50歳越えの妻が妊娠しました~高齢出産と、俺の奮闘~
「あなた。私、妊娠したの」
この一言を聞いて、俺は絶句した。
俺と妻の仲は良好だ。けれどどちらが原因だったのか……残念ながら二人の間に子供はできなかった。
そんな俺たちの日課は、子供ができたらこうだろう~なんて想像を楽しむことだった。
「──は? 今、何て!?」
俺の耳が悪かくなったのだろうか? 妻の口からあり得ない言葉が聞こえてきた。
妻を見れば、彼女はお腹を愛しそうに指すっている。瞳は憂いており、優しい母親の顔をしていた。
「ふふ。だからね? 私、妊娠したのよ」
「え? いやいや。妊娠って……そんなのあり得ないだろ!?」
「あら? どうして?」
「どうしてって……」
言葉に詰まる。
喜んでいる妻の顔は本当に綺麗だ。子供のように無邪気な笑顔や、頬を赤らめる姿なんて、まるで若返ったように美しい。
でも……
「そんなのおかしいだろ!?」
俺は声を荒げながら妻を見下ろす。
妻はきょとんとした様子で首を傾げていた。
「お前はもう50過ぎてるんだぞ!? 出産にはリスクを伴うんだ。産んだ瞬間に死ぬかもしれないんだぞ!?」
妻には死んでほしくない。だからその思いをこめて、目一杯出産を止めろと言い続けた。
けれど妻は首をふるふると横に振り、優しい笑みで答える。
「大丈夫。私は死なないわ。だって、念願の母親になるんですもの。子供を残して逝ったりなんかしないわ」
妻の決心は固く、俺は言葉を失った。
その後、妻と俺は産婦人科に行って、これからどうするかを先生に聞いた。
先生は渋い顔をしながら妻と話している。そして……
「旦那さん。少しよろしいですか?」
妻を看護婦に預け、俺は先生と二人だけで話を始める。
「……あ、あの、先生! こんなの……」
声を張り上げて先生に苦言を申し立てようとした。すると先生は片手を挙げて、困ったように苦笑いをする。
「……わかっています。旦那さんの言いたい事は、わかっておりますよ?」
先生はカルテを閉じ、ふうーと疲れた様子で天井を仰ぎ見ていた。
「──ハッキリと申し上げるなら、奥さんは想像妊娠をしています」
先生は俺と目を合わせて肩をすくめていた。
「いずれ分かってしまう事ではありますが、今は……今だけは、奥さんの気持ちを尊重してあげてください」
「……はい」
先生も俺も、これ以上の言葉が出なかった。
俺は診察室を出て、待合室で妻を待つ。
妻が妊娠したと言った時、それは驚いた。けれどその驚きの理由は年齢がどうこうではなかったんだ。
俺も妻も、もう10年以上、子作りをしていない。
だから妊娠した発言をされた時は心底驚いたよ。それと同時に、妻の心は壊れていた事に気がついた。
「あなた。行きましょう? ふふ。さっき看護婦さんが言ってたの。大事な体なんだから無理はしないように! って」
看護婦との話を終えた妻は笑顔を振り撒いている。
だから俺は……
「……そうか。それもそうだな。よし! なら家事の半分は俺がやるよ!」
妻が真実を知るまで。その時までは、彼女が思うままに行動しようと思う。
それが妻を支えていけるための秘策なら。それが妻の命を繋ぎ止めるためのやり方なら……