表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/54

3. 秘密(4)

「それはダメだ。危険すぎる」

 その夜、ユキの提案は、アルスにバッサリと否決されてしまった。


 今日の夕方ヒリクと話した事をアルスに伝えると、驚いた顔をして熱心に耳を傾けてくれた。それなのにユキが「アカンティへ行く」というと、この返答である。


 今まで私の話を聞いていたの?

 ユキもアルスの有無を言わせない態度に苛立ちを隠せない。


「俺は今ベルサドとの同盟の話で忙しいんだ。締結も間近なんだぞ? アカンティに行く時間など無いんだ」


「それはわかってる。だから私だけ行けばいいのよ。アルスは来なくていいの。ヒリク先生も孫のサルクさんを案内として同行させてくれると言っているし、従者も準備できると言って下さってるのよ」


「ダメだ。ユキだけを他国に行かせるなんて絶対できない。それだけの事がわかっているのなら、お前も未完のまま『女神の書』を作ればいいだろ」


 アルスがため息まじりに言ってのけた。


 その態度にユキの堪忍袋の緒がはじけ飛ぶ。


「だから一人じゃないったら! 私の話聞いてるの? ヒリク先生が人の準備もして下さるし、アカンティも今は情勢も安定しているそうよ。何も危ない事無いでしょ!?」


 ユキの勢いは止まらない。


「それに『女神の書』は大切な知識よ! できれば全部伝えたいもの。確かめる事は必要よ。だいたいその考えだって、何の確証もないし、全部噂だとか、私の勘だとか、浮ついたものなんだから! ベルサド王国の人たちが来る前に急いで確認したいのよ!」


「それならアカンティに話をつける。原書と『女神の書』を借り受けよう。それでいいだろ?」


「だから時間が無いじゃない。ベルサド王国の人たちが来れば、女神の書にかかりきりになるわ。とてもアカンティの女神の書にまで手が回らない。そもそも原書だって貸してくれるかわからないし、子孫の人とも話をしたいのよ!」

 

 ユキがそっぽを向いた。

「……もう止めたって無駄だから。アルスが反対したって、私行くから」


「それならヒリク先生に、正式にこの話は無かったことにしてもらうのみだ」

 アルスもイライラと言葉を吐いた。


 どうしてこんなにわからずやなの?

 ユキは腹が立って仕方が無い。

「じゃあ、ヒリク先生にも頼らない。私一人でアカンティには行くから。幸い言葉には困らないもの!」

 言い切るとユキはアルスの部屋の扉を力任せに閉めた。



 アルスは苛立っていた。


 どうしてユキはわからないのか?

 どうして簡単に自分の手を離そうとするのか?


 アルスにはできない。

 自分の目の届かない所にユキだけを行かせるなんて……。



 暁の宮殿からも何の躊躇も無く消えてしまったユキ。そして今度は自分の力の及ばない外国へ行こうとしている。

 

 いっそこのままこの宮殿に閉じ込めてしまえれば、どんなに楽だろうか。

 そしたらユキはどうするだろう?

 もう話もしてくれない、笑ってもくれない。憎まれて、恨まれるかもしれない。

 それでも自分の側からいなくなってしまうよりは何倍もマシだった。

 

 アルスはあの火事の夜を忘れたことは無い。今でも夢に見る事がある。

 血の気の失せた蒼白いユキの顔を。

 思い出すだけで鳥肌が立つ。

 

 アルスはその絶望感を振り払おうと、現実的に何ができるのかを考えることにした。

 

 条約の締結まではあと一か月ほど。もう一度使者を送る事になっている。

 そこで条約の場所をサマルディアの首都、このサインシャンドへ決定してしまえばいい。

 

 条約の締結には皇族が必要だ。アルスがその役割を果たす事になっていた。

 

 

 アルスが成長してからは、皇帝の仕事の大部分を引き受けていた。

 父親であるサロール陛下は幼少の頃より、体が丈夫ではなかった。その為、一時は皇太子の座も危うい程だったのだ。


 サロール陛下が皇位を継ぎ、アルスの母君である、アデリナ妃と結婚してからは、寝込む事も少なくなり、皇帝としての役割も十分に果たしてきたのだ。

 しかし、アルスが八歳の時、突然病に伏したアデリナ妃が急逝してしまう。明るく健やかな皇妃の突然の死は、サマルディアの国に大きく陰りを落とした。

 サロール陛下はあまりのショックに寝所から出られない日も続いた。姉のエレノワや大臣のダマクス達がそんな陛下を支え、国を導いてきたのだった。

 

 近年ではサロール陛下はサインシャンドでの公務には出られるが、ほかの都市や、まして他国での公務に就く事は難しかった。

 

 アルスは一考していた。そしてググンを呼ぶように近衛兵に命じた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 ユキは暁の宮殿の紅玉の間にいた。豪奢な彫刻の入った大きな姿見の前に立つと、ため息をついた。

 

 紺色のズボンに白いシャツを合わせ、腰には太い黒の革ベルトを巻いている。足元にはスノウに乗る時に愛用している、黒いレザーのブーツだ。

 長い黒髪を結んだり、お団子にしたり、いろいろやってみるのだがどうにもしっくりこない。

 どう見てもパンツルックのいつものユキである。

 

 どうすれば男に見えるかな?


 化粧箱から出した墨で眉を少しきつめに書いているものの、どこからどう見ても女にしか見えないのだ。

 両手で髪をちょんまげにしてみる。イライラとしてその手を離した。

 黒く長いストレートの髪はストンときれいに背中まで落ちた。


 これが原因ね。


 ユキは結論を出すと、リュックの中からペンケースを取り出し、ステンレスの鋏を手に取った。そしておもむろに自分の髪を引っ掴むと、肩の上でザックリと切り落とした。

 長かったり短かったり、ジグザグとなった髪を「無造作ヘア」に仕上げるべく縦に鋏を入れる。


「なかなか上手いわね」

 鏡に近づくとユキはニンマリ笑った。これで21歳の男には見えなくとも、少年くらいになら見えるのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルーセント・ムーンの獣→「未完のレガシー」→彼方からの手紙・・・1作目「ルーセント・ムーンの獣」2作目「未完のレガシー」3作目「彼方からの手紙」になります。よければシリーズを通してご覧ください。 ドラゴン・ストーン~騎士と少女と失われた秘法~新作もよければご覧ください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ