ワインの保存方法
一度開封したワインは、品質管理がとても難しい。すぐに酸化が始まるからだ。
「ねぇ、なかえりちゃん。ワインを長期保存する方法を教えて。この間もまた腐らせちゃって…… 。いやよ、このまま死ぬの」
東京都の下町の小路のバー、「どうぞ。」を経営する中衛 絵里、通称なかえりちゃんはよくこういう質問─つまり、ワインを美味しく飲む方法や、どんな肴が合うか─を受ける。
確かにワインは難しいわよねぇ、となかえりは心の中で同情する。私も数年前は何十回も腐らせていたわ。
「これは友達のバーテンダーから聞いた話なんですけれども、フランスとかイタリアってワインの本場なわけで、毎日の食卓にもワインが欠かせないって聞いたことがあります。そして、彼等が生み出したワインの保存方法が…… 」
なかえりは今、目の前の常連客の女性(自称、「看護師」)に出したばかりの赤ワインの瓶を取り、実践してみる。
「こう、残しておいたアルコールの栓にマッチ棒の柄の方を突き刺します。そのマッチに点火して、火を瓶の中に入れるように素早く栓をします。こうすると…… 」
「燃焼に酸素が使われるのね! 」
「そうです。しかも、マッチの硫黄分が亜硫酸ガスを発生させるから、酸化を妨げます。イタリアでは、瓶の口からオリーブ・オイルを注ぎ、ワインが酸素等に触れないように皮膜を作るという方法もあります。再び飲む時は布等にオイルを染み込ませて吸い取らせれば良いんです」
オイルの方は実践しなかったものの、マッチに火を付けて保存する、というのはなかえりもよくやる方法だ。
「なかえりちゃんって、とても知識があるのねー、私もそんな風になりたいわ。もっと早く知っておけば良かった」
「バーテンダーとして、この位常識ですよ」
そう言いつつ、なかえりが作ったのは、この常連の女性に頼まれた「プースカフェ」というカクテルである。
「ま、私はワインよりもカクテルの方が得意ですが…… 。どうぞ。」
「…… うわぁー、虹みたい! 五段重ねになっているわ! 」
なかえりのお店のメニューには写真が載っていないため、それを初めて飲むお客さんは想像するしかない。だが、材料等は載せてあるのである程度想像は出来るのだが…… 。
「どうやってんの?」
「これは、材料を重いものから順にグラスの中に入れて作っています。こうすることで、軽いものは重いものを通り抜けません。よって、こんなに綺麗になるんですよ。飲む時はストローで好きなものから飲んでくださいね」
じゃあ青色から、と美味しそうに飲む女性を見て、なかえりは今日もまた、美味しいカクテルが出せて良かった、と思った。
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【プースカフェ】
リキュール・ベースの二十八度のカクテルです。「プース」とは「押しのける」の意。「ビルド」といって、直接グラスに注ぎます。
材料はこちら。
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グレナデン・シロップ(赤色):十ml
メロン・リキュール(緑色):十ml
ホワイト・ペパーミント(白色):十ml
ブルー・キュラソー(青色):十ml ←本文中で女性が最初に飲んだのはこれ。
イエロー・シャルトリューズ(黄色):十ml
ブランデー(茶色):十ml
以上の材料をバー・スプーンを使い、順に積み上げていく。