血に飢えし者
幸いにして、俺たちが今いる場所は大きな広場になっている。
大祭の時には数万人が集えるほどの広さなので、戦闘をしても神官や信徒、街の人には被害は及ばないだろう。
「メル、菓子はしまえ。アイツをまたぶっ飛ばさなきゃだぞ」
「え~、だから、戦闘は面倒くさいからヤダもん」
おい、またこのくだりをやるのか。
「聖剣なんだからきっちり戦えよ!」
「ヤダ。ご主人様が1人で戦ってよ!」
1人?
あー、それでいいか。
ケイオス1人なら楽勝だろう。
いや、念のためにケイオスの戦闘力をスキル「能力値開示」で測ってみよう。
メルとの戦闘を経て急激に成長していたら困る。
――戦闘力2588
よしっ、全く成長してない!
「確かに、メルは必要ないな」
俺は決意を込めて、ケイオスを見据えた。
「ケイオス、俺が相手だ! 禁忌の魔道書は渡さない!」
佩刀した剣を抜き放った。
決めポーズばっちりの俺に向かって、ケイオスが不安げに聞いてきた。
「本当に1人なんだな」
「おう」
「本当に本当?」
「おう!」
「本当に本当に……」
「くどい!」
「なら、安心したぜ!」
ケイオスがバスターソードを振り下ろし、切っ先を俺に向けた。
「アラン1人が相手なら楽勝だからな」
少々カチンときた。
「俺に勝ったどころか、一太刀も浴びせたことがないクセにたいした自信だな」
「今日の俺はひと味もふた味も違うからな」
そう? いつもと同じにしか見えないけど。
「この魔剣がある」
ケイオスは自分のバスターソードを見つめてニヤリとした。
「いや、いつもと同じじゃん」
「これから変わるんだよ」
そう言うと、ケイオスは左の親指を口に当てると、自分の歯でかっ切った。
見る見るうちに、魔族特有の青い血が流れ出す。
ケイオスはしたたり落ちる血をぬぐおうともせずに、バスターソードにたらした。
1滴、2滴と血がバスターソードに……染み込んでいく!?
金属の剣に血が染み込むなどあり得ない。
しかし、バスターソードはケイオスの血を飲み込むかのように吸い取っていく。
そして、血がたれた部分から刀身の色が銀から黒に変わっていった。
「刀の色が……」
「変わったのは色だけじゃないぜ!」
ケイオスがニヤリとした途端、漆黒のバスターソードが激しく波打った。
その波に揺り動かされるように、刀身がその形をぐにゃりと歪ませていく。
「勇者アランの血がほしいか?」
ケイオスが刀身に向かって話し掛けた。
その声に反応するかのように、漆黒の刀身がグングンと伸び、幾重にも広がっていく。
さっきまでバスターソードだったそれは、大聖堂のドーム全体を覆うほどに大きくなった。
形はまるで巨木の枝のように、いや空中にうごめく無数の触手のごとき形状だ。
その触手1本1本が先端を鋭く尖らせ、「ギュリ!ギュリ!ギュリ!」と不気味にうなっている。
そうだ、いつもバスターソードの形だったので忘れがちだが、ケイオスの剣には特殊能力があった。
「形を変幻自在に変える魔剣。こいつ、意志を持ち、自ら動くのか……」
「これが『吸血の魔剣』の本性だ!」
ケイオスが勝ち誇った顔で、その呪われた名を告げた。
――吸血の魔剣。
その名は恐怖の代名詞として知れ渡っている。
相手の血を吸い尽くすまで戦いを止めない呪われし剣。
ケイオスの奴、伝説級の武具をすでに所持していたという訳か。
スキル「能力値開示」で魔剣の戦闘力を測ってみる。
――測定不能。
メルと同じ結果だ。
武者震いがした。
いいね。
燃えてきたぜ!
あー、でも戦闘開始の前に、どうしてもこれだけは聞いておきたい。
「ケイオス! どうして今まで吸血の魔剣の力を使わなかった? 万が一の可能性で俺に勝てたかもだぞ」
「あんっ? だって、バスターソードのままの方がかっけぇだろうが!」
やっぱ、アホだこいつ。




