おいしい誘惑
スキル「能力値開示」でメルの戦闘力を測ってみた。
――測定不能。
こんな結果、始めて見た。
俺はとんでもない奴を目覚めさせてしまったのかもしれない。
そんな恐るべき力を持ったメルがベルーナに向かって拳を振り上げた。
「ベルーナさんにもお仕置きだよ。ソフトクリームのためなんだ!」
「ひぃいいいいいいいやああああああ!!!!」
途端、万の魔族を従える魔将軍が泣き叫んだ。
腰を抜かして座り込んだ場所が濡れていき、ホクホクと湯気が立っている。
こいつ、オシッコを漏らしやがった……。
「そんなに泣いても、許してあげないよ。ソフトクリームを食べるためなんだ!」
「そ、そのソフトクリームっていう食べ物は私があげるっ!」
ベルーナが叫ぶとメルは拳を止めた。
「本当に?」
「ほっ、本当よ!どんな食べ物かは知らないけど、魔界で1番の料理人を召喚して、究極のソフトクリームを作らせるわ!」
「究極のソフトクリーム……」
メルがうっとりとした様子で目を閉じた。
おい、おかしな方向に行ってるぞ。
ここは魔将軍3人とも瞬殺の流れだろうが。
「メル、惑わされるな。ソフトクリームは俺が作ってやる」
俺がメルに攻撃を促すと、ベルーナが慌てて口を挟んできた。
「アランがおいしいソフトクリームなんて作れっこないわ。私の方がおいしいわよ」
「はあ? 俺のソフトクリームの方がうまいに決まってんだろ!」
「ケイオスに聞いたけど、アンタ、冒険中の食事は肉の丸焼きだけなんでしょ!? そんな奴がおいしい料理なんて作れるわけないじゃない!」
「作れますぅ! 牛の乳を氷属性の魔法で冷やしながら混ぜるだけだろうが!」
「料理の手順を『だけ』とか言う奴は、100%料理が下手っていう統計があるのよ!」
「そんな統計ねえよ!」
「うーんと……」
メルは、いがみ合う俺とベルーナを見比べながら思案顔で腕を組んだ。
「じゃあさ、ご主人様とベルーナさん、2人ともソフトクリームを作ってよ」
メルは良いこと思い付いたという感じで両手を打ち、満足そうな笑みを浮かべた。
「どっちがおいしいかメルが決めてあげる」
ほう。
料理対決というわけか。
上機嫌になったメルに向かって、ベルーナが五体投地の土下座をかましてきた。
「メルさん。いや、メル様にお願い申し上げます」
ベルーナは土だらけになった顔を上げ、必死に話し続ける。
「もし、料理対決に私めが勝った暁には、この命、見逃していただけますでしょうか!」
「うん。いい……」
「駄目に決まってんだろ!」
メルが笑顔で即答しようとしたので、即座に否定してやった。
「バカ勇者には聞いてないでしょ! 私はメル様にお願い申し上げたてまつってるのよ!」
「主君の仇敵に様付けした上に、最上級の命乞いしてんじゃねーよ!」
「アホ勇者! 魔王様はアンタと違って度量が大きいから許してくださるのよ!」
「俺への言動だけが酷い!」
メルの力を借りるまでもなく、この場でベルーナをぶっ倒してやろうと決めた。
単純に戦闘力を比較するだけなら、俺はこのダークエルフを瞬殺できる。
やっかいな敵を召喚される前に決着をつければいい。
そんな俺の気分知ってから知らずか、ベルーナは挑発的にほほ笑んで見せた。
「ふーん。料理対決で私に負けるのが怖いんだ」
正直、カチンときた。
俺は生まれて以来、勝負とか決闘と名が付くものは全てを受け入れ、その全てに勝利してきた。
そんな俺が、料理の味ごときで負けるわけがないのだ。
「いいだろう。その勝負、受けて立とう。このアランが至高のソフトクリームを作ってやる!」
「わ~い! 至高のソフトクリーム食べた~い」
メルは俺に抱きつくと、嬉しそうにぴょんぴょんと跳んだ。




