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大通りを行けば

 聖都クリシュは大陸の西方で最大の都市だ。

 大地母神エルネを祭る大聖堂を中心に幾重にも街並みが続く。

 エルネの加護が特に強い土地のためか、魔物があまり近寄らないので比較的安全な都市として知られている。 


 その中でも大聖堂へ続く大通りは、各地から集まった巡礼者たちと、それを相手にする露店で朝から活気に満ちている。

 俺とメルは人々の間を縫いながら大通りを北上し、真っすぐに大聖堂を目指していた。


「わ~、大きな街だね。ご主人様」

「よそ見するな。置いてくぞ」

「え~、ちょっとぐらいいいじゃん。わっ、あれ、おいしそう!」


 露店に並んだ卵料理を見つけたメルが急に立ち止まった。

 指をくわえて、卵と鳥肉を炒めた料理を物欲しそうに見ている。


「あんなに朝飯を食べたくせに、まだ腹が減ってるのかよ」

「だって、おいしそうなんだもん」


 寝起きのバタバタ騒ぎの後、メルは擬人化した時と同様に剣士の軽装に着替え、俺と一緒に食堂で朝飯を食べた。

 その食いっぷりが半端なかった。


 パン、ハム、豆のスープ、鳥のロースト、チーズにサラダ……。

 次々とおかわりを繰り返し、宿の在庫をすべて食い尽くしてしまった。

 なんでも、剣の身であった時から人間の食事に最大の興味を持っていたので、念願叶って食べる物すべてがおいしくて仕方がないのだという。

 

 つまり、俺が作ったソフトクリームは味がどうであろうと、メルにとってはおいしいものだったということになる……。

 ちょと複雑な気分だ。


「ご主人様、あの料理を買ってちょうだい」

「駄目だ。食べ過ぎると腹をこわすぞ」


「メルは剣だから平気だもん」

「駄目ったら駄目だ。今は買い食いよりも大聖堂だ」


 ほっぺを膨らませて不満げなメルの腕を引っ張って、大聖堂に向かうことした。

 ズリズリとメルを引っ張って歩く間も、メルは料理の露店を見つけては「おいしそうだなあ」「食べたいなあ」と繰り返している。

 その言いっぷりがあまりに切なそうなので、家が貧乏で子どもにろくに食事を与えられない親の気持ちになってきた。


「分かったよ。聖女様に会って、聖剣を抜いたことを報告したら好きなだけ買ってやる」

「本当に!? ご主人様、だ~い好き!」


 メルは俺に飛び付くと、その両手を俺の左腕にからませてきた。

 そして、俺にピッタリと寄り添って歩き出す。


「ちょ、くっつき過ぎだろ。もうちょっと、離れて歩けよ」

「え~、いいじゃん。メルはご主人様の剣なんだから、この位置が一番落ち着くんだもん」


 確かに剣は左腰に佩刀するものだが、剣と人間では感覚が大違いだ。

 メルの体の温かさが服越しにもジンジンと伝わってくる。

 それに、なんかメルからいい匂いがする。

 これが女の子の匂いか!


「ご主人様、顔が赤いよ? 風邪でも引いたの?」

 急に立ち止まったメルが背伸びをして、俺のおでこに自分のおでこをくっつけた。

「熱はないね」

 ホッとしたようにほほ笑むメル。


 自分でもはっきりと分かるぐらいに顔が火照ったのが分かった。

「あれ? やっぱり顔が赤いね」

 もう一度、おでこをくっつけようとしたメルを慌てて押しとどめた。


「風邪じゃない! 大丈夫だから少し離れろ!」

「え~、やだぁ」


「離れろって!」

「やだ!」


 通りのど真ん中で言い合っていると、露店で魚をさばいていたオヤジが「朝からお盛んなだな兄ちゃん」と冷やかしてきた。

 それをきっかけに、周囲のおっさんたちが「仲がいいじゃねーか」「宿屋に行け」「それにしてもべっぴんさんだな」「宿屋に行け」と声をかけてきた。

 

 しまった街の中で目立ってしまった。

 良くない兆候だ。

 すると、人混みの中から恐れていた声が上がった。


「もしかして、アラン様じゃない?」

 

 その女性の声をきっかけに、通りにいた女の人たちが一斉に俺の方を向いた。


「アラン様よ!」

「どこ!?」

「本物じゃん!」


 女性たちがおっさんたちを押しのけて、俺の周囲に群がり始めた。

 マズい。身バレした。

 このままでは通りは大混乱だ。

 急いでこの場を脱しないと。


「い、急いでいるので、失礼します!」

 俺はそう声を上げると、メルを左手で抱き寄せ、スキル「跳躍」と「飛翔」を使った。

 

 俺とメルの体はあっと言う間に空に浮き上がり、大聖堂を目がけてぶっ飛んでいった。

 大通りには、俺のスキルを間近に見た人たちの大歓声が巻き起こった。

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