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次なる使命

 ――禁忌の魔道書。

 

 その名を知らない人類なぞいない。

 人類だけでなく、全ての魔族も知っているだろう。

  

 世界に破滅をもたらす暗黒の存在。

 邪悪なる古代黒魔術の全てが詰まった書物。

 そこには世界を滅ぼす秘術が網羅されているという。


「禁忌の魔道書といえば、聖剣と同様に究極のアイテムの一つですよね」

 俺は少し気味悪い感じを覚えながら自分の足元を見た。

「……そして、この大聖堂の地下深くに封印されている」


「正確に言うと、封印されていただ」

「えっ!?」

 ヒルダさんの思わぬ言葉に驚愕した。


「2千年前に大地母神エルネの力によって封印され、人間も魔族も触れられないようになったって聞いてますけど」

「より正確に言うと、封印が解けそうだ、という状態だ」

 ヒルダさんの額には冷や汗が浮かんでいる。


「封印の力が急激に弱まってしまったんだ。効力を高めるために、神官を総動員して祈?させて何とか持ちこたえているが、いつまで保てるやら……」

 そんな大変な状態だったのか。

 大神官のヒルダさんが、こんな所で油を売っている暇はないじゃないか。


「いつから、そんな危険な状態なんですか?」

「……昨日の午後から」 

 ヒルダさんの視線が俺の左側に移動した。

 視線を追うと、焼き菓子を喉につまらせて四苦八苦しているメルがいた。

 

 メルは慌ててグラスの水を飲むと、「ぷはぁ~。生き返ったよ」と深く息を吐いた。

「んっ? ご主人様もヒルダさんも、そんな難しい顔してどうしたの?」

 小首を傾げながらも、皿に残った焼き菓子に手を伸ばすメル。


「も、もしかして、メルが誕生したせいで禁忌の魔道書の封印が解けたんですか!?」

「のようだな。今日、お前の話を聞いて、私はそう確信した」

 ヒルダさんは軽くため息をつくと、メルに向かってニヤリと笑みを向けた。


「どうやら、メルちゃんが封印の鍵だったようだな。それが人間になって解放されたもんだから、禁忌の魔道書の封印も解けたという訳だ。いやー、原因がはっきりしてスッキリしたぜ、ガッハハハハ!」

 いや、絶対に笑い事じゃねーし。


「今は禁忌の魔道書の封印が辛うじて保てているとして、封印が完全に切れたらどうなるんですか」

「誰でも禁忌の魔道書を開けるようになる。使い方によっちゃあ、古代黒魔術の力で世界が滅ぶな」

 ヒルダさんがまたたばこに火を付けた。


「メルちゃんの誕生で尻に火が付いた魔王にとっては、絶対に手に入れたいアイテムだろうな」

 紫煙が部屋にただよう。


「そして、魔王が欲するチート級のアイテムは禁忌の魔道書だけじゃない」

「というと……」

 煙を払いのけた先でヒルダさんが真剣な瞳を俺に向けていた。


「狂気の指輪、冥府の竪琴、竜王の逆鱗、吸血の魔剣……」

 ヒルダさんは神話に登場する伝説級の武具やアイテムの名を次々と挙げた。

「2千年前に神エルネの力で封じられたチートアイテムの封印が一斉に解けた懸念がある。これらを全て手に入れた魔王に勝てるか?」

「……」

 

 能天気に勝てるとは言えなかった。

 先日の戦いで、魔将軍3人を赤子扱いしたメルの実力を知ってしまったからだ。

 魔王がメルと同様の力を持つアイテムを複数手に入れたら絶対に勝てないだろう。

 

「アラン。お前がこれからやることは、魔王よりも先に伝説のアイテムを手に入れることだ」

「のようですね」

「魔王軍はすでに世界中でアイテムを探しているはずだ。ぐずぐずしていると先を越されるぞ」

「ですね」


 すでに魔王は部下たちに命じ、メルに匹敵するアイテムの収集を目指しているはずだ。

 そして、奴らの狙う場所の一つは想像がついた。

 聖剣に次いで有名なチートアイテムが存在する場所。


 ――この大聖堂だ。


 その時、強い魔のオーラを感じた。

「噂をすれば、だな」

 ヒルダさんが天井を見やった。

 

 大聖堂の上部から、聞き覚えのある甲高い笑い声が響いてきた。

「クッハハハハハハハ! アランよ、この中にいることは分かっているぞ。表に出ろ!」

 

 あいつ、死んでなかったんだな……。

 ちょっと安心している自分がいて怖い……。

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