6. 愛と嘘と(2)
夜からは歓迎の宴だった。そのまま大宮殿に留まる事になったユキはぐったりと疲れていた。
それにしても強烈な親子だ。
ユキはあんなにあくの強い人間に会ったことがなかった。今すぐにでも帰りたい気分に陥ったが、あの娘のパリールには要注意だ。
アルスに近づかせるなんて絶対嫌だ。
宴には衣装を変えて出る事になっている。いつもならユキは後ろ向きで「面倒くさい」とヘレムとサラナにぼやくのだが、今日は二人に協力的だった。
今度はピンク色のドレスに腕を通すと、珍しく髪型にも注文を付けユキは積極的だった。
「こんなユキ様初めてですね」ヘレムがプッと吹き出す。
「いつもこのくらいやる気があるとよろしいのに」サラナも笑う。
「笑っている場合じゃないでしょ! しっかりお願いね」
二人にからかわれて、ユキは口をとがらせた。
大宮殿の奥に立つ迎賓館の一室では、王女のパリールが声を荒らげていた。
「何よ! じいやの話と全然違うじゃないの! アルス皇子があんなに素敵だなんて思わなかったわ! 縁談の話を流すんじゃなかった」
苦々しく言うと、パリールはあの白いちっぽけで子どものような女神を思い出していた。
自分よりもあんな女を選ぶなんて愚かだわ。
パリールはサマルディアの煮え切らない態度に、自ら縁談を白紙に戻すよう侍従に指示していたのだ。
それに同盟の条件がベルサドに有利になる事を、父親のムスタファにも進言され決めたのだ。
父王とサマルディアを訪れたのは、どんな皇子なのか一目見てやろうという好奇心。そして、自分の美しさを見せつけ後悔させてやろうと思ったからだった。
「お父様。是非私をアルス皇子の妃にして下さいませ」
「パリール。……いくらなんでもそれは無理な話だ。締結は明日だぞ? 今更できぬわ。……しかも皇子はあの女神と婚姻されるそうじゃないか。何とも口惜しい。女神をなんとか国へ連れ帰りたいものだ」
ムスタファは女好きで知られる王だった。後宮には50人にも上る女たちがおり、王家の財産を食いつぶしていた。
今回の同盟での金銭的な援助は、喉から手が出る程欲しい物だった。それでもあの透き通るような白い肌に、流れるような黒髪の異国の女が手に入ればと思わずにはいられない。
「そうだな……今夜の宴で話が変わるかもしれんぞ。男はお前のような女の方が好きなものだ。今夜皇子を虜にしてしまえば良い。美しいパリールや」
「そうね。私の方が何倍も美しいわ。あんな子どもには負けはしないもの」
トントン
ユキの控えの間の扉がノックされる。
「ユキ入るぞ」
アルスが宴に行く為にユキを迎えに来たのだ。
「私と一緒に行くの?」ユキが恐る恐るアルスに尋ねた。
「もちろんだろ?」
何故そんな事をユキが言うのかとアルスが笑う。
「だって……」
ユキの脳裏には、ハスゴワ知事の娘をエスコートするアルスの姿が思い出されていた。
あの時、アルスは「仕方が無い」言っていたのだ。『無意味に権力者にケンカは売れない』と。
今夜の客はトップクラスに重要な相手だ。隣国の国王とその王女なのだから。ユキはアルスが、パリールの手を引いて歩くのではないかと心配だったのだ。
ユキがアルスの袖をキュッと掴んだ。
「側に居てね……」
「もちろん側にいるさ」
アルスがユキの背中に手を回す。
「……あれには俺もイラついた。隣国の王でなければ、剣を抜くところだ」
アルスはユキの手にキスをした、ベルサド王の事を言っているようだ。
確かにユキもイラついた。いやゾッとしたという方が正しい。ユキがその事で不安に感じているのだとアルスは思ったのだ。
大広間にはアルスと二人で向かった。アルスに手を引かれユキの笑顔もこぼれる。
既にサマルディアでは表明こそしていないが、アルスとユキは公認の仲であった。
民の間にも、エレノワが話していたあの芝居のおかげで広く知れ渡っている。
宴の間もアルスはユキの側にピタリと一緒にいてくれた。そこへ全身金色のドレスを纏った、ど派手なパリールが通訳を連れてやって来た。
「アルス皇子。私をお庭の散策に連れ出していただけませんか?」
アルスに上目づかいで迫り右腕に纏わりついた。
アルスの左腕に手を回していたユキは、それをギョッとして見ていた。
そのユキをパリールがキッと睨みつける。ユキもその目線に応戦する。
「女神様。良ければ『女神の書』についてお話をきかせてもらいたいのだが」
そこへベルサドの王ムスタファもやって来た。
「えっと……あの……」
戸惑うユキの手を取り、腰にまで手を回すと、そのまま歩き始める。
焦ったユキがアルスを振り返る。
「バトー。王女を案内してさしあげろ」そう言うとスルッとパリールの腕を解き、アルスはユキの後を追った。
「なんと無礼な!」
ベルサド語で怒るパリールの手を、バトーがとるとパリールに囁いた。
「王女。私ではお役に立てませんか?」
言葉はわからなかったが、バトーのとびきり甘い笑顔に、パリールが顔を赤らめる。




