末永く
「しかし、メル……」
反論しようとした俺の口に、メルが人さし指を置いた。
「一緒に冒険する人は多い方が楽しいよ」
「そうだとしてもむぐぅ……」
メルが人さし指に力を込めたので言葉が途切れた。
目の前には朗らかな笑み。
「それに……ご主人様を好きって言う人は、みんないい人だよ」
「メルさん!!!」
下ネタ女がメルに飛び付き、ぎゅーっと抱き締めた。
「なんてお優しいのでしょう!」
そう言うと、下ネタ女はさめざめと泣きだした。
メルは「いい子、いい子」と言って下ネタ女の頭を撫でている。
2人の姿はまるで仲の良い姉妹のようだった。
どっちが姉か妹かは分からんけどな。
「ご主人様いいでしょ?」
「おでがいじまずぅ……」
メルがニコニコの笑顔で、下ネタ女はしわくちゃの泣き顔でこちらを見た。
まったく、昔から女の子に泣かれると弱いんだよな。
それに、世界の破滅を防ぐためになら仕方がないか。
「分かったよ。一緒に行こう」
「愛しています!」
いきなり下ネタ女が飛び付いてきたので、華麗にかわした。
土ぼこりを上げて大地に伏せた下ネタ女の背は、思ったよりも華奢で弱々しかった。
世界を滅ぼす禁忌の魔道書と言えど、人間になれば1人の女の子という訳か。
「我が君、これは何というプレイですか? 魔道書の中にはないプレイなんですけど」
起き上がった下ネタ女が土ぼこりを払いのけながらキョトンとしている。
なんだ、かわいい顔もできるじゃないか。
「一緒に冒険するからには、そういう下ネタは禁止な」
「くぅ、努力します」
しおらしくうなだれる姿に期待が持てた。
「それと、君の名前を教えてくれ」
「名前ですか? そのっ……禁忌の魔道書としか呼ばれたことありません。ですから、お好きに呼んでくださいませ」
恥じ入るように顔を伏せた。
そうか、名前はないのか。
ふと、あの暗黒の天に輝いた紅蓮の月が頭に浮かんだ。
あの月は確かに忌まわしかったが、漆黒の世界に唯一輝く美しさも兼ね備えていた。
天界に咲く紅色の蓮の花のように。
「クレン」
「えっ?」
俺の呼び方に反応して上げた顔は驚きと喜びに満ちていた。
うん、いい表情だ。
決まりだな。
「君の名前はクレンだ」
「あでぃがどうございまずぅ」
クレンがポロポロと大粒の涙を流しながら飛び付いてきた。
今度は避けずに好きなようにさせた。
まあ、特別に1回ぐらいいいだろう。
しかし、よくない人が1人だけいた。
「ちょっと! ご主人様を独り占めはダメなんだよっ!」
メルがぷぅーと頬を膨らませた。
すると、クレンは今度はメルに抱きついた。
「怒ったメルさんもかわいいですぅ」
「えっ、怒ってもかわいいの? わーい、やったぁ!」
途端に機嫌が直るメル。
クレンのやつ、もうメルの扱い方を心得やがった。
いや、これは計算ではなく、素の行動と感情かな。
そうでなきゃ、メルがこんなに素直に反応するはずもない。
クレンはメルの手を握ると、幸せそうな顔を俺に向けた。
「我が君。このかわいい人と一緒に、末永くおそばに置いてくださいませ」
その笑顔は、世界が終わるのではないかと思えるほどに魅惑的だった。




