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滅亡へのカウントダウン

 どす黒い瘴気が魔道書からごうごうと立ち上がった。

 その負の渦の中央で、純潔の聖女が妖艶にほほ笑んでいる。

 

 あれ?

 今の笑い方、ヒルダさんらしくないな。


「わー、これヤバいよ」 

 急に左側からメルの声が聞こえた。

「お、驚かすな!」

 いつの間にかそばにいるメルの存在にビックリした。

 それと、さきほどの涙声でなく、いつものあっけらかんとした声に戻っていることにもドキドキした。


「メル。そのっ、機嫌は直ったのか?」

「ヒルダさんがメルの代わりに怒ってくれたからスッキリしたよ」


「そ、そうなのか。その、なんだ、さっきは……」

 俺はメルに向かって謝ろうと思った。

 しかし、メルは俺に向かって呆れたように両手を広げてみせた。

「今はメルよりも、ヒルダさんを心配しなきゃだよ」

 そして、俺の頬を両手で挟んで、前方に向けさせた。

 

 そこではヒルダさんが薄い唇を開き、何事かを呟き始めていた。

「▽◎▼□*#+▼□……」

 

 古代語だろうか。

 理解できない。

 だが、何だかヤバそうな雰囲気はビンビンと伝わってくる。


「ヒルダさん! さっきの非礼は謝りますから。その呪文を止めてください」

「×××▼○■……」

 しかし、ヒルダさんは呪文を止めない。

 むしろ恍惚とした表情さえ浮かべている。


「強引に止めますよ!」

 渦巻く瘴気の中心に向かって手を伸ばした。

 ヒルダさんの手から禁忌の魔道書を奪い取ろうと思ったのだ。


 が……。

「痛え!!」

 伸ばした右手は瘴気の壁に遮られて前に進めなかった。

 さらに激しい痛みを感じた。

 

 戻した右手はどす黒く変色していた。

 毒に侵されたとすぐに分かった。

 あっ、これ即死効果あるやつ……。

 慌ててスキル「解毒」を発揮させて事なきを得た。


「あっぶねー!!!」

 スキル「解毒」がなかったら死んでいた。

 

 この瘴気は、触れた場所から毒に侵されるようだ。

 全身を瘴気にさらすのはマズい。

 スキル「解毒」の効力が追いつかない可能性が高い。

 そもそも、物理的に瘴気の壁を突破できそうにない。

 

「ヒルダさん! 冗談じゃなくなってますよ」

 俺はそう叫んだが、ヒルダさんは満足げに目を細めるだけだった。


「ヒルダさん?」

「魅入られちゃったんだよ」

 メルが俺の左腕を引いた。


「どういうことだ?」

「ヒルダさんの心が、あの本に乗っ取られているの」


 左腕がメルにギュってされた。

 聖剣が不安を感じるほどのヤバい状態なのか?


「メルはこの呪文の意味が分かるのか」

「うん」


「なんて呪文?」

「恐怖の魔王がばばばばーん魔法」

 かっこ悪い名前だな。


「何が起きるんだ?」

「この世界の6分の1の大きさの隕石が落ちてくるよ」

 絶対にダメなやつじゃんか!!

 世界が滅びる!!


「◎▼▼○●○●■……」

 なんか呪文が完成しそうな勢いを感じる。

 しかし、俺はヒルダさんに近づくことができない!

 なっ、なんとかしないと!

 

 そうだ、メルなら止められるかもしれない。

「メル。あの呪文を止められるか?」

「できるよ」

 メルが即答した。


「すぐに止めてくれ! さっきの俺の発言については撤回した上で謝罪するから!」

「謝らなくていいよ。でも、仲直りのデートしようね」

 デ、デート?

 やったことないし、恥ずかしいけど背に腹は代えられん!


「よし、デートしよう。超しよう! だから、早く呪文を止めてくれ!」

「うーん、でも……」

 メルが悩ましげに首を傾げた。


「でも何だ?」

「ヒルダさんが死んじゃうよ?」


「えっ!?」

「魔法を止めるには、唱えている人を殺すしかないんだけど……やる?」

「やらんでいい!」

 でも、どうすりゃいいんだ!?

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