希望の7人
ヒルダさんによると、メルほどの加護を得ている人間を見たことがないという。
「だから、儀式とか祈りは必要ない」
「でも、先代の勇者と同じ過程を踏まないと、民衆とか諸侯に対して威厳が示せないような……」
俺が不満を口にすると、ヒルダさんは少し優しげな目を俺に向けて口を開いた。
「先代は先代だ。アランはアランのやり方で威厳を示していけばいい」
「そんなもんですかね」
「そんなもんだろ」
ヒルダさんは、またうまそうにたばこを吸った。
俺らしくか……。
まったく、この人にそう言われちゃあ仕方がないな。
確かに、先代の勇者と同じ物語を歩んでも面白くないものな。
俺は俺のやり方で万民に認められる勇者になるんだ。
「ねえ、ご主人様」
メルに左腕を引っ張られた。
「なんだ。腹でも減ったのか」
「それもあるんだけど。もっと気になることがあって」
メルが興味津々って感じで俺とヒルダさんの顔を交互に見つめた。
「2人は恋人同士なの?」
「えっ!? なっなに言ってんだよ」
いきなりの質問に少し動揺する俺を尻目に、
「それは、ない」
ヒルダさんが即答した。
……確かにそうなんだけどさ、もう少し間というか、戸惑いがほしかった。
「でも、でも、ご主人様とヒルダさん、と~ても仲が良さそうだよ」
メルが納得できないという感じで再び俺とヒルダさんを見た。
「アラン、説明してやれ」
ヒルダさんが面倒くさげに俺に向かってあごをしゃくった。
うっす!お任せください。
「俺とヒルダさんは、共に勇者を目指したライバルだ」
「お前は私の舎弟だろ」
「……まあ、そういう時もありましたけど」
「メル、詳しく聞きたい!」
俺はメルに対して、ヒルダさんとの出会いを説明した。
ちなみに、人間になったばかりのメルが知らないだけで、人類の大半が知っている出会いだ。
魔王が復活した3年前、危機感を募らせた諸国の王は勇者になり得る逸材を各地から集めることにした。
俗に言う「勇者育成学院」で、各地で神童の名をほしいままにする若者たちが選りすぐられた。
その数100人。
俺とヒルダさんは、その100人の中の2人。
そして、3年間の修業と冒険、選考を経て絞られた勇者の最終候補生「希望の7人」のうちの2人でもある。
「……という訳で、ヒルダさんにはいろいろと世話になったんだよ」
「腐れ縁というやつだな」
「なるほど、なるほど」
メルは大きく頷くと、急に「よかったぁ!」と叫んで俺に向かって飛び付いてきた。
「わっ、何がよかったんだよ!?」
「だって、メルはご主人様が大好きだから!」
メルは無邪気に笑みを浮かべながら、俺の二の腕にほっぺたをスリスリしてきた。
「意味わかんねーよ。それと、あんまりくっつくな」
俺がメルを引き剝がそうとすると、ヒルダさんが「えらく懐かれてるな」と感心したように頷いた。
「メルちゃんの好きにさせてやれ。さっき言った通り、メルちゃんがそばにいる限り大地母神の加護は尽きない」
「そういうもんですかね」
俺の言葉を受けてメルが嬉しそうに口を開いた。
「そういうもんだ」
「お前が言うな!」
「え~、いいじゃん」
「母なるエルネよ、勇者アランと聖剣メルに祝福を」
俺とメルが騒いでいる間に、ヒルダさんは空中に指で円を描き、結構本格的に祈りを捧げてくれた。
横目に見たその祈りは、とても心がこもっている気がした。




