魔王の最新情報
「いただきま~す」
メルは目の前の皿に山のように盛られた焼き菓子に手を伸ばした。
そして、焼き菓子の一つをゆっくりと口に頬張る。
「おいしい~!」
間髪を入れず、再び皿の焼き菓子に指を向ける。
この焼き菓子は、ヒルダさんがメルを落ち着かせるために、どこからか持ってきたのだ。
「ヒルダさんが焼いたんですか?」
「いや、供え物からパクってきた」
聞くまでもなかったか……。
「ところで、アラン。メルちゃんが多幸感を得ている間に伝えておきたいことがある」
「なんですか?」
「ミヤサを覚えているか」
「そりゃあ、もちろん」
ミヤサは、俺とヒルダさんと同様に「希望の7人」の1人だ。
気の良い男で、少しヌケているが憎めない奴だ。
100人の勇者候補生から「希望の7人」に選ばれる実力者だったのに、「俺はニンジャになる!」といって突然に学院を辞めた衝撃は忘れられない。
ニンジャなんて未開の異国の訳の分からんジョブを目指す奴の気が知れなかった。
「そのミヤサなんだが」
「はあ」
「今、私がパシリで使っている」
「はい?」
「繰り返す。ニンジャのミヤサ君は私のパシリだ」
「はあ……」
ヒルダさんによると、念願叶ってニンジャになったミアサが数カ月前に現れ、自らパシリを志願したという。
そんな変態がいるとは思えなかったが、反論するとヒルダさんの機嫌が悪くなりそうなので、ただただ頷くのみだ。
変態は理解するんじゃなくて、受け止めろ!
そう俺の本能が訴えていた。
「ミヤサには、諸国を回って各地の情報を送ってもらっている」
「なるほど、パシリというのはそういう意味ですか」
ちょっと安心した。
「あと、諸国に行ったついでに、旨い酒と珍味を買ってこさせている」
「なるほど、パシリですね」
「そして、今朝早く、パシリから伝書バトで文が届いた。読んでみろ」
ヒルダさんは枕元から1枚の紙を取り出すと、俺に渡してきた。
「これは……」
文は驚くべき内容だった。
大陸の最強の軍事力を持つエンツァ帝国を侵攻していた魔王軍が、急きょ撤退を始めたという。
魔王軍はすでに帝国最大の砦を突破しており、帝都進撃までわずかと見られてただけに驚きだ。
「魔王軍内で裏切りでもあったんですかね」
「違うな。文の日付は昨日だ。昨日、人類側に何が起きた?」
ヒルダさんの問いを受け、自然と視線は左側に向かった。
そこには、口いっぱいに焼き菓子を入れて「おいひぃよ~」とご満悦のメルがいる。
「昨日、俺は聖剣を抜いた。つまり、メルが誕生した」
「そういうことだ」
ヒルダさんはたばこの灰を灰皿に落としながら言葉を続けた。
「魔王の奴、聖剣の解放、つまりはメルちゃんの誕生にビビって魔王城に引きこもることを決めたようだ」
いかなる攻撃も受け付けない魔王にダメージを与えられる唯一の存在が聖剣だ。
それが解放され、しかも精鋭の魔将軍3人が瞬殺されたとあっては、魔王が慎重になるのも頷けた。
「なるほど、これは一気に人類側逆転勝利の流れですね。すぐにメルと一緒に魔王城を攻め込んで、魔王をぶっ倒してやりますよ」
そして、俺が人類の救世主になるのだ!
ついに俺が伝説となる日が来る!
そんなふうに、全人類から称賛と感謝を贈られる未来予想図に浸っていたのだが、ヒルダさんの一声で現実に引き戻された。
「魔王討伐は後回しだ」
「えっ!? 何でですか?」
「メルちゃんの誕生で、人類側にも大きな異変が起きている。まずはその問題を片付けないと、魔王は倒せない」
「ちょっと意味が……」
「禁忌の魔道書は知っているな」
ヒルダさんが口にするのも忌まわしいという感じで、顔をしかめた。




