どうも、聖女です
俺とメルは大聖堂の入り口に降り立った。
見上げると、巨大な石のドームを囲むように、大聖堂のシンボルである4本の尖塔がそびえ立っていた。
ここは入り口といっても、巡礼者用とは別の神官向けの裏口だ。
礼拝の時間なのか、周囲には誰もいない。
「着いたぞ。大聖堂だ」
そう言ってメルの体を離すと、メルがやたらと満足げに何度もうなずいた。
「なるほど、本当はご主人様もメルとくっついていたいんだね」
おいおい、会話の流れが完全に変わりましたよ。
「いや、なに言ってんの? そんなことねーし」
「だって、離れろとか言ってたくせに、メルを抱き締めたでしょ」
「あれは、群衆の混乱を避けるためにしょーがなくだ」
「メルは抱っこされなくても、ご主人様のそばにいられるって知ってるくせに」
あっ、そうだった。
「それなのにメルをギュってしたってことは……」
メルがニヤニヤとしながら俺を指さした。
「本当はメルのことが好きなんでしょ?」
「ちっ、ちげーよ!」
「照れてるの? かわいい~」
メルがムフフフと含み笑いしながら指で俺を突いてきた。
くっ、否定する言葉とは裏腹に、メルに突かれる度に何故か心が踊っていまう。
好きなのか? 俺はメルのことが好きなのか?
改めてメルを見た。
整った目鼻立ち、華奢ながら締まった体躯、何よりも朗らかな笑顔……。
はっきり言って、メチャクチャタイプだ。
くそかわいい!
しかし、相手は聖剣だぞ。
恋の相手として本当に見ていいのか?
メルに恋して、恋人になって、平穏な日々を……。
「いや! 駄目だろ!」
「うん? 何が?」
俺にとってメルは最強の仲間なんだ!
一緒に魔王を倒すんだ!
そもそも、魔王を倒さなければ、平穏な日々など送れるはずがない。
「勇者は恋だ愛だのにうつつを抜かしている暇はないのだ!」
「え~、魔王なんて放っておいて、メルと一緒にダラダラしようよ~」
「ダラダラしませんっ!」
「ダラダラして、おいしものを毎日食べようよ」
「飯か! お前の目的は飯なのか!?」
「お腹いっぱいに食べれば幸せになれるよ?」
「戦わない子に、ご飯はあげません!」
「ご主人様のけちんぼ!」
「ケチじゃねーし!」
ムキになってメルに反論していたせいで、大聖堂の扉が開いたのに気が付かなかった。
ようやく人の気配を感じて振り返る。
黒い修道服を身にまとった金髪の美女がたたずんでいた。
美女は前髪をかき上げると、神々しくほほ笑む。
そして、女神のごとき笑みを保ったまま言った。
「うるせぇぇぇぇぇんじゃあああ!ボケぇぇぇえ!!!!」
ドスの効いた声とともに、うなる鉄拳。
これが俺の眉間にクリティカルヒット!
「ぎゃああああ!!ヒルダさん、急所はやめて!」
「祈りの時間を痴話げんかで邪魔するとは、いい度胸だな!アラン!」
ヒルダさんは俺の胸元をつかむと、思いっきり眉間にしわを寄せてメンチを切ってきた。
怖い……やっぱこの人、苦手だ。
ヒルダさんは大地母神教団の大神官で、信者たちから「純潔の聖女」の二つ名で呼ばれる英雄だ。
素行不良で直情型、言語も粗雑なくせに、22歳の若さで大地母神教団のトップに就いている。
ただ、俺からすれば「純潔の聖女」ではなく「殉血の聖女」だ。
そんなヒルダさんが眉間のしわをさらに深めてすごんできた。
「アラン。てめー、聖剣を抜きに行ったんだよな」
「は、はい。そうっす」
「じゃあ、なんで聖剣を持ってねーんだよ」
「持ってきました!」
俺は慌ててメルを指さした。
メルはにこっと笑うと、「ちーっす!聖剣のメルで~す」と言ってヒルダさんに手を振った。
「あの子が聖剣か……」
ヒルダさんはメルにほほ笑み返すと、俺の胸元から手を離した。
そして、俺に笑みを向けた。
良かった。理解してくれたようだ。
「俺、約束通り勇者に……」
「聖剣が女の子になるかぁぁぁぁあ!ボケぇぇぇえ!!!」
ヒルダさんの鉄拳が再び俺の眉間にヒットした。




