新たな伝説の剣騎士
「どうせ僕なんか。」
寝言でも夢見叶は腐っていた。悪夢を見てもがき苦しむ訳ではないが、ただただ、寝ながらでも自分に対する自信の無さが溢れていた。
「さようなら! 救世主様!」
叶の夢の中。救世主様からミキ姫が走って去って行く。
「待って下さい! 姫!」
救世主様は手を伸ばして姫を引き留めようとするが、姫は涙を流しながら可憐に走り去っていく。
「私、デカノーホウト様と結婚するの!」
姫の走り去った先には、邪悪なる者になった伝説の剣騎士デカノーホウトがいた。
「姫!? どうして邪悪なる者と結婚するんですか!?」
「何を言っているの? 邪悪なる者になったのは、救世主様よ!!!」
姫は、救世主様に指を指して言い放つ。
「うわあああー!?」
叶は、飛び起きるように夢から目を覚ました。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・ゆ、夢か!?」
悪夢にうなされたので、呼吸も荒く、冷や汗も大量にかいている。
「僕には、夢にも居場所がなくなったんだな。」
現実世界に居場所の見つけられない叶は、夢の中の剣物語の世界だけが生きがいだった。生きているという充実感を感じられる場所だった。
「どうせ僕なんか。」
喪失感を漂わせる、いつもの日々が始まる。
「おはようございます。お父様、お母様、心お兄様、月。」
身支度を整えて、叶は家族の待つ食卓へ行く。
「おはよう、叶。」
「おはようございます。叶さん。相変わらず、眠たそうね。」
「叶、おはよう。」
「叶お兄様、おはようございます。」
叶は椅子に座り、朝食を食べ始める。特に何かが変わるという訳ではない。いつもと同じ生活の繰り返しである。
「叶。」
「はい、お父様。」
「おまえも高校生になったんだ。そろそろ本気で勉強して、医者を目指してもらわないと困るぞ。」
「はい、お父様。」
「叶さん、何ですか? その気の抜けた様な返事は。もっと、成績トップで医大に入学してみせます、位のことは言えないのですか?」
「すいません、お母様。」
「叶さん。あなたは・・・。」
「まあまあ、お母様。叶がご飯が食べれないで学校に遅刻してしまいます。」
「叶お兄様、早く朝食を食べて下さい。」
「心さん、月さん、そんなに叶さんを甘やかすものではありません。この世の中は結果が全て。きれいごとでは生きていけないんですよ。」
朝から我が家では、お母様の小言が炸裂する。
「どうせ僕なんか。」
叶は、心の声が言葉になって口から出ていた。
「叶。大丈夫か?」
「現実世界のぼくですか? それとも夢の中の僕ですか?」
「どっちもだ。」
「そうですね。現実も夢の中も辛いことが多過ぎて、僕はもう生きていく自信がありません。僕は生きていていいんですか?」
兄、夢見心の励ます声も、腐りきった僕の心には届かなかった。
「叶お兄様。元気を出してください。」
「元気? いつも僕は元気一杯だよ。これ以上元気になったら、精神が崩れちゃうよ。はっはっはっ。」
「気持ち悪い!? 笑い方が不気味だ!? いつもの叶お兄様に戻ってくださいよ!」
「普段通りだよ。じゃあな。学校に行かなくっちゃ。」
叶は学校に向けて出発する。心と月は叶の後姿を見守る。
「叶は、PTSDだな。」
「心お兄様。心的外傷ストレス症候群というやつですか?」
「そうだ。現実の生活で、両親からもプレッシャーをかけられて、兄弟とも比べられて、学校でもいじめられて、この現実世界には、叶の居場所はなかった。そんな中、ゲームの剣物語の世界に、夢の中とはいえ、現実逃避できる場所。そして救世主様として、必要とされる自分の居場所を見つけることができた。それなのに、いきなり救世主様から邪悪なる者にされてしまっては、叶の軟弱な精神では耐えることはできないだろう。」
「でも、心お兄様。剣物語は、救世主様になった者は、世界を救うために邪悪なる者となって、世界を救うというストーリーですよね。それはゲームをクリアした人間なら、皆が知っていることですが? そんなにショックを受けるものでしょうか?」
「もし、もしも叶が剣物語をクリアしたことが、一度も無いとしたらどうだろう?」
「まさか!? RPGなんて、レベルだけ上げれば、ボスなんか倒すことができる簡単なゲームですよ!? いくら叶お兄様でも、ゲーム位はクリアできるでしょう!?」
「ようく考えろ。叶の性格を。お母様に毎日うるさく言われて、人から嫌味を言われると嫌な気持ちになると知っている叶は、相手のことを考えると、他人と争うことを嫌う、優しい性格だ。そんな叶が、スライムやゴブリンを倒して、レベルアップをしていると思うか?」
「そう言われてみれば!? 叶お兄様に敵と戦う剣なんか、ある訳がない!?」
「叶は、新たな伝説の剣騎士だ。」
叶は兄と妹からもダメダメな兄弟だと一方的に思われていた。本当は、剣物語の世界では、最強の称号を持つ剣騎士なのに。
「どうせ僕なんか。」
叶が楽に生きる道は、学校の屋上から飛び降り自殺や、ナイフで歩行者天国で無差別殺人をすることよりも、きれいに生きることより、少しグレた、半グレとして、ヤンキーとなり、世の中の正しいとされる生き方をやめて生きることかもしれない。現実の街には、邪悪なる者となった人間しかいないのだから。
終わる。




