかしい……。
「そ、そのっ、君の名前は?」
「わたしの名前? えーと……」
女の子は何かを思い出すように目を閉じると、ゆっくりと厳かに名を告げ始めた。
「メルエネラグシュ・ゴーク・アドロエンヌ・エントキア・ルクスエル……かな?」
思った以上に長い。
「そんなに長いと呼ぶときに困るな……」
日常生活で支障を来すレベルだ。
それに、互いに連携して戦闘するには呼び名は短い方が良い。
「呼び名は俺が決めていいかな?」
「えっ、いいけど……」
「最初に2文字を取ってメルにしよう。今日から君の名はメルだ」
途端に女の子の顔に歓喜が広がっていくのが分かった。
「メル! とーっても、かわいい名前!」
女の子はよほど嬉しいのか、またまたぴょんぴょんと跳ね始めた。
「気に入ったかい?」
「わたし、名前をもらうのって始めてだよ! 自分の名前がこんなに嬉しいなんて、思ってもみなかった!」
メルは俺の手を離すと、子犬のようにグルグルと俺の周りを跳びはね始めた。
なんだ、今まで名前がなかったのか。
そう言えば、ずっと聖剣としか呼ばれていないんだった。
ん?
じゃあ、さっきメルが言った、メルエネなんちゃらっていう名前は何だったんだろうか。
ふと、大地母神エルネの名に似ているなと思ったが、まあ気のせいだろう。
俺が「良い名付け親になれた」と悦に浸っている間、メルは「わーい、わーい」とはしゃぎながら、俺の周りを5分近くも回り続けた。
まだまだ回る……。
目が回ってきたのでメルの腕をつかんで止めた。
「落ち着こうか、メル」
「ねえ、もう一回言って!」
メルの瞳が輝きだした。
「落ち着こうか」
「違うの。名前を呼んで!」
「メル」
「はい!」
メルは真顔で大きく右手を挙げて応えてから、我慢できないといった感じで「うふふふ」と嬉しそうに頬を緩めた。
名前が呼ばれることが楽しく仕方がないといった感じだ。
「君の名前は決まった。次は俺の名前だが……」
「あっ、メルが決めてあげる。ポチにしよう」
「ワンコか! 俺はアランという名だ」
「分かったよポチ」
「アランだ」
「ポ~チ!」
「ア・ラ・ン!」
「ポチの方がかわいいよ?」
「うん、そうだね。ってなるか!」
2人で話し合った結果、俺は「ご主人様」と呼ばれることになった。