聖女の部屋にて
「ほう、スキル『擬人化』か。なるほどな」
ヒルダさんが紙巻きたばこを口から離すと、ゆっくりと紫煙を吐き出した。
裏口でのドタバタを神官たちにいさめられたヒルダさんは、俺とメルを大聖堂内の自室に連れてきた。
大神官の部屋の割りには質素な造りで、小さな机と椅子、ベッドしかない。
これなら昨晩に泊まった宿屋の部屋の方が豪華だ。
ヒルダさんは椅子に俺とメルを座らせると、自分はベッドに腰かけた。
そして、修道服の裾をはだけさせながら足を組むと、俺に聖剣を抜いた経緯の説明を求めた。
俺が昨日の出来事を話している間、ヒルダさんはたばこをうまそうに吸っていた。
この人、ちゃんと聖女やれてんのかな。
「つまり、聖剣が人の形を成したのが、このメルちゃんという訳だな」
ヒルダさんは短くなったたばこを灰皿に押しつけてると、メルを不思議そうに見つめた。
「わあ、メルちゃんっていう響き、とってもかわいい!」
メルがいつも以上に嬉しそうにほほ笑んだ。
「こんなかわいい子が聖剣とはな……」
ヒルダさんはまんざらでもなさげに口の端を上げた。
「あの……納得してくれたんですか?」
俺が不安げに聞くと、途端に「あんっ!?」と不機嫌そうな顔を向けられた。
何故に俺への当たりだけ強いのか……。
「こうしてメルちゃんを前にしていると分かる。この子は大地母神の加護を得ている。それもとびっきりのをな」
「へえ、そうなんですか」
俺は改めてメルを見た。
「エヘヘヘヘ。メルちゃんだって」
幸せそうにニヤニヤしているメルからは、神の加護など微塵も感じなかった。
天才故に神の子アランと褒めそやされてきた俺だが、神の力を感じる能力はヒルダさんには劣る。
まっ、俺はその差を埋めて余りある剣技と魔法力があるからいいんだけどさ。
さらには、聖剣を抜いて勇者になったわけだしな。
そうだ、勇者として最初の儀式をやらないと。
大地母神へ祈りを捧げ、加護を願うのだ。
「ヒルダさん。伝承の通りに、勇者として大地母神に祈りを捧げたいんだけど」
「2千前の勇者が始めにやったっていう、魔王討伐に向けて加護を願うっていうやつか」
「それです。やっぱり、伝承の通りに進めた方が勇者としての箔が付くというか……」
「終わった」
「はい?」
「今、お前の加護をエルネに祈った」
ヒルダさんが超適当な感じで片手を上げた。
「いや、いや、違うでしょ!」
「何が違うんだよ」
ヒルダさんの眉間にしわが寄った。
くっ、しかし、俺はひるまないぞ。
「大聖堂の壁画にあるように、大地母神像の前で勇者がひざまずいて、聖女の祝福を受けるっていう儀式をやりたいんです!」
俺は真剣に訴えた。
なにせ子どもの頃から憧れていた場面だ。
絶対にやってもらうからな。
しかし、ヒルダさんは興味なさげにヒラヒラと手を振った。
「祈りだりぃ」
「聖女が言っちゃいけない台詞だよ!」
「儀式なんて必要ねーんだよ」
ヒルダさんが再びメルを見つめた。
「メルちゃんがそばにいる限り、てめーはありったけの神の加護を受けられるんだからな」
そう言うと、ヒルダさんはまたたばこに火を付け、満足げに紫煙を吐いた。




